プロローグ
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十月初頭。月が綺麗な夜だった。
月光が雲の隙間から覗き窓から校舎の方へと差し込むと、それはさながらスポットライトの様に中を煌々と照らし出した。白塗りの校舎の外壁は月の光によく映えた。
ふと、その月光のスポットライトに人影が映り込んだ。
こちら側――教室棟の新校舎側から――対岸の旧校舎側から見えた影。
髪は肩甲骨程まで伸び、リボンがあしらってあるのが分かった。
少女、高校生。
この学校――私立明星高校――の制服を身に付けているので間違いないだろう。顔は丁度影になって見えない。
その出で立ちは、ある点が明らかにおかしい。
少女は鎌の様な物を持っていたのだ。それもかなりの大きさ。少女の身長を遥かに超す、二メートル近い長大な漆黒のデスサイズ。
少女が廊下を三歩程音も無く跳躍する。
刹那、月明りとは別に青白い火花が散った。
次いでガキィンと、音。
金属同士がぶつかり合った時に発生する、耳をつんざくような甲高い音だった。金属音が反響して校舎内を震わせる。
鎌を持った少女が一歩、二歩とバックステップ。
突如、もう一つの影がそれを追うようにして現れた。
少年、高校生。
頭には野球帽の様な丁寧に型を付けた帽子を被り、手には金属バットを握っている。それだけで決めつけるのはどうかと思うが、彼は野球部に所属しているのかもしれない。
彼も軽く着崩しているがこの学校の制服を着ている。男物のブレザーだ。
ガキィンと再び、音。
大鎌とバットが交わり離れる。校舎の内壁には傷が一閃、二閃と数を増していく。
二人の動きは速かった。それも何度もこのような戦闘を経験したことがあるように、鋭く、無駄が無い。
少女は交叉した勢いを壁に鎌を引っ掛け殺す。その際に大きな傷が壁に一閃走る。
咄嗟にバットの男が距離を取った。
十メートル程の距離を少年は取ると、バットをしっかりと両手で持ち直し、頭の横、肩の上ぐらいの高さで掲げ、右足に体重を乗せ左足を上げた。
それはまるで一本足打法のフォーム。彼がこれから繰り出す大技の予備動作に違いない。
少年は左足を大きく踏み出し、バットを力強く振った。剛腕により繰り出されるバットからはそのヘッドスピードの速さを具体化する様に、バイクのエンジン音の様な重いうねりが放たれる。
瞬間。バットの先端から白い球体が一つ大鎌の少女の方へと勢い良く飛んでいった。
それは硬式野球のボールだ。眼にも止まらぬ速さで少女へボールは向かう。
だが少女は慌てた素振りも見せず、大鎌を右上から左下へと振った。
ギラリと光る刃がボールを捕らえ、二つの半球が出来上がる。
その二つの半球が少女の後方へと転がりノイズの様なモノが走ると、球体はその形を保つ事が出来ずに光の粒子へと姿を変えて消滅した。
一連の動作に少年は驚いたように、動きが止まった。あれが彼にとっての渾身の一撃だったのだろうか、それをあっけなく破られてしまい驚きを隠せない。
その一瞬の隙を見逃さず、少女は少年へ向けて疾駆する。一歩、二歩、と距離を詰めていく。
速い。これまでの交叉の中で最も早い速度に、少年は慌ててバットを振りかぶり迎撃を試みるが、すでに手遅れ。少女の姿は眼と鼻の先まで迫っていた。
大鎌を振りかぶり、一閃。
一筋の閃光が走り、少年の体からは光の粒子が飛び散り、姿が歪む。口からはグハッという声が洩れる。
少年は後方へと体を仰け反らせ、その場に背中から崩れ落ちた。
見下ろす少女は、緊張を解くように軽く息を吐き、その場で大鎌を八の字を描くように振った。すると大鎌が一瞬にして彼女の手に吸い込まれ消えた。
少女は上着の中から携帯端末の様な物を取り出すと、それを滑らかな動作で操作し始めた。
携帯端末に何かを打ち込んでいるようだが、こちらからはそれは判らない。
やがて少女が操作を終えると、次の瞬間、先程まで戦闘の跡が残っていた校舎が、何も無いまっさらな姿へと戻った。あたかもそこでは何も無かったかのではないかと思わせるまでに完璧に元の通りになっている。
携帯端末を上着へと仕舞い、突然辺りをキョロキョロと見回す少女。何かを探すような動作に見えるが。
やがて少女は動きを止めると、弓を引き絞る様に瞳を細め、一点を見つめた。
それは教室棟の方。つまり今自分がいる新校舎側。
……こちらの存在に気付いたのだろうか。
真っ直ぐに見据えた視線はこちらへと固定されている。だが、普通ならこの場所は見つかるはずが無い場所にある。だとするならばこの少女のカンが良過ぎるのだろうか。
すると教室棟へと視線を送る少女の傍らで、気絶していた少年が目を覚ました。
少女はこちらへの視線を外し少年の方へと向き直る。
少年は、身を起こして足を軽く組んだまま頭を左右に振った。
慌てて少女は少年の方へと駆け寄り「大丈夫?」と声を掛けた。
少年と少女は、幾度か言葉を交わすと少女の方が先に校舎から出て行った。
少年は暫くその場に座り込んで呆然と中空を眺めている。おそらく、自分が敗北したのだということをその身に感じているのかもしれない。
『ここ』で幾度も見て来た光景だった。少年だけではない。このゲームに負けた者はそのいずれもがその身に襲い掛かる感情の渦に感じ絡めになる。
後悔と喪失感、そして恐怖。そういったモノがないまぜになる。
『ここ』でそれを見るのが堪らない。自分が『ここ』に居るのはそれが見たいからに他ならない。
やがて、少年は立ちあがった。いつまでもここでこうしているわけにはいかないと思ったのだろう。
確かにその通りだ。
ここで起こった事は全て現実。何も覆らないし、夢では終わらない。
敗者にはペナルティを。それがこのゲームのルール。
失うのは確定事項。それを受け入れる事が出来るかはその者次第だ。
彼はまだ良い方だ。ああやって立ちあがる事が出来たのだから。
けれどこのゲームに参加した時点で、彼もまた、どこか弱さを抱えた人間だ。
だから参加する。弱さがそうさせてしまう。
信じられないとかじゃない。嘘に決まってるとか思いこもうとしても無駄だ。
それはある種の好奇心。事態を好転させてくれるかもしれないという希望的観測を頭の隅で抱えている時点でもう終わりだ。
そういう人間を嵌める事は容易い。
そう、このゲーム《裏生徒会》に。
月光のスポットライトは何も映さない。
月光が差し込む校舎には、もう誰もいなくなっていた。