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十話

 真斗と秋葉が待ち合わせの場所に選んだ白船駅前は、常に人通りが少なくなることは無い。仕事場に向かう者、学校へと向う者、都心部へと続く路線に乗る者と、市内の住人には無くてはならない重要な交通手段だ。

 駅は市街区と居住区の丁度中心にあり、真斗や秋葉の住む、居住区内に存在する明星高校から徒歩十五分の位置に存在する。

 翌日、真斗はその駅前に来ていた――実に9時からである。

 初めてのデートということもあり、その相手がまさかあの凍山秋葉とくれば、これが緊張しないわけがない。

 朝はいつもより早く眼が覚めてしまい、洒落た服を持っていないことに今更気付き、慌てながらも、の普段着――シャツに薄手のジャケットとジーンズ――に落ち着いた。半ば諦めの気持ちによる選択である。

 ただ、妹に悟られないように家を出ることに成功したのは我ながら上手くやったと褒めてやりたい気持ちになる真斗。

(あいつはまだ寝ていたから、きっと気付いていない筈だな)

 母も、休日は昼過ぎまで起きない。

 つまり、自分が今日デートだという事を家族は知らないのだ。

 真斗は右手の妙に高そうな腕時計を一瞥する。この腕時計は単身赴任の父の物だ。服は普段着なので、少なくともアクセサリーぐらいは着飾りたいという男の小さい見栄が、この腕時計だった。

 時刻は九時五十五分。まもなく約束の時間だ。

 心臓がバクバクと脈動し、体を硬直させる。

 女性免疫の無い真斗にとって今日のデートは記念になると同時に、絶対に失敗してはいけないのだった。

 今回のデートの真の目的は、秋葉の持つ情報を聞き出すこと。真斗が、秋葉が、それぞれ前に進んでいく為に必ず避けては通れない事だ。

 秋葉が自分に隠し事をしているのは、秋葉の今までの挙動と昨日の対戦の時の言葉から推測出来る。

 そして、浮かべたあの悲しそうな表情――

(凍山のあの辛そうな顔。今日のデートぐらいは、絶対にあの顔はさせたくない)

 真斗がそう心の中で誓ったのと同時に、

「真斗くん」

 ポン、と右肩を優しく叩かれた。

「うわっ!?」

 その右肩から掛かる声と触れられた感触に、情けない声を上げ驚く真斗。

 真斗は振り向いて声の主を確認する。

 大丈夫? と言って覗き込むようにして真斗を見る声の主は、秋葉だ。

「いや、なんでもない……よ」

 真斗はその場で呆然となった。

 一瞬、自分の目を疑った。こんなに美しい少女がいるのか、と。

 端正な顔立ちは薄い化粧に彩られ、桜色の瑞々しい唇はリップか何かで薄く光沢を放っている。

 腰ほどまで伸びる栗色の髪は、いつもの大き目のリボンではなく、髪飾りがあしらってある。

 そして、一番驚いたのがその秋葉の服装だった。

 いつもの制服姿しか見た事がなかった真斗にとって、それは衝撃だった。

 胸部を強調した上半身のコーディネイト。丈が短めのスカートからは、艶めかしい黒のオーバーニーソックスが覗く。

 少し肌寒さを感じる十月の気温からか、白のカーディガンを羽織っている。

 普段の清楚なイメージからかけ離れた刺激的な秋葉の出で立ちに、真斗の脳内は目まぐるしく回った。

(すげえ、可愛い……!)

 真斗は心の中で感嘆の言葉を漏らす。

 秋葉はにこりと笑って言った。

「ちょっと、遅かったかな?」

 動揺を気取られないように、真斗は慎重に言葉を選びながら言う。

「いや、全然。丁度いい時間だよ。俺も今来たとこだし、流石凍山」

 月並みな言葉で返す真斗。最後の一言は余計な気がするが、約束の一時間前に来ていた者の言うセリフでないのは確かだった。

 明らかに嘘が見え見えの真斗に秋葉は苦笑。変わってないなあ、と一言溢し、

「今日どうする? どこか行きたいところとかあるかな?」

 両手を後ろで組み、真斗の顔を覗き込むようにして言う秋葉。

 その美しい少女に見蕩れること数秒、真斗は自分のミスに気が付いた。

(そういえば、今日の予定全然考えてなかったぞ!?)

 デートという単語の事で頭が一杯で、肝心な内容について疎かになっていたのだ。

 あー、えーっと、と動揺する真斗に見かねた秋葉が、

「じゃあ、私がリードしていいかな? 行きたいところがあるんだよね」

 と、悪戯な笑みを浮かべ真っ直ぐな視線で真斗に同意を促す。

 その視線に真斗は、ただ情けなく頷く事しか出来なかった。

 真斗は訊く。

「凍山の行きたい所って?」

「う~ん、色々あるんだけど、まずは映画かな。ちょっと、見たい映画があって」

 それに、デートの定番だしね、と秋葉は繋げる。

 真斗は確かに、と納得。

「よし、行くか」

 このまま、秋葉に全部リードされるわけにはいかないと、せめてものプライドを保つ為に歩くのを促す真斗。

 と、おもむろに、

「はい」

 秋葉が掌を突き出してきた。

 何事か? と目を丸くする真斗に、

「デートなんだから、手ぐらい繋がないとね」

 と、恥ずかしげもなく言う秋葉。

「え!?」

 生まれてこの方、デートすらしたことがない真斗に、手を繋ぐなどという行為がどれほどの意味を持つのか秋葉は知る由もない。

 今現在、心臓の脈動がこれでもかとばかりに激しく繰り返され、胸を突き破るのではないかというあり得ない事に対する不安と焦りが押し寄せてくる。

「えい!」

 と、いきなり手を掴まれた。

 思考停止に陥りそうになっていた真斗に、それは晴天の霹靂と同じ効果をもたらした。

 立ち尽くす真斗にじれったく感じた秋葉が、強引に手を繋いだのだ。

「こんなことでいちいち驚いてたらキリないよ? まだまだ楽しいことはこれからなんだから、ね?」

 手を繋ぐどころか腕まで絡ませてウィンクする秋葉にタジタジの真斗。

 少しでもリードしてやろうなどという考えは無謀な挑戦に終わっていた。

(凍山には絶対に勝てない……)

 この時すでに、序列は決していたのだった。

「分かったよ。せっかくのデートなんだから楽しまなきゃ損だよな。ありがとう、凍や――」

 唇に指が触れる。

(あ、これってデジャブ――)

 今度は、頬をぷっくりと膨らませている秋葉。

「もう。また、名字で呼んだ! 対戦の時もそうだったけど、前に名前で呼んでって言ったでしょ? ちょっと悲しいかも……」

 少し悲しそうに眉をひそめる秋葉。

 その様子を見て真斗は思う。

(デートを始める前に決めたじゃないか。凍山を悲しませない、もうあんな顔はさせないって。白石との約束のこともあるのに何やってんだ俺は……!)

「分かったよ『秋葉』。もう名字では呼ばないよ。さすがに他所他所しかったよな、ごめん」

 真斗は秋葉に向き直り、頭を下げた。

 それを見て秋葉も、

「ううん。謝らないで、ちゃんと名前で呼んでくれたからもういいよ。さあ、行こう? 映画始まっちゃうよ」

「ああ」

 秋葉は微笑んで、真斗は頷いた。

 二人は並んで、歩き始める。

 お互いに腕と手を絡ませ、お互いの温もりを感じながら。


      ●


「いい映画だったね、真斗くん!」

 ジュースのストローを吸いながら嬉しそうに言う秋葉。

「ああ、感動したよ。十年越しのプロポーズ」

 同じ気持ちを持った真斗も秋葉に賛同した。

 二人は、映画を観終わった後、近くのハンバーガーショップへと入って昼食を摂る事にした。

 入ったのはいいが、秋葉の美貌に殆どの男共が振り返り、その脇に真斗がいるのを見て、猛烈な嫉妬に満ちた視線を真斗は向けられていた。

「そうそう。死んでも想いを伝えるために生まれ変わるなんてすごいよね、しかも彼女が好きだったクローバーに生まれ変わって」

 秋葉は、映画がよっぽど気に行ったのか、先程から映画の感想を真斗に熱弁している。

「うん。人に生まれ変わることはできなかったけど、想いは伝わった。10年っていうタイムラグは存在したけれど想いの強さがあの奇跡を可能にしたんだ」

 聞いている真斗もただ、頷いているのではなくしっかりと感想を言っていく。

「想いの強さ……確かにそうかもしれない。私も伝えたい気持ちがちゃんとあるもの」

「秋葉……」

 真斗には秋葉が今考えている事は分からない。でも、伝えたい相手はきっと自分なのだろうと薄っすらとだが思う。

 秋葉にこんな表情をさせてしまっているのは自分なのだと思うと、悔しい気持ちが胸を締め付けた。

 それを誤魔化す様に、真斗はコーヒーを傾けた。


      ●


「真斗君ありがとう! ホントに嬉しいよ~。大事にするね!」

 むぎゅうっと人形を抱えながら、顔をうずめる秋葉。

 真斗はそれは良かったと、すっからかんになった財布を見て言う。

 二人は店を出てから、ゲームセンターへと向かった。

 やはりこれも、デートの定番だからという秋葉の意向によるものである。

 そんな中で二人はUFOキャッチャーを目にし、早速挑戦する事にした。

 景品として用意されているのは、はっきり言って不細工な犬の人形。鼻の形が豚のようになっており製品名は『メンチ』と言った。

 真斗は、「ブッサイクだな~」と言っているのに対して、秋葉は「かわいい~」と眼を輝かせているのを見て、その意外な趣味に「そうかぁ?」と頭を捻った。

 真斗は正直言ってこの手のゲームには全くと言っていいほど自信がない。

 昔、妹とこの手のゲームをした事があるのだが、その際に一つの景品を取るのに3千円も使ってしまった。もちろん妹は、取るまで許してくれなかった――という思い出から、真斗はあまり乗り気ではなかったのだが、秋葉が、人形を物欲しそうな眼で見ていたら、

(これはやるしかねえ!)

 と、気持ちが高ぶってきた。

 案外、今の精神状態ならば行けるのではと楽観していたのだが、現実はそう、上手くいかないもので、実に二千九百円(前回から百円上手くなった)を消費してしまった。今、冷静になって思い返せば、恥を忍んで店員を呼べば良かったのだが。

(これじゃ、どこにも行けないな……)

 と、財布を見て思う真斗。

 それを察した秋葉が複雑な表情で言う。

「ごめんね、私の為にお金全部使っちゃったね」

「いや、いいよ。その為に持ってきたようなもんだから。それよりも、もう金使うところには行けないな……」

 真斗は右手の腕時計に視線を落とす。

 時刻は現在午後2時を過ぎたところ。

 まだまだ、帰る――という選択肢を取るには早すぎる時間だ。

(こんな時に何も思いつかないあたり、まるで駄目だな……)

 真斗は自分自身を怨む。小説のネタはすぐに思いつくのに、こういったところで全く良い考えが思いつかない応用の利かなさに辟易する。

 そんな真斗の心中を察したかのように、秋葉は一つの提案をした。

「じゃあ、お金の掛からないところに行こうよ。何もお金がなきゃ楽しめないわけじゃないからね。それに、私は真斗君と一緒ならどこに行こうと楽しいよ?」

 上目使いで言う秋葉。この上目使いに何度やられたことかと真斗は思う。

 しかし、秋葉の言う通りだった。

 どこに行くかは重要ではないのだ。誰と行くか。そこに意味はあるのだから。

 真斗は頷き、秋葉は真斗の手を取ると、「行こう」と行って駆け出した。

 その秋葉の行動に、身に覚えの無い光景が頭の中で浮かぶ。しかしそれは、一瞬で消えてしまった。


      ●


 ゲームセンターを出て、歩くこと三〇分。その間、他愛のない会話を二人は交わしながら町を練り歩いた。

 市街区は、たくさんの店が並んでおり、人通りも多い。今は一〇月の頭だが、町は少し気の早いハロウィンの飾り付けを施した店が多かった。

「ハロウィンって、俺あんまり実感ないんだよな~クリスマスと違ってあんまり盛り上がんないっていうか」

 と、顔の形にくり抜かれたかぼちゃの飾りを見て呟く真斗。

「確かに。家でもケーキとかを食べるわけでもないし、仮装して、悪戯しちゅうぞ~なんて恥ずかしくて出来ないよ」

 傍らの秋葉も真斗に賛同する。

「あんまりやる人がいないから恥ずかしいんだよな。世界的に見れば、そういうのが当たり前の国もたくさんあるのに。日本は西洋文化を取り入れる癖に、ちょっとはっちゃけが足りないよな」

 そうだねと、微笑んで秋葉は次ぐ、

「みんなでやったら楽しいだろうに。ちょっとそういう所はもったいないかも」

「――なら、今年はやってみるか?」

「え!?」

 いきなりの提案に秋葉は驚いた。

 真斗は両腕を広げ、熱弁し始める。

「そろそろ、文化祭もあるし、いい機会だと思うぜ? まだ出しものは決まってないし、これを機にみんなでハロウィンパーティーも悪くない」

「うん! それいいかもしれないね。でも、どっちのクラスでやるかが問題じゃない? 私と真斗君クラス違うよ?」

 あ……と口を開けて呆然とする真斗。全く頭の中に浮かばなかったのだろう。

 ならどうするかと、手を顎に当てて真剣に悩み始める真斗に秋葉は苦笑。

 すると、何か閃いたのか真斗が揚々と話し始める。

「なら、学校全体でやればいいよ。生徒会の企画ってことでさ」

「確かにそれなら出来るけど、今更そんな企画通るかな?」

 大丈夫、と自信満々に笑って見せる真斗。

「副会長ならきっと分かってくれるさ。あいつ案外ユーモアが分かるみたいだから。突っ込みもキレがなかなか良いぜ」

 昨日の副会長とのやり取りを思い出しながら真斗は言う。

 秋葉は、いつの間に副会長と仲良くなったのだろうと疑問に思いながら、副会長の顔を思い出そうとしてやめた。

 何故なら、彼に秋葉は変な薬を嗅がされて拘束されるはめになってしまったのだから。まあ、実際は白石の命令で行ったことなのだから怒るのは筋違いだと思うので秋葉は何も言わない。何より、真斗が良い奴と言ったのだから実際そうなのだろう。が、

(真斗君も副会長にボコボコにされてたよね……)

 昨日の敵は今日の友を地で行く真斗に、呆れるばかりの秋葉だった。

 

      ●


 まだ先のことだが、文化祭に対しての期待度を高めつつ、真斗と秋葉は中央公園の方まで歩き、ベンチで少し休憩を取っていた。

 中央公園は、市街区と居住区の中心である駅の近くにある。

 二人は歩きながら、ここまで戻ってきたのだった。二人の家は居住区の方にあるので、最終的には戻ってこなければならないから良い選択であったと言える(選択したのは秋葉だが)。

 現在、ベンチに腰掛けているのは秋葉一人。真斗はと言えば、自販機に飲み物を買いに行っていた。もちろん代金は秋葉が持っている。真斗の分も秋葉が出したのである。真斗は流石に悪いと思ったのか、自分から買いに走って行ってしまった。

「そんなの気にしなくてもいいのにね」

 と、誰に言うでもなく、秋風に言葉を乗せる秋葉。

 秋葉が座るベンチからは、大きな貯め池で泳ぐカモの群れと、公園を彩る木々たちはすでに紅葉を始め、模様替えの季節となっている姿が見える。

 色とりどりの木々を眺めながらぼんやりと秋葉は思う。

(このまま、時間が止まればいいのに……)

 と。

 好きな人と、幸せな時間を過ごす。この一日が掛け替えのないものだと秋葉は思う。それは一度この時間を失ってしまった秋葉だからこそ尚強く思うのだった。

 しかし、

(このままじゃいけないんだよね……、真斗君に全部話すって決めたんだから)

 その為に、昨日一日学校を休んでまで悩んだのだ。秋葉にとって学校を無断で休んだのはこれが初めてだった。それほどまでに、この事は重大な事と言える。

(自分勝手なままじゃいられないんだ――私は覚悟を決めたんだから)

 そう、その為に――秋葉にとって思い出のあの場所で、言おうと決めて今日来たのだから。

 と、真斗が駆け足で戻ってきた。

 息を切らしているところを見ると凄く急いで行ったのだろうと秋葉は思った。

 真斗からコーヒーを受け取ると短く「ありがとう」と言って一口飲んだ。

 ちょっとした苦みと甘みが口に広がるのを感じながら、喉を通って全身をコーヒーの熱が暖めた。

「美味しい……」

 一言漏らす秋葉。それを見て微笑む真斗も秋葉の隣に腰掛ける。

 少しの肌寒さの中、二人の時間はゆっくりと流れていく。

 だがそれも、あと少しで終わるのだと思うと、秋葉は寂しさを感じずにはいられなかった。

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