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九話

 真斗は、『PA』に届いた勝利通告を受け取ると、白石とその取り巻き達を残し、秋葉と共に校舎を後にした。

 白石は、間違った事をしてきた。当然取り巻き達を人形のように、権力によって支配し扱ってきたのだと思っていたのだがそれは違ったのだ。

 白石は、自身の力によって取り巻き達に対する信用を得ていた。

それは紛れもない白石の器によるものであったし、白石の良さに気付いた取り巻き達は確かに白石にとっての仲間だったのだ。

 故に、取り巻き達は泣き崩れた白石にすぐに駆け寄って行ったのだ。

 あの場には、もはや真斗と秋葉は不要だった。

 あの場に居続けることにどこか気まずさを感じたし、何より自分が居た事で白石は奇行へと走ってしまった(身に覚えのないことなので不本意だが)。

 だから、真斗は秋葉と共に校舎を後にしたというわけである。

 ならば、二人はどうしたかということに関しては、秋葉の「今日は色々あって疲れちゃったからもう帰ろう」の一言によって、ひとまず解散という運びになった。

 真斗は、秋葉が駆けつけてくれた時に、事情については後で話すと言っていたので、てっきりその日のうちに話を聞くことが出来ると思っていたのだがそれは肩透かしに終わった。

 まあ、色々と疑問は残るものの、おおよそ予想は立てているし、聞けば自分自身の何かが変わってしまうかもしれない内容だと思われる。

 秋葉はそれを分かっているからこそ、一晩、考えを纏めるという意味での猶予期間を設けてきたのだろう。

 真斗もそれには納得できるし、本当に体が悲鳴を上げそうなくらい疲労している。

 ゲーム内での出来事の筈なのに、体はばっちり疲労し、痛みを感じさせる。

(つくづく、訳の分からんゲームだな……)

 ゲームなのに、という言葉が必ず頭につく、疑問の数々。

(ゲームなのに痛みがある。疲労もする)

 しかしそれらはすべて、ゲームだからという理由によって解決されてしまうのだった。

(ゲームだから、あんなに抉れていたグラウンドが、ボタンひとつで元に戻る)

 秋葉が校舎を出る前に、『PA』を取り出し、操作すると、一瞬にして、グラウンドが元に戻った。

 どういう原理なのかは分からなかったし、知りたくもないが、ゲームなのだからそのまま放っておいても現実の、グラウンドは傷一つ付いていないのではないかと思ったが、疲労によりそれ以上の思考を脳が許さなかった。

 夜道を歩きながら、真斗は自分のもたらした結果を噛み締める。

(俺は勝ったんだな……でも――)

 真斗は、初勝利を収めた。それに対する満足感も得ているし、なによりあの対戦中のワクワクが今も一向に引く気配を見せない。

(俺は――白石を倒してしまった……)

 ゲームのルールなのだからそれは当り前のことだ、その為に対戦を行い、自分の大切なものを賭けた。しかしその一方で、

(白石にも大切なものがあったんだ。俺は、勝利という形でそれを奪ったことになるんじゃないか?)

 真斗は罪悪感にも似た、ゲームのリスクが現実の物なのではという不安を感じていた。

(俺がこのゲームを続ける限り、勝ち続ける限り、大切なモノを俺は人から奪っていくんじゃないか?)

 明日、この目で確かめてみない事には、まだ分からない。白石が失ったものをこの目で確認するまでは。

 『裏生徒会』。謎大きこのゲームに、簡単な気持ちで身を投じたことを後悔する日が、そう遠くない日に来るかもしれない。

 まだ見ぬ不安を胸に秘め、風呂には、入りなおしだなとこれからの予定に億劫になりながらも真斗は家路を行く。


      ●

 

 翌日、真斗は学校に来て早々、見慣れない男に声を掛けられた。

 見慣れない、と言っても昨日顔は見ているし、実際その男の攻撃を直に喰らっていたのだから忘れようもないのだが。

 それは、白石の取り巻きの一人――副会長の男だった。

 白石の腹心たる彼が一体自分に何の用だと考えていると、唐突にその男が拳を突き出してきた。

 うわっ、と驚く真斗は一瞬防御の構えを作るが、男のとった行動が自分に対する攻撃ではないと分かると、その構えを解いた。

 何故なら、男が突き出した拳には手紙のようなものが握られていたからだ。

 その男の手紙を見ると、

「ま、まさか……ラブレターじゃないよな? 悪いな、昨晩熱い夜を過ごしたとはいえ、俺にはそんな趣味は……」

 真斗は、俯きがちに、マジで困るという表情を作って言った。

「そんなわけないだろ!」

 男が慌てて否定する。

 そしてすぐに、補足説明。

「これは、会長からです。受け取りなさい」

 まさか、白石が俺に惚れただと!? と一瞬返そうかと思った真斗だったが、男の真剣な眼差しにそんな気分ではなくなった。

 素直にその手紙を受け取り封を切る。

 中には、何の柄もない無骨な、ただ事務的な役割を持つだけの便せんが内封されていた。

 妙に達筆な字で、須藤真斗へと書かれているのが何だかおかしな気分になる。

が、もし、白石が昨日の対戦によって失ったものが、白石の絶対に失ってはいけないものだったとしたら……、そのことに対する恨み、辛みが書き記してあるのだとしたら……そんな後ろ向きな気持ちを押しこみ、便せんへと視線をやる。

 そこに書かれていたのは、


 須藤真斗へ


 拝啓、いかがお過ごしでしょうか粗大ゴミ。貴様のことだから、勝利の余韻に浸ることなくただ、睡眠を貪ったことは容易に想像できる。全くいい身分だよ、貴様は。

 

 まあ、前置きはほどほどにして、早速本題に入らせてもらう。何故私が、このような手紙を出したのかと言えば、私が直接、貴様に対して何かを言うのが今の状況からして厳しいからというのがある。

 それも貴様がきっと気にしているであろう、負けた者のリスクが関係している。と言っても、貴様が気に病むことは無いのだが。

 私が貴様に負けたのはこれで2回目になる。貴様自身は覚えていない事だが、これは確実なことだ。後に、彼女とそのことについて話す機会があるだろうからここではそれを省かせてもらう。

 私は、1回目に負けた際に、親との繋がりを失った。当時の私は盲目的になっているが故にこのリスクのことを軽視していたが、今思えば、何かが抜け落ちたような寂しさにも似た感覚を味わったのを覚えている。

 そして、今回2回目の敗北を喫した。そこで、私の失ったものを貴様には知っておいてもらわなければならない。なぜなら、お前は勝者だからだ。私に勝ち、階段を一つ上ったものだからだ。

 私が失ったもの、それは――見栄だ。

 私は、常に人の上に立とうと、あり続けてきた。その為に人を、全ての物を利用してきた。それはすべて、見栄の為だ。

 そのことを私は、凍山秋葉――彼女の為だと勝手に置換し、見えないように隠してきたのだ。

 しかし、今回の対戦で貴様に負けたことにより、その隠してきたものが露見したのだ。

 そこで、改めて貴様に礼を言わなければならない。

 ありがとう。

 この言葉を言うのに私は、いくつの時間を重ねてきたのか分からない。

 だが、私を着飾る、見栄というメッキは剥がれた。

 貴様が剥いだのだ。

 そして、貴様には胸に刻んでほしい。

 白石正美という男の名を。

 私が本気を出し、向き合った、最初の男よ。

 これから先、まだまだ、対戦は続くだろう。

 その度に、貴様は対戦相手とお互いの大切なものをかけて戦うだろう。

 そして、決して忘れるな。貴様が勝利を手にするのと同じように、敗北と、消失を味わう者がいるということを。

 しかし、その中に私のように、救われるものがいるのだという可能性を。

 振り向くな。進め。この、得体のしれないゲームの最期に待ち受けている物が何なのか、その目で確かめろ。貴様ならきっと出来るはずだ。

 

 この手紙は私の大切な友人に託す。

 私の代わりにそいつによろしく言っておいてくれ。頼む。

 最後に言わせてもらう。彼女を絶対に泣かせるな。彼女を守れ。

 勝手に約束させてもらったぞ。



 読み終えた真斗は、軽く眼を伏せ思う。

(……本当に、勝手な奴だ。だがその約束守るぜ、白石……)

 眼を開け、男に手紙の内容を説明する。

 少し、寂しそうな表情を浮かべる男だったが、すぐに平静へと戻る。

 真斗は疑問を口にする。

「白石は、一体どこにいるんだ?」

「会長は、学校をやめました」

「何!?」

 これには流石に真斗も驚いた。

 あそこまで権力に固執した白石がまさか、学校をやめるなんて……。

 いや、これも手紙に書かれていた、見栄が無くなった故の行いなのかもしれない。

 男は、言葉を続けていく。

「会長は、自分を見つめ直す旅に出ると言っていました。幸い、密かに貯めた貯金があるそうなのでそれでなんとかやっていくそうですが。勝手な人ですよ。全く……」

 真斗は眼を伏せ、悔しそうに唇を噛む男に微笑んで言う。

「お前が理解してやらないでどうすんだよ」

「え?」

「奴は、自分のやってきたことを反省している。だからこその決断だったはずだ。見栄や自尊心を捨てて、自分の道を行ったんだ。友(、)達(、)のお前が理解してやらないでどうすんだよ?」

 男は、何かを悟ったようにほほ笑む。

「……言われなくても分かっていますよ。彼との付き合いは私が一番長いのですから」

 真斗は、白石を羨ましく思った。こんなに良い友人が居る白石を。

 白石が言った、リスク。

 それは、対戦をする上で絶対に無くならない、このゲームにおいての絶対的ルール。

 何故ゲームである筈の裏生徒会で負けると、大切なモノを失ってしまうのか。

 裏生徒会とは一体何なのだろうか。ただのゲームにそんなことが出来る筈は無い。

 しかし、中村と話したあの噂は全て本当だったのだ。

 真斗の疑問は尽きない。

 白石は、言った。

 この目で確かめろと。

 ゲームの真実を暴けと。

 ただ興味本位で始めたゲーム。

 実態は、大きな餌を吊るし、プレイヤーを集め、お互いの大切なモノを奪い合わせる、極悪非道なモノかも知れない。

 だがあのゲームで感じた、楽しさ、ワクワク感、高揚感。他のゲームでは絶対に味わう事の出来ないスリル。

 それらは正に、ゲームとしての一つの形なのではないか。

 どちらが正しいのか、今の真斗には分からない。

 しかし、対戦を続けた先に必ず見えてくる物がある。

 真斗は、決意する。そこを目指すと。

 前に立ち塞がる相手がいようと蹴散らす。裏生徒会に参加した以上それは変わることは無い。ただ、白石のように、救われる者がいるという可能性。それを免罪符に、真斗は戦う事を決意する。人の大切なモノを奪ってでも。

 進め、前へ。

 その為にまず、情報を得なければならない。このゲームの事を、そして何より自分自身のことを。誰よりも知る、彼女から。

 真斗は軽く男に礼を言うと、真っ直ぐに目指した。秋葉の元を。


      ●


「おかしい……、1日が終わってしまった……」

 朝から、時間を見つけては秋葉の教室を覗き(秋葉とはクラスが違う)、度々、秋葉のクラスの連中に秋葉は来ているかと尋ねもしたのだが、彼女の友人たちが言うには、学校にも連絡が無いようなので無断欠席のようだった(ちなみに中村も休みだった。ついでに、昨日何故秋葉が閉じ込められているのに気付いたのかなど、確かめたいことが山ほどあったのだが……)

 秋葉は、基本的には真面目な生徒なので、担任は、秋葉が何かの事件に巻き込まれたのでは無いかと心配していた。が、それは取り越し苦労だった。何故なら――、

 ヴーヴー、

 『PA』がバイブし、メールの着信を知らせたからだ。宛名は――凍山秋葉。

 一日探した件の相手が、自分から接触してきたのだ。

 真斗は自分のメールアドレスを秋葉が知っていた事に驚くのも時間の無駄と、すぐにメールフォルダの受信メールを開いた。

 書いてあったのはたった一文。

『明日、空いてますか?』

 ……これは一体どういう意味だろうか? 真斗はある一つの確定的結果を避けるように逡巡する。

(明日、空いてる……だと……!? 明日は土曜日、学校は無い。冷蔵庫の中身はまだ一日分はあるから買いに行くとしても日曜日。つまるところ暇だが……、いやいや、しかし、まさか、“あれ”の誘いじゃないよな? 深読みするなよ、俺……、落ち着くんだ、冷静になれ、あの凍山秋葉だぞ!? いやでも、昨日の裏生徒会の時に言っていたことが本当なら――まてまて、そんな都合のいい解釈は危険だ、そうだ。絶対に違――)

 そこで、『PA』が再度バイブ。メールを受信した。

『追伸、ちなみにデートのお誘いです』

(来ちまったぁああああああああああああああ!?)

 なるべくその結果だけは想像すまいと思考していた真斗を、そのたった一文が、全てを無に帰した。

 真斗は恐る恐る、返事を打ち込んだ。

 当然答えはイエス。それ以外の選択肢が真斗には無かったのだ。

 送信。

 待つこと数秒。

 『PA』が受信。

(早!? さすが女子だな……)

 などど、訳の分からない持論を展開しながらもメールチェック。

『よかったー!! 断られたらどうしようと思っちゃった』

(くそう! なんだこの、女子オーラは!? 可愛すぎて俺の女子耐性力が持ちません!)

『じゃあ、明日、一〇時に白船駅の前で待ち合わせでいい? ……ちゃんと今まで隠してたこと全部言うから』

 秋葉が、隠していたモノ。それはきっと、真斗の想像を遥かに超えたもの凄く大きなモノだろう。

 普段鈍い真斗でも、それだけは感じていた。

 何故なら、彼女は自分と話す時にどこか辛そうな、何か話したいけど話せない。そういう眼をしていたのだから。

 明日、それを自分に話すことで秋葉が少しでも楽になれるのなら――それだけを考え、真斗は短く「分かった」とだけ、返した。

 そして、『PA』をポケットに仕舞い、そのまま玄関を目指した。

 今日は、部活をする気にはなれなかった。

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