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二話

 玄関まで行くと一人の男が行く手を阻むようにして立っていた。

 メガネを掛け、髪をオールバックにまとめ、見た目は清潔感を漂わせているが、どこか邪悪な雰囲気を内面に併せ持っていそうな男。

 この学校の生徒会長――白石(しらいし)正美(まさみ)が真斗と秋葉の方を睨みつけている。

(生徒会長……俺、こいつ苦手なんだよな……)

 真斗は心中で目の前の男に対しての印象を吐露する。

 白石に対する評価は何も、真斗だけのモノではない。

 白石は、決して人気があって生徒会長になったわけではない。むしろ、好かないと思っている者の方が多い。

 その理由の一つに、自分以外の人間を粗大ゴミ、つまり人として見ていないといった節がある。それはどうやら噂ではなく、実際に言われた者もいるらしい。

 他人を人として認めていない者が必然的に人気など出るはずがない。それならば何故、この男が生徒会長の地位に就くことが出来たのか、答えはシンプル。他に立候補した者がいなかったからだ。

 基本的に我関せずの全校生徒達は、自身の面倒臭さから白石に票を入れた。しかし、その判断は平凡な学校生活を送りたかった生徒達にとって最大のミスとなる。

 白石は自身の独断により校則を一つ増やした。その内容は、制服の改造を認めない・髪の染色を認めない(破ったものは停学)といった内容だった。

 校則の変更は、生徒総会にて行われるのが普通だ。しかし、白石に逆らえる者はこの学校には存在しない。

 一見すると普通に見えるこの校則。しかし、この学校においては違う。この学校の本来の校風は、所謂生徒の自主性を重んじる自由な校風を売りにしていたのだ。この学校の最新設備の数々はそういった校風だからこそのモノである。

 全校生徒の中には、自身の制服・髪型の改造に命を賭けている者もおり、その者たちは期間内に、直す事をせず停学になってしまった。

 この校則により生徒たちは鬱憤が溜まり、教師に抗議をする者も出始めるが、教師たちにとってそれは、自由な校風を売りにしている本校の意にそぐわないとして望ましくはなかった。しかし白石の両親が本校の理事長であり、資金提供をしてもらっていることから手が出せないでいた。

 中には生徒想いの教師が意見したこともあったが、それも所詮は少数派の意見として終わってしまった。生徒の為の校則が縛る意味での拘束に変えたのが、白石という男だった。

 閑話休題。

 白石は真斗を一瞥すると、秋葉の方へと目線を変え話し始めた。

「凍山君。巡回が終わったら一度、生徒会室に足を運ぶようにと言った筈だが……どういう事だい?」

 秋葉は、ばつが悪そうな表情をし、白石とは目線を合わさずに答える。

「すいません。忘れていました」

 満足のいく回答ではなかったのか、明らかに怒りが白石の顔には現れていたが、その感情をコントロールしようとせず、彼はそのまま言葉を続けた。

「こんな男と話し込んでいて、下校時刻を三十分も過ぎているにもかかわらず、僕との約束を忘れていた、と……そういうことかい?」

 言い終わると同時に白石は、真斗をギロリと睨みつけた。

 いきなり視線を向けられ、一瞬たじろぐ真斗。しかし今の白石の発言に対して聞き捨てならないところがあったと真斗は感じ、口を挿む。

「ちょっと待ってくれ、凍山は悪くない。俺と話していたから遅くなったんだ。怒るなら相手が違うと思うけどな?」

 それを聞いた白石は、より一層鋭い眼つきになり、

「貴様になど話してはいない。誰に向かって口をきいている! 消えろ、粗大ゴミがッ!」

 キッと睨みつけた。その瞳にはどこか憎悪の念すら感じさせる。

(おお、言うねえ)

 対して、堪えていない風な真斗が、更に反論しようと口を開きかけた――その時だった。

 刹那、スパーン! という小気味良い音が玄関に響き渡った。

 果たしてそれは、秋葉が白石の頬をぶつ音だった。

 何が起こったのか分からないといった表情の白石は、眼を丸くして驚いている。間髪いれずに秋葉が怒鳴った。

「私のことはいくら言っても構いません。でも、私の大切な……友人(・・)を馬鹿にするのは許さないわ! 行こう、須藤君」

 秋葉は真斗の手を取ると、スカートを翻してそのまま早歩きで真斗を引っ張って行った。

 真斗は、十メートルぐらい歩いたところで振り向くと、白石が憤怒の表情を浮かべ鬼の形相で「許さんぞ粗大ゴミが……!」と呟くのを見た。

               

      ●


 辺りはすっかり暗くなり、街灯が道を照らしている中、帰り道を歩いている間二人は無言だった。

 本当ならばこんな美少女と二人きりで帰るなどという健全な男子高校生にとって、一部の人間にしか与えられない貴重なドキドキ青春イベントだというのに、先ほどの生徒会長との揉み合いで気まずさが一番に押し寄せて、それどころではなくなっていた。

 コンクリートの道を踏みしめるその足取りは重い。ちらちらと横目で見る秋葉の表情は暗く、何か思慮に耽っているようにも見える。

 秋の少し肌寒く感じるような澄んだ空気が、二人の間だけ露のようにじめっとした感じになっている様な錯覚を真斗は得ていた。

 なんとかその気まずさを解消しようと、真斗は何か言わねばと先程から考えているのだが、なかなか上手い言葉が思いつかなかった。

 そんな時、

「ごめんなさい。私事に巻き込んじゃって……」

 機先を制したのは秋葉だった。

 その可愛らしい口から出た言葉は謝罪。秋葉は、頭を深く下げていた。

 慌ててそれを制するように真斗も、

「いや、凍山が気にすることじゃないよ。むしろ、俺の方が謝らなきゃいけないくらいだ。俺のせいで凍山が生徒会長に眼をつけられたかもしれない。ごめん」

 深々と頭を下げる。

 そこには、お互いが頭を下げ合ったまま動かないという奇妙な図が生まれていた。

 暫くすると、

「はは」

「ふふ」

 どちらともなく笑いが起きた。

 先に秋葉が口を開いて、

「ふふ、じゃあ、おあいこだね。でも、庇ってくれた時嬉しかったよ。ありがとう」

 太陽の様な輝きを放つ笑顔を真斗に向けた。その笑顔は、先程の嫌な空気を吹き飛ばすのに十分な威力を伴っていた。

 美少女の笑顔に真斗は胸の高鳴りが早まるのを実感する。

 かつてこのような事があっただろうか。女子とこんなにも長く一緒に居たのは今まで無かった事の様に思う。いや、ここに居るのは有象無象の女子達とはまるで違う絶世の美少女。何故このようなことになっているのか分からない。一緒に帰るということもそうだが、この会話が自然と繋がる感覚。話していると楽しくて、自然と笑顔が出てくる。そこに居るのが当り前な様に心が暖かくなってくる。

 まるで夢でも見ているのではないか、という錯覚。

 だが夢ではないのだ。何故なら、

「俺も、さっき生徒会長がビンタされた時、スカッとしたよ。それに、大切な友達って言ってくれて嬉しかった。ありがとう」

 この様に口を開けば、きっと返事が返ってくるはずだから。

 しかし、

「――友達……」

「?」

 秋葉はまた、呟きを一つ溢して、眉を下げる。笑みが消える。

「どうした?」と様子を窺うと「大丈夫」と言って歩き出す。

 突然押し黙ってしまった秋葉を、真斗は少し妙だと感じた。

 部室にいる時から感じていたことだが、秋葉はいきなり表情が暗くなったり、押し黙ってしまったりと不審な点がある。

 どうしてそうなるのかは分からないが、全部自分が何か言う度にそれは起こっている気がする。

 心配になる。彼女のその表情は見たくない。でもその原因を作っているのは自分かも。

 真斗が不安に思っていると、十字路まで歩いたところで秋葉が、

「私、こっちだから」と右の方を指さす。

 秋葉との別れが遂に来てしまった。あの太陽のような笑みが消えたまま。

 真斗は思う。このまま別れて良いのだろうか、と。秋葉の笑みが消えたのは不用意な言葉を自分が言ってしまったからだ。それが彼女の何かに触れ、笑みを奪った。

 明日からは、避けられるかもしれない。折角、秋葉と接点を持つ事が出来たというのにそれではあんまりだ。嫌われたままなんて嫌だ。

 だって自分はもう――彼女の事を好きになってしまっているから。

 なんて言えばいい? もういっそのこと告白でもしてしまうか? いや、もっと良い言葉があるはずなんだ。凍山が笑ってくれる言葉が。

 真斗の頭の中で様々な思考が連続的に生まれ、消える。

 しかし言葉が見つからない。

 秋葉は真斗が何か言いたげにしているのを察して待っている。何か言わねば。

 秋葉とこうやって話すチャンスを作る言葉を――。

「凍山っ!!」

 声が思った以上に大で出る。秋葉が一瞬驚いたように眼を丸くする。構わず続ける。

「あ、明日! よ、良かったらなんだけど……、もう一回、部室来てくれない? 小説の続き書いたのをまた読んで欲しいんだ……。ダメかな?」

 熱が顔に集まる。きっと今の表情は茹でダコのようになっているに違いない。けれど言うことは言った。真斗は秋葉の言葉を待つ。

「――須藤君」

 来た。声音は強くも無く、弱くも無い。しかしどこか嬉色が滲んでいる。

 次の瞬間真斗は我が眼を疑った。声と共に、自分の口元に秋葉の人差し指があてられていたからだ。

 秋葉は小悪魔のような笑みを浮かべ、囁くように口にする。

「秋葉。次会った時、秋葉って呼んでくれたらいいよ。――真斗君」

「――!!」

 秋葉が名前で呼んだことに一拍遅れて気が付いた。

 怒涛のラブコメのような展開に思考回路が処理落ちを起こしているのかもしれない。ハードがイカレて、ソフトを読み込まない。

 唇から指が名残惜しそうにゆっくりと離れる。そこには頬を朱に染めた秋葉の顔があった。暫くすると秋葉はバイバイと手を振りながら走って行ってしまった。

 真斗は、秋葉の姿が見えなくなるまで手を振って見送った。触れていた唇にまだ、秋葉の熱が残っているような気がした。

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