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一話

「連絡事項は以上だ。課題は明日の朝回収するからな~ちゃんとやっておくように。それじゃ解散」

 黒板代わりの大型パネルモニターの電源を切り、担任はHRの終了を告げた。

 それと同時に教室は私語で沸きあがった。

 須藤真斗(すどうまさと)にとって、待ちに待った放課後が訪れた瞬間だ。

 必要な物を鞄に入れ、机のタブレットPCをシャットダウン。

 担いだ鞄と共に、真斗は急いで教室の外を目指し駆け出した。その際にクラスメイトにぶつかりそうになるが、軽く謝辞を投げるだけで勢いは止まらない。

 目標地点は自分が所属する文芸部の部室だ。

 真斗は授業中に思いついた『ネタ』を早く文にしたかった。

 昼休みに友人が話してくれた奇妙な噂話が、文芸部員である彼の妄想を駆り立て、午後の三コマをフルに使ってようやくプロットが出来上がったのだ。久々のインスピレーションに、真斗は書く前から楽しみで仕方がなかった。

 教室を出て、廊下の突き当たりを右に曲がり、渡り廊下を渡った先にある旧校舎を利用した部室棟に文芸部はある。

 文芸部の部員は真斗一人。

 三年生の先輩が受験で引退し真斗一人になってからは、この部室は真斗の専用スペースとなっていた。ただ、このまま新入部員が入らなければ文芸部は廃部確定。今は十月の初頭でこの時期に入部希望などまず期待できない。勝負をかけるなら来年度の新入生を誘うしかないだろう。

 小説を書くだけなら家でも出来るが、部活動でしか出来ない楽しみもある。お互いの作品についての意見交換は、自分の作品をより良いモノにしてくれるし、競う相手がいれば自然と筆が進む。それを知っているからこそ部活を廃部にさせたくないと思うのだ。

 真斗は部室の鍵を開け部屋に入ると、部屋に一台しかないパソコンの起動スイッチを押した。

 新校舎の方は最新の技術を使ったタブレットPCだというのに、この部室棟には一世代前のしか置いてないというのはいかがなものかと真斗は常々考えていた。

 この学校――私立明星(みょうじょう)高校は最近できた高校ではない。住宅街のすぐ近くにあり、最寄りの駅からは十五分。なかなか交通の便が良い程度の普通の高校だ。

 ただ、二年前からとある生徒が入学し、その親が理事長に就任してからは、その理事長による資金提供により最新技術であるタブレットPCや、大型パネルモニターが新校舎の教室に設置された。それに加え入学時に最新の携帯端末、通称『PA』が配られた。

 『PA』――パーソナルアドバイザーは、近年ゲーム会社であった『デュアルエンジニアリング』から登場した最新の携帯端末で、学習の補助を目的として学生向けに開発された携帯端末だ。

 基本的には従来の携帯電話と同じように通話やメールも可能だが、真意はそこでは無い。

 『PA』の登場により、学生は校内ネットに登録することによって学校の映像資料、データ化した書籍資料を家に居ても貸し出しが可能になる。また、教師側のメリットとしてプリントなどを作成せずとも課題や連絡事項をファイルで送ることが可能になるので、コスト・労働力の削減に繋がる。

 それだけではなく、家に居ながら学内ネット経由で、学校で残業している教師に課題などの解らない問題について質問することが出来るようにもなった。――教師たちはあまり望んでいないようだが。

 『PA』などの最新技術を導入してから、この学校の生徒の学力は飛躍的に向上した。が、やはり最新技術。導入する際のコストがバカにならない。市内でも導入されている学校は限られているだろう。市内の学校が約四十校、そのうち導入にまで至っているのがこの学校を入れても十校といったところだろうか。

 しかし、流石に旧校舎の方にまでは手が回らなかったらしい。未だに旧校舎側は旧式のデスクトップだ。

 暫くすると完全にパソコンが立ち上がった。真斗は早速『PA』をUSBケーブルでパソコンに繋ぐとワードを立ち上げ、カタカタとキーボードを打ち始める。

 午後の授業の間に考えておいたプロットのおかげで滑り出しは順調だった。しかし、中盤に差し掛かったところで手が止まった。盛り上がりの部分で詰まってしまったのだ。

 真斗には良くある事。冒頭のプロットを作って満足して、後々で帳尻を合わせる。よって、生まれるのは思い描いていたのとは違うお世辞にも面白いとは呼べないモノが出来あがる。

 今回もまたそれだった。

「やっべ、ちょっと詰まってきちまった……そういや、あいつ他になんか言ってたっけ?」

 真斗はふと、昼休みの友人との会話を思い出す。


      ●


「須藤さぁ、また小説書いてんの?」

 話しているのは入学したばかりに隣の席になってから、なんとなく一緒にいるようになった中村宏平(なかむらこうへい)だ。髪は短めの黒髪で、見た目は最近のチャラチャラした若者風。校則で禁止されている為ピアスは付けていないが、耳にはしっかりとピアス穴が空いている。

 中村は水泳部に所属している。その為か、軽薄そうな外見とは裏腹に思いの外身体つきがしっかりしていて肌も浅黒い。

 真斗も文科系の部活に所属してはいるもののそれなりに筋肉はある方だが、中村と並んでいるとそれも目立たなくなってしまう。

 おまけに社交的で女生徒にもモテるので、嫉妬を覚えてしまうのもしばしばだ。

 そんな彼の問いに、

「いや、最近ネタが無くってさぁ……」

 コーヒー牛乳をストローでズズズと吸いながら、肩を竦め真斗は答えた。

「じゃあ丁度良かった。お前にネタ提供してやるよ。部活の帰りに部活のやつらとの話の中で出てきたんだが、最近妙な噂がこの学校の中で流れてるらしい」

 真斗は中村のいきなりな話口に呆れ半分、面白半分でストローから口を離し答える。

「噂ぁ?」

 中村は真斗の喰いつき方が予想していたよりも良かった事に満足したのか、にやりと口の端を吊り上げ聞き慣れないフレーズを口にする。


「裏生徒会」


「なんだそりゃ?」

 即座に首を傾げる真斗に、中村は少し肩を落とした風に見えたが、すぐに話を進めた。

「お前聞いた事はないか? 突然何かに熱中していた奴が情熱を失った様にぱったりとそれをやめたり、仲の良かった友達同士がお互いに関心が無くなったようになるって話」

 真斗はたっぷり十秒程考えてから、

「確かに、聞いたことあるな。最近だと、あの野球部バカで有名な上杉も野球部を突然辞めたって話聞いたけど……」

 クラスメイトが今日話していた事を思い出しながら答える。

 野球部の上杉と言えば、万年地区一回戦負けの弱小校である明星高校野球部を入学以来、一年目県ベストエイト、二年目準優勝まで導いたスター選手だ。人一倍練習熱心な事で有名で、いつも一人で居残り練習をしているらしい。それに触発される野球部員も多く、学校側としてはいつまで経っても帰ろうとしない野球部を半ば呆れ半分で受け入れている。

 来年は甲子園出場、果てにはプロ入りを期待される程の選手。その上杉が突然野球部をやめたという話は、学校中で広まるほどの話題になっていた。

 クラスでも、他の野球部員の落胆ぶりは凄まじいものだったのを真斗は思い出した。

 しかし、まさか――、

「その裏生徒会ってのが上杉の退部に関係してるって言うんじゃねえだろうな?」

「その、まさかだと言ったら?」

 嘲笑気味に言う真斗に、ニヤリとした笑いを崩さず中村は返した。

 口は嫌らしい笑みを浮かべているものの、中村の目は笑っていない。

 真斗は口を噤み、中村の説明をただ待った。

「裏生徒会ってのはなんでも……ネットゲームのようなものらしい」

「ネットゲーム?」

「ああ。そのゲームで勝利するとどんな願い事でも叶えてくれるっていう代物らしいが、その代わり負ければ自分の大切なモノを失ってしまうってリスクも有るみたいだな」

 突拍子も無いその言い草に、中村の真剣な眼差しが余計にバカらしく思えた。

 故に真斗は至極当然とばかりにこう答える。

「ハッ、何言ってんだよ。裏生徒会ってのがゲームならそんなことが出来るはずがないだろ」

 だから、真斗はこのバカバカしい話を止めにしようと、飲み終えたコーヒー牛乳のパックを捨てに席から立とうとしたが、

「確かに信じ難い話だ。だけどな、あの上杉が野球部を辞めたことがその証明とは考えられないか? 上杉は何らかの形で裏生徒会に参加し、負けた。そしてあいつは大切なモノ――野球に対する情熱を失った……ってのはどうだ?」

 中村の真剣な眼差しが真斗の足を静止させた。

 確かに、上杉は野球に対する情熱は誰にも負けない、そういう男だというのは大して仲が良いわけでもない真斗も知っていた。だからこそ、上杉が野球部を辞めるなどということは少しばかり信じられない話だった。

 中村の推理に、真斗は僅かではあるが信憑性を見出していた。たとえ、噂ん話であろうとも、それが興味を引くものであるならば、真斗は信じてしまう。

「ウチの水泳部にもこんなことを言っていた後輩がいたぜ」

 と、畳み掛ける中村。真斗はピクリと耳を動かした。

「昨日、教室に忘れ物をした一年生が夜の十二時頃に校舎の部室棟の方で大きな物音を聞いた。そこで気になった一年生は窓から部室棟のほうを見たんだ。すると――そこに見えたのは大きな鎌の様なモノを持った美しい少女だった。壁には鎌で切り裂いたような大きな傷がある。その時一年生は、その少女と目が合ってしまった。怖くなった一年生は、その日は走って逃げたんだ。そして翌日、壁の傷を確かめるためにその場所に行ってみると鎌の後が跡形もなく消えていた…………どうだ? この話も裏生徒会に関係のある物に見えてこないか?」

 それがダメ押しだった。

 その話を聞いた真斗は、呆れ半分で聞いていた先ほどと一転、眼をキラキラと輝かせて、

「面白い! それってどんなライトノベルみたいな話だよ!!」

 これが真斗の悪い癖が出た。面白ければなんでもいい。それが真斗のスタンス。

 その真斗の反応に、中村は満足げな笑みを浮かべると、

「お前のお気に召したようで良かったよ。まあ実際のところは、何も分かっちゃいないし、上杉が野球部辞めちまったのも、スターゆえのプレッシャーに耐えきれなかったって奴かも知んねーしな」

 と、両手を広げやれやれという風に言った。

 だが、真斗の方は、

「確かに、信じられねー話だけどそう考えると面白いな。ネタ提供サンキュ」

 と、次回作の構想をすでに頭の中で練り始めているようだった。

「そいつは良かった。お前の小説、いつもみたいに完成したら読ませてくれよな。ま、期待はしないけどよ」

 中村はニヤリと今度は愉快気に笑って言った。


      ●

                

 最後の余計な一言まで思い出すことに成功し、真斗は閃いた。

「そうだ、美少女! この美少女は部室棟で何をしていたのかを考えれば面白くなるんじゃね?」

 大きめな独り言を部室に響かせた真斗は、再度パソコンのキーボードを打ち始めようとする。

 その時だった。

 部室のドアがバタンという音を立てて開いた。

 そこには、見慣れぬ来客。肩甲骨程まで伸びたブロンドの髪に大き目の白いリボンを結わえた、端正な顔立ちのまさしく美少女が居た。

 大きな瞳に整った眉、白磁のように白く透き通った肌。ほんのりと上気した頬。桜色の唇はリップか何かで艶めかしい色合いを醸し出している。決して濃すぎることのない素材を存分に引き出した化粧が妙な色香を漂わせる。

 全体的に細身なシルエットながら、服の上からでも分かる抜群のプロポーションは出るとこが十分出た、女性的なライン。真斗が思わず視線のやり場に困るほどだ。

 服装は明星高校の制服。チェックのフレアスカートとブレザータイプの上着に二学年を意味する赤いネクタイ。つまり真斗と同学年だ。

(……あれ? この子は……)

 真斗はその美少女に見覚えがあった。学校の男子の憧れの的で、真斗も名前ぐらいは知っている。しかし、最初に眼にしたのはいつだっただろうか。普段はたまにすれ違う程度のなんの接点もない人物なのだから、思い出せなくても無理はないのだが。

 しかし、その度に頭のどこかで引っかかりを感じていた。目の前の少女のことを思い出そうとすると、靄が掛ったように何も見えないのだ。

 真斗が思考を巡らせていると、その美少女たる彼女――凍山(とうやま)秋葉(あきは)が口を開いた。

「美少女って何のこと? 外にまで聞こえていたよ?」

 澄んだ、心地のよい声が真っ直ぐに真斗の耳に響く。

「いっ、いやっ、なんでもないよ。それよりも、凍山はこんなところに何をしに?」

 あの独り言が外にまで聞こえていた事による気恥ずかしさからか、慌てて口を開いた故か、声が少し上擦った。

 しかし、凍山とすんなり名前が出たことに少しだけ真斗は安堵する。

 そんな真斗を見て、秋葉はクスッと口元を綻ばせた後、自分がここに来た要件を滑らかに語り出した。

「うん。生徒会の人に頼まれてここに。部室棟の下校時間を過ぎてもまだ帰ってない人がいないか見てきてほしいって」

「えっ、もうそんな時間!?」

 そう言って、真斗は部室のデジタル時計を見る。時刻はすでに十八時を回っていた。

 この学校では最新の設備を導入したために電力消費がバカにならなくなってしまった。その為、目立つ大会が少なくなるこの時期は、節電の為に学校に居られるのは一八時までということになっている。

「やっべ、夢中で書いてて気づかなかった……ありがとう、もう帰るよ。あれ、そういえば凍山は生徒会じゃないよな。」

 真斗は率直な疑問を秋葉に訊ねた。

 秋葉は少し眉を寄せ、肩を竦めて答える。

「うん。時々人手の足りない時に生徒会長さんに頼まれるの。雑用だけだけど。私、どうもあの人苦手でちょっと断りきれないんだよね……」

 真斗もその生徒会長の嫌味な顔を思い浮かべ「ああ、確かに」と同意を示す。

「あの人とは俺も会話らしい会話はしたことはないけど、あまり好きな感じじゃないなぁ。凍山も大変だな」

「そうでもない、かな。頼られるっていうのは何にしても嬉しいことだから」

 断りきれない、と言った割にはこの仕事が好きでもある様子。

(ううむ、奉仕精神まで持ち合わせているとは、完璧過ぎるな……)

 眼の前の美少女の完全無欠さに感嘆しつつ、

「偉いな~凍山」

 と、軽い気持ちで思った事を口に出す。

「そんな事ないよ……」

「え?」

 即座に返ってきた言葉は、真斗の思うようなトーンでは無かった。暗い表情を浮かべ何がしか呟いたその内容までは、特に気を張っていた訳ではない真斗には聞き取れない。

「えへへ、照れちゃうな。でも嬉しいよ、ありがとう。そういえば須藤君は何をそんなに夢中になっていたの?」

 が、一転して照れたような仕草を浮かべる秋葉。先ほどの表情は影一つ残っていない。

 秋葉は上目使いで真斗を覗き込むようにして尋ねた。

(か、可愛い……!)

 真斗は思わずドキッとした。こんな近くに、あの凍山秋葉の顔があるのだ、これがドキリとしないわけがない。男として。

 しかし、それをなるべく悟られないように、落ち着け! と真斗は念じながら答えた。

「え? あ、あぁ……小説書いてるんだよ。まだ書き始めたばかりだけど、面白い話を聞いたからこれは書かないとって夢中になっちゃってさ……文芸部も形だけでも活動しないと」

「小説……!」

 秋葉は驚きと喜びを混ぜ合わせたような表情を浮かべると、躊躇いがちにこう呟く。

「その……読んでみてもいい? それ」

 それ、というのはこの小説の事だろう。だが、まだ小説は出だしの出だし、人様に見せられるようなものではない。

 けれど、秋葉がダメ押しとばかりに「ダメ?」と言うものだから、

「あ、ああいいよ。まだ出だしだけど……」

 それに耐えられるはずも無く、真斗はオーケーを出してしまった。

 秋葉は「ありがとう!」と顔をぱぁっと輝かせ、先程まで真斗が座っていたパイプ椅子に座り、画面を覗き込んだ。

 秋葉の視線が画面上を行ったり来たりしている。しっかりと読みこんでいるのが分かる。

 だからこそ緊張せずにいられない。自分の作品はそれはもうひどいモノだと自負しているし、勢いで書いた部分も多分に含まれている。誤字脱字は当たり前。ストーリーすらあやふやだ。

(ああ~ヤバイ! 中村と妹以外に見せるなんて初めてだぞ!!)

 待つこと数分。長い沈黙が過ぎると、秋葉は読み終わったらしく、椅子から立ち上がって真斗の方へと向いた。

 だが秋葉の表情は先程まで見せていた柔和な印象とは違い、神妙な面持ちとなって真斗を見つめている。

 これはつまり、自分の作品が面白くなかったという事だ、と真斗は思った。

 やはり見せるべきではなかったのだ。せめて推敲してから読んでもらえば良かった。ああなんてことだろう、せっかくあの凍山秋葉と接点を持つことが出来たのに、これではつまらないだけの小説を書いてニヤニヤしている痛い奴と思われたかもしれない。最悪だ――。

 真斗は様々な後悔の言葉を頭の中でこねくり回した。

 だがそんな真斗の気持ちを察する様子も無く、少しトーンの落ちた声で秋葉が訊ねてきた。

「……須藤君、この小説って元ネタってある?」

「へ?」

 思わぬ問いかけに、真斗は一瞬何の事を言われているのかさっぱりだった。

 だが、小説を酷評されたわけではないと分かると、真斗は正直に問いに答えた。

「ああ、うん。実は、休み時間に友達から噂のことを聞いて……それで面白いなって思ってさ。凍山もやっぱり噂のこと知ってた?」

 噂を、多少独自のアレンジを加えているとはいえ、小説の題材としてしまったことがまずかったのだろうか。真斗は、ばつの悪そうな顔を秋葉に向けた。

 だが、

「噂になってた……!? やっぱりあの時……」

 秋葉の反応は、そのことに対してのモノではなく、真斗の想像が及ばないところに対して向けられていた。

「凍山?」

 秋葉は何かをブツブツ呟いていたようだったが、真斗はそれがなんのことかよく聞き取れず思わず聞き返した。

 秋葉は、

「え……あ、うん! 知ってたよ。私もその噂のこと友達から聞いていたから。須藤くんの小説面白いね! 噂もアレンジが加えてあって面白いよ!」

 何かを誤魔化す様に、大げさなリアクションを伴って答えた。

「ホ、ホントに!? すげぇ嬉しいよ!!」

 だがそれでも秋葉の言葉は真斗にとってこの上なく嬉しい言葉だった。いつも完成した小説を中村と妹に読んでもらうと、決まって酷評ばかりで、自分の作品に自信が持てなかったのだ。

「凍山に褒めてもらえるなんて思わなかったな。俺の書く小説ってなんか評判悪くてさ、面白くなかったらどうしようって思ってた。お世辞でも嬉しいよ」

 素直に真斗は礼を言った。

「そんなことない!」

 と、秋葉は突然大きな声を上げた。真斗は眼を丸くして秋葉を見た。その声音は今秋葉がしている表情と同じ、どこか悲しげな雰囲気を感じさせた。

「そんなこと……ないよ。私にとっては、須藤君の書く小説はどんなモノよりも面白いよ」

 寂しそうに眼を細める秋葉。言葉は大げさすぎる気がするが、秋葉の表情からはそれは読みとれない。

 コロコロと表情が変わる目の前の少女に、面白い子だなという印象と、やっぱり笑顔が一番だよなという思いが真斗の中に湧きあがる。

 真斗は秋葉に微笑むと、少し偉そうに胸を張って言った。

「ありがとう。そんなに、絶賛してくれる読者さんには、特別待遇しないとな!」

 これには、どうにか秋葉を笑顔にさせたいという意図があった。

「え?」

「完成したら一番最初に凍山に見せる。中村や妹より先にな!」

 真斗は、大きな声で秋葉に宣言する。

 こんな事を言うのは後にも先にもこれが最後だろうと思った。きっと今、自分の顔は言ってしまった後からくる羞恥に、赤く染まっているだろう。

 秋葉はその声に眼を丸くして驚いていた。だがすぐに柔らかい表情で、

「うん! 絶対読ませてね。約束だよ?」

 それは、最初に部屋に入ってきた時と同じく柔和なとびきりの笑顔だった。

 対して、真斗もとびきりの笑顔で返した。

「ああ、約束するよ」

「ふふっ、楽しみにしておくね」

 そう言うと、秋葉は時計を一瞥した。時計は十八時半を過ぎていた。

「ちょっと話しすぎちゃったね。帰ろっか?」

「え、一緒に?」

「外も暗いし、女の子一人で帰るにはちょっと怖い……かな」

 不安そうな表情を見せる秋葉の表情はどこか蠱惑的な要素を感じさせる。

 真斗は、

(――覚悟を決めるしかないッ!)

 と人知れず覚悟を決め、一呼吸置いて「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。

 秋葉もクスリと笑って、「こちらこそ」と返した。

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