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灰田君シリーズ

君の存在を僕に聞かせてくれないか?

作者: 竹蜻蛉

これは人の存在を定める文ではありません。

それを踏まえて読んでください。

「私って、どうしてこんな風に生まれてきたんだろう・・・」


 ―――



 僕こと、灰田純一はいたじゅんいちの学校には学園アイドルという人が存在する。

 アイドルと言えば容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、人徳寛大とまぁこんな感じだと僕は思っているのだが、まさにその通りな人だった。

 廊下を歩けば、男子生徒は謎の不可抗力により振り返ってしまうらしいし、女子においても同様だとか。僕においてはそりゃアイドルと呼ばれるくらいだから可愛いとは思うけど、所詮はその程度の感情さ。

 別に恋愛とかに興味がないわけじゃないけど、なんだかそういう時間って無駄なような気がしてならないんだよね。そう思ったら僕にとって女子に興味を持つことなんて不可能レベルの出来事さ。当然男子もね。

 でも、そんな彼女と初めて話したきっかけがこんな言葉だったとは、今思えば不思議な話だと思うよ。

 完璧という名の仮面のしたには、必ず弱さが潜んでいるんだって、僕は知ったんだ。







 ―――


 僕は昼休みのときは大体屋上で食べるっていう、ベタなことをしているんだけど、その日はなんだか不吉な予感がしていたんだ。なんていうか、第六感とは違うけど人間の気配ってのは絶対あるよね。そんなのを感じたんだ。

 ついでに言うならば、昼休みが返上されそうな気配もビンビンに感じていた。僕の両手にある糧が、悲鳴を上げているように思えたよ。これ以上先に進まないでくれってね。

 そんなこともお構い無しにドアを開けたら、高度がある場所特有の強風が一瞬だけ吹き荒れて、すぐに止んでしまった。なんていうか、この瞬間が楽しいと思う僕っておかしいのかもしれないね。

 そして僕はいつもの場所へと足を運ぼうとしたのだけれど・・・。

「・・・・・・はぁ」

 どうやら先客がいるようだね。

 今日は諦めて他の場所をとろうかなと思ったんだけど、その姿を見た瞬間僕の思考は瞬時にして変わってしまったんだ。

 綺麗な長髪を風になびかせて、何故か悩んだように顔を曇らせている彼女の名前は、園田華奈そのだかなさん。彼女こそ、学園のアイドルと呼ばれる人物だ。

 しかし先ほどのため息は聞き捨てならないな。完璧と呼ばれた彼女がため息とは似合わない。

「私って、どうしてこんな風に生まれてきたんだろう・・・」

 悲しそうな目を伏せて、なんだか泣きそうになっている。

 若き悩みゆえに、我ここに存在あり、かな。まさかアイドルが僕の特等席にいるなんて、普通じゃありえないからね。

 これはなんだか放っておけないな。

「どうかしたの?」

 あぁ、声をかけてしまった。なんとも罪深い僕だ。

 彼女は僕の声に気づいて、すぐに表情をいつもの完璧の仮面へと変える。素晴らしいね、人間技とは思えない早さだよ。

「な、何かしら?・・・・・・あの、聞いてた?」

「うん。ばっちりため息から」

「いたのなら声をかけてよ!・・・もう、最悪」

 ずいぶんとご立腹の様だけど、実際僕がここに来たのはいつもの習慣であって、別にあなたの話が聞きたかったわけじゃないんだけどな。言い訳しても無駄そうだから言わないけど。

 彼女は立ち上がって、僕の横を通って帰ろうとした。

 しかし、その横顔を見た瞬間僕の思考回路と口は、同時に動き出した。

「君が何故そういう存在に生まれてきたのか、知りたいのかい?」

 僕はその時微笑していた。

 楽しかったわけじゃないよ。彼女の悩みは、恐ろしいものだと知っていたからだ。

「私が、どうしてこういう風に生まれてきたか分かるの?」

 彼女は僕の少し後ろで立ち止まって答える。声が震えているようにも思えたけど、それは期待と不安が入り混じった特有の振るえさ。

 彼女は僕に問うた。自分自身の存在を。ならば僕は答えようじゃないか、君という存在を。

「君がそんな風に生まれてきたのは・・・偶然さ」

「何?あなた私を馬鹿にしてるの?」

「そんなことないよ。僕は君がこの現世にそういう風に生まれてきてしまった明確な理由を述べただけさ」

 明確な理由、とまではいかなかったかもしれないね。でも、僕はそうとしか思えない。

 彼女がこのように、素晴らしい身をもって生まれてきたのは、前世からの決定事項でもなく、誰かが仕組んだ罠でもなく、突然の怪奇現象でもない。

 言うならば、神様の気まぐれさ。

「偶然だとか言ったら、私はなんのために悩んでいたのか分からないじゃない・・・」

 へぇ、なんのために悩んでいた、か。

 ずいぶんと興味深いことを言ってくれると、僕は思うよ。

「何のために悩んでいたんだい?自分自身という存在の意味を見つけて、君に利得があるのかい?」

「利得って、そういうわけじゃないけど、なんだか知りたいと思ってね。神様って、人間を平等に作らないじゃない?それはどうしてだろうとか」

 神様は平等に人間を作らない、か。

 確かに僕らは、風貌も頭脳の出来も性格も地位も権力も様々だ。でもそれは、神様が決めることじゃない。僕ら人間が作り出した偶然と必然さ。

 でも、この問題はそういうこと以前の問題があると、彼女に教えてあげたい。

「君が知ろうとしていることは、自己崩壊に繋がるよ?」

「自己、崩壊?」

 彼女が僕に聞きなおすようにして、言った。

 彼女は今まで悩み続けてきたというのに、何故そのことに気がつかなかったのか僕は疑問に思う。悩めば悩むほど、その問いの答えは遠ざかるということに何故気がつかなかったのか。

「そうだよ。何故こんな風になったのか。科学的に証明しようとすれば、親の遺伝子からその他もろもろ沢山あるだろうけど、それで君の問いの答えが見つかるとは僕は思わない。そうだろう?」

「う、うん・・・」

「だから君の問いは、偶然としか言いようが無く、そしてそれ以上を求めることは自己崩壊に繋がりかねないと僕は思うんだ」

 彼女は視線を地に移し、数秒考えたかと思うとやはり納得できなかったのか、僕に悲痛なものを感じさせる目で見て言った。

「でも、それじゃ私はダメなの。何か、理由が欲しいの・・・」

 そうだね。偶然なんかの言葉じゃ納得できないのは分かってたさ。

 ならば、僕の中で最も納得のいく答えを、君に与えてあげようと思う。

「自分自身というのは、自分以外の何ものでもなく、それ以上でも以下でもない。君が綺麗になったのは世界が君を美しいと認めたから、君が勉強が出来るのは君の努力の結果と才能、運動が出来るのは生まれ持っての能力、それ以上の理由はいらないんじゃないかと思うよ」

 黙り込んでいる。ダメージは相当大きいみたいだね。

 この問いは、追求すべきものじゃない。その難しさは、黄泉の国を完全に理解すること並みに難題であり、それをノーヒントで解くのとなんら変わりは無いと思うんだ。

 青年期にはよく自分自身の存在に疑問を持つ人が多いみたいだが、それは蛇足な時間に終わるだろうね。そんなことに時間を使うくらいだったら、世界情勢や選挙活動とかに頭を使って欲しいものだよ、ホント。

「君という存在は、君自身でしかないし、君以外誰もいない。そのことに理由をつけようとするのは罪であり、罰が下る。永久の悩みとしてね。それを覚えておいて欲しいだけさ」

 さて、彼女も彼女なりに答えを出しているのだろう。僕の意見は僕自身の個人論に過ぎない。彼女が持つ答えと僕の持つ答えは決して一致しないわけだから、最後には彼女に頑張ってもらうしかないしね。

「じゃあ、昼休みも終わっちゃうし、僕は帰るよ」

 返事は返ってこない。なんだか、おせっかいだとは思うけど返事が無いと寂しいよね。

 しかしなんだ、ああいう悩んでいる顔もまた可愛いなぁ、なんて邪念は捨てないとね。縁の無い話さ。

 僕は彼女からの返事が無いまま、屋上を後にしたんだ。

 あぁ、本当にご飯が食べれなかったよ。残念だ。







 ―――





 後日も彼女は廊下を多くの人に見惚れられながら、歩いていた。

 今日もその姿は完璧という名の仮面を被って・・・いないようだ。

 素の彼女が、そこにはいた。僕が見る限りであるけれど、笑顔も振舞いも全てにおいて自然に見える。これが本当の彼女の魅力なんだと、僕は気づいた。

 仮面の残骸は欠片も残っていないのか、本当に輝いて見えたよ。

 僕が彼女の横を何気なく通り過ぎようとしたその時、

「あなたは・・・」

 肩に手を添えられた。

 あぁ、昨日の肩こりが一気に解消されていくよ。

「えぇと、僕に何か用?」

「あなた、屋上で会った人よね?」

「うん。僕の目に間違いが無ければそうだね」

 すると、彼女は目を伏せてから、何故か真っ赤な顔でこう言った。

「お願いがあるんだけど・・・」

 これはすごい。

 学園のアイドル様からのお願いだよ。聞き入れないわけにはいかないね。

「何だい?」

 彼女は、数秒を間を置いてから、僕に真っ直ぐな瞳を直撃させるかのごとく向けて言った。

「付き合って」

 ・・・ん?お買い物かな。でも、僕ってば今日は晩御飯のおかずをお使いに頼まれてたんだ。非常に残念だけど、付き合えなさそうだな。

 あ、でも折角彼女に誘われたんだし、土日とか開いていれば付き合ってあげてもいいかもしれない。よし、そうしよう。

「えと、今日は用事があって付き合えないんだ。土日とかなら大丈夫だけど、どうかな」

「ち、違くて、その・・・」

 何が違うんだろうか。

 あぁそうか、お買い物じゃなくてクラス委員か何かのお仕事を手伝って欲しいのかな?そうだとしたらとんだ勘違いをしてしまった。

 いや、ここは推測して話を進める前に、彼女に何を付き合って欲しいのか聞くべきかな。

「何に付き合って欲しいんだい?お買い物?仕事?」

「そ、そうじゃなくて、その、私・・・の・・・」

 私の・・・。何だろう?僕になれとか?有り得ないか。

「彼氏に、なって欲しいって意味の、だよ」

 うわぁ・・・・・・。青春時代の到来って、誰しもやって来ちゃうんだね。

 これだから人間の心情というのは到底理解しがたいんだ。何故一夜漬けでこんなことになってしまうのやら。

 でも僕、きっと今なら死ねるかもしれないね。




 承諾してしまったその日の僕は、もしかしたら自己崩壊を起こしていたかもしれない。


灰田君シリーズも第三弾となりました。

第一弾「君の死にたいわけを聞かせてくれないか?」

第二段「君の運命とやらを聞かせてくれないか?」

もよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 死にたい理由の方と違ってすこし口数が多くなっていますね。 ありきたりな感じがツボでした。 最後らへんですが面白いと思いました。 主人公鋭いですね。
[一言] うぇ〜ん、なんてラブコメなんだ最後はぁ。 とにかく、良かった。 堅い文をただただ並べてるって感じが少々ほど抜け切っていないのが膨らみを潰してますねぇ。 全般的にはOKです。これからもがんばっ…
2007/09/01 10:48 退会済み
管理
[一言] とても良かッたです。いつもは,文学的な話は飛ばしてよんじゃうんだけど,分かり安く書かれていてスラスラと読めました。 主人公の心の中でのツッコミが結構笑え(?)たりもして面白かッたです。 今後…
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