四話
「……へぇ。『裏生徒会』――。まさか本当にあったとはな」
中村は何を考えているのか全く読むことの出来ない意味深な笑みを浮かべた。
「ああ。俺も驚いたよ。けどお前が言うような可笑しな代物では無さそうだったけどなぁ」
そう言って、未だ眠気の取れない眼を擦る真斗。
今は既に、放課後になっていた。
『裏生徒会』への参加を果たした真斗はあの後、なんとか宿題を午前3時には終わらせ、床に就くことが出来た。が、明日。正確には今日の初戦の事を考えるとなかなか寝付くことが出来なかった。宿題が3時までかかってしまったのもその事を考えながらやっていた為で、その所為か今日の授業の大半を睡眠学習でこなしてしまった。
そして放課後、なんとか活動できる程度に英気を養った真斗は、部活動に行こうとしていた中村を呼び止め、昨日の出来事を話したのだ。――と言っても、秋葉関連の事は全く喋らずに、自分の胸の内にそっと仕舞っておいたが。
一応、真斗が『裏生徒会』の事を知ることが出来たのは中村のおかげでもあるのだから、言っておかねばと思い、こうして話をしていた。
「……確か、お前が登録した『裏生徒会』の試合とやらが今日あるんだったよな? 」
中村は先程捲し立てるように説明した真斗の言葉の中から、情報を切り出して質問してきた。
「ん? そうそう。良く分かんねーんだけど、その試合ってのはなんか学校でやるみたいなんだよ。それっておかしいよな? 普通、ネットゲームってパソコン使ってやるからネットゲームな訳で、顔会わせて、ハイ対戦ですってそりゃないだろ」
答える真斗は肩を竦めてみせた。不可解なことが多すぎて何が何やらといった感じになっていた。
中村はそんな真斗に苦笑し、
「ふっ、確かに変な話だな。学校でやるというのもおかしいが、お前の『PA』の中に知らぬ間に入っていたというのも気に掛かる。だが、そんな不可解なモノに平然と参加してしまったお前の方が俺には可笑しくて堪らないけどな?」
「おい。その不可解なモノの話を持ち掛けて来たのはどこのどいつだよ……」
「俺はただお前に小説のネタを提供してやっただけの事さ。その噂がホントだったとしても俺には全く関係ないね」
悪びれる様子も無く中村は首を振る。
だが、確かに最終的に『裏生徒会』への参加を決めたのは真斗自身。今更中村にどうこう言ったとしても既に手遅れだ。
中村は言う。
「……だが、一概にお前ばっかりがおかしいってわけでも無いかもな」
「え?」
「いやなに、そんな課金サイトみたいな怪しさしかないゲームに参加してるのが、お前みたいな馬鹿だけじゃないって事。あの白石も参加してるんだろ? しかもお前の対戦相手として」
馬鹿という聞き捨てならない事を言われたような気がするが、今それは話題にするべきじゃないと真斗は判断し、胸の内に仕舞い込むと、
「そうみたいだ。あの白石がやってるなんて俺も信じられないよ。しかもいきなり対戦で当たるとか、何か作為的なモノを感じるぜ」
真斗は昨日の一幕を思い出しながら言った。
すると、中村は眼を丸くして大声で笑い出す。
「はははっ。確かにな。案外このゲームの管理人はこの学校の誰かなのかもしれないな」
言い、眼を細めて皮肉げな笑みを浮かべる中村。昨日の白石との事は話してはいないが中村は知ったような口をきく。
真斗はその中村の様子に変な違和感を抱いたが、大して気にする様子も無く、
「ははっ。確かにあり得るかもな。そう考えたら案外『裏生徒会』ってゲームも意外としょぼいゲームなのかも」
と、中村に合わせて笑みを得た。
しかし、
「……それはどうかな?」
中村は先程の笑みなど無かったかの様に真剣な表情を作り言う。
「これだけ噂になっていながらこのゲームの全容は全く分からない。それは巧妙な情報規制が成されているからじゃないか? そんなことが出来るような奴が果たしてショボイゲームで終わるようなものを作ったりなんかしないと思うがな」
その神妙な面持ちは、怖さすら感じさせるほどの威圧感を持っていた。真斗は内心驚きを隠せない。友 人とはもう一年程の付き合いがあるが今までにこんな表情を見せたことがあっただろうか。
「そう……かもな……」
その中村の圧力に押され、真斗は捻り出す様に言葉を発した。
だが中村は、
「な~んてな。ちょっとからかってみただけだ。ビビったのか須藤?」
一瞬にして表情を切り替え、からかう様に微笑んだ。
脱力する真斗。すぐさま言い返す。
「ばっ!? 馬鹿言うんじゃねぇよ。俺はただ、確かにそうかもなって感心してただけだ」
強がりにしか見えないその態度に中村は再度苦笑を浮かべ、
「まぁなんだ。参加しちまったならしょうがないよな。悪戯にせよなんにせよ、お前が選んでやったことに代わりは無い、どう転んでもそれは自己責任ってヤツだ」
だけどな、と中村は言う。
「楽しめよ」
そう言って笑った。それはやはり彼らしい、何か裏がありそうな嫌らしい笑みだった。
真斗は少々おおげさな中村の物言いに、何か言ってやろうとも思ったが、
「ああ。そうする」
と、頷いて見せるのだった。
●
教室で中村と別れた真斗は部室へと向かっていた。
楽しめ、という中村の言葉に真斗は、
(ああ。言われなくてもやってやるさ。まずは白石をコテンパンにのしてやるぜ)
などと、どのような対戦方式のゲームかも分からないというのに、そんな事を考えていた。
と、真斗の正面からこちらに向かって歩いてくる者がいた。
毅然とした態度で、濁った瞳で人を常に見下している男――、
「白石……!」
白石正美。今日、真斗との試合が組まれている相手。
真斗はとっさに腰を軽く落とし、身構える。今から試合でも始めるかのように。
そんな真斗の様子とは反対に、真斗の目の前で歩みを止め、白石は真斗をキッと睨みつけると、淡々と喋り始める。
「まさか……貴様と対戦することになろうとはな。粗大ごみ」
「それはこっちのセリフだ、白石。驚いたぜ、お前がこのゲームに参加しているなんてな。頭の固いお前のことだ、くだらないとか言って吐き捨てそうなもんなのによ」
「ふん!! 貴様の安い挑発になんぞ乗らん。せいぜい粋がっているがいい。粗大ごみは粗大ごみらしく、ごみ処理場へ送ってやる!」
言うと白石は真斗を一睨みし、横を通り過ぎて行った。
(しっかり挑発に乗ってんじゃねえか)
心の中で呟き、ニヤリと白石の背中に一瞥くれてから真斗も部室へ向かおうとすると、背中側から白石の声が飛んできた。
「……一つ忠告しておこう。せいぜい、身の回りに気をつけることだな」
真斗は勢いよく振り返る。意味深な言葉を残した白石の背は、必死に震えを押さえつけているようにも見えた。――それも、武者震いを。
先程と同じ大き目のストライドで、あっという間に白石の姿は見えなくなった。
(――どういう意味だ?)
白石の言ったことが真斗の中で惑いを生む。しかしそれが何なのか、真斗には全くと言っていいほど分からないことだった。
●
秋葉は走っていた。
目的地は文芸部。真斗のところへ向かっていた。今日は珍しく、あの嫌味な生徒会長から仕事を手伝ってくれと頼まれなかったのだ。
やはり、昨日ガツンと言ってやったのが効いたのだろうか。それならば、「言ってよかったかな?」とも思うが、それはそれで罪悪感がある。
昨日、約束を破ったのは秋葉で、やはり悪いのは自分なのだから生徒会長が怒るのも無理はない。
だがそれでも、真斗のことを馬鹿にしたのは秋葉には許せないことで、怒らなければあの場は気が収まらなかっただろう。
(ま、いっか。お互い様だよね)
と、秋葉の目の前に、行く手を塞ぐように人影が――生徒会のメンバーが立っていた。
いつもは白石の取り巻きとして上司の後ろに付いているのだが、今日はその、上司の姿が見えない。
怪訝な表情で睨む秋葉に、先頭の男が話しかけてきた。
「凍山さん。我々にご同行お願いします」
整然とした態度で話しかけてきたのは、この学校の副会長を務めている男だ。
実質、白石の右腕として雑務をこなしている彼だが、成績はトップクラスで他の学校ならばまず間違いなく生徒会長の座についていてもおかしくない。
そんな彼が自分に用があるという事は生徒会に関することだろうが、
「今日は、生徒会の仕事を手伝うようには言われていませんけど?」
と、嫌味を隠さずに秋葉は言った。
大して副会長は気にする様子も無く、
「いえ、今日は生徒会の仕事ではありません。生徒会長のご命令です」
ただ事務的に告げる。
秋葉は若干、張り合いが無いと思わないでもなかったが、今はそんなことより疑問の解消の方が重要だと思い直し、
「どういうことですか?」
「あなたには、人質になってもらいます。本日行われる、須藤真斗と我らが会長との対戦の為のね」
「!?」
秋葉は愕然とした。どういう事なのだろうか、真斗があの生徒会長と対戦を行うというのは。
彼は、昨日の段階では裏生徒会の事について何も知らなかったはずだ。確かに、噂の事は知っていたが核心についてはまだ知っているような感じは受けなかった。
そしてこれからも、彼にはこのゲームについて知られてはならなかったのに――。
秋葉は、悔しさの念を堪えるかのように歯を食い縛る。
これは自分の楽観が招いた結果。ミスだ。
あの日、自分のミスのせいで招いた不幸。
もう、あんなことは絶対にやらないと誓ったはずなのに――。
しかし、知ってしまったのではしょうがない。
秋葉は思考をすぐに切り替える。そこで停滞し、殻に閉じこもって考えることを止めてしまうのは簡単だ。けれどそれではだめだと彼は教えてくれた。事態を好転させるには前に進むことを止めてはいけないのだ。
副会長が言うには、今日、彼の対戦が行われるらしい。そして、その対戦相手はあの白石正美だ。生徒会長が、このようなゲームに参加しているとは思わなかった。しかし、仮にも生徒達のトップに立っているのだ、学校の些細な噂も生徒会室には集まってくるのだろう。知っていてもおかしくは無い。
そして、白石がこのゲームの対戦に参加しているという事は、この生徒会のメンバーも『裏生徒会選挙』に参加しているのだろう。
(こいつらの作戦は、私を人質にして真斗君から勝ち星を拾おうという魂胆……)
「手荒なマネはしたくはないのですが……」
ぬけぬけとそんな事を言う副会長に、秋葉は肩を竦めて言った。
「なら、おとなしく引き返した方がいいんじゃないですか?」
「そういうわけにもいかないのですよ。彼のためにね……やれっ!」
副会長が後ろに控えていた生徒会メンバーへと指示を出す。
秋葉はすぐにスカートを翻し、元来た道を走り出すが、あえなく腕を掴まれ取り押さえられてしまった。
今の秋葉はただの女子高生でしかなく、もちろん特殊能力など、使える筈もない。
(真斗君――!!)
秋葉は心の中で真斗の名を叫んだ。しかしその声が彼へと届く事はない。彼は今、昔のように自分の隣にはいないのだから。
必死で暴れ、腕を振り払おうとするが、秋葉の細腕では男子高校生の腕力に勝てるはずもない。
気付くと秋葉は何かの液体で湿らされたハンカチを鼻先へとあてがわれ、意識は闇の中へと吸い込まれていった。
●
「今日は来なかったな……」
通学路の帰り道を歩きながら、真斗は肩を落とし呟いた。
「まあそうだよなぁ。凍山みたいな美少女が俺なんかに構ってる暇ないよな……今日も来てくれるんじゃないかって期待してバカみてぇだな、俺」
などと勝手なことを言って真斗はネガティブになっていた。勝手に期待して勝手に落胆しているのだから全くいい性格である。
昨日一日は今まで生きてきた中で最も濃い一日だったと真斗は思う。
明星高校で、絶大な人気を誇るあの凍山秋葉と話す事が出来た。
このまま何もない平凡な高校生活を続けるのだろうと思っていた真斗にとって、秋葉との一時は晴天の霹靂に違いなかった。
小説や漫画の中に登場してもおかしくない美貌を持つ彼女。その上、自分の美しさをひけらかすようなことは絶対にしたりしない。
真斗の理想とする少女だ。
そして、その灰色の生活に新たな色を加えるかもしれないものに出会った。
『裏生徒会』
このゲームが今までやってきたゲームとは明らかに血色が違うということを感じる。
まだどんなゲームなのかは今の段階では知る術はないが、あと数時間もすれば分かること。
真斗は気付いたら拳を握り、走り出していた。