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小さくて大きな恋物語シリーズ

幼馴染優先の婚約者は王命で潰しましょう

作者: 宝月 蓮
掲載日:2026/11/07

「モーリッツ様、これで何度目でございますか?」

 侯爵令嬢クレメンティア・イルムヒルト・フォン・アンスバッハは婚約者である侯爵令息モーリッツ・ヴァルター・フォン・バイロイトに対して呆れながらため息をついた。

「仕方ないだろう。ロジーネがまた倒れたんだ。俺が側にいてやらないと」

 モーリッツの幼馴染の伯爵令嬢ロジーネ・ヴェラ・フォン・イズンブルクが倒れたので、モーリッツはクレメンティアよりもロジーネを優先するようだ。

 ロジーネは病弱らしい。クレメンティアとモーリッツが交流する日に決まって倒れるようだ。

「健康な体を持つお前にはロジーネの気持ちなんか分からないんだろうな。冷たい女だ」

 そう言うモーリッツの表情はとても下品で醜く感じたクレメンティア。クレメンティアのアクアマリンのような青い目がスッと冷える。

 アンスバッハ侯爵家とバイロイト侯爵家の事業提携さえなければこんな男と婚約せずに済んだのにとすら思ってしまう。

 黒褐色の髪にアンバーの目のモーリッツ。出会った当初は割と見た目が良いと思っていたが、それだけの男だった。

「左様でございますか。それならばどうぞご勝手に」

 クレメンティアはこんな男と結婚しなければならないことを苦痛に思っていた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 ある日の夜会にて。

 令嬢や婦人達との交流に少し疲れたクレメンティアは、庭園で休憩することにした。月明かりでクレメンティアのプラチナブロンドの髪が輝いている。

 しかし、庭園には先客がいた。

「モーリッツ様、クレメンティア様のことは放っておいて良いの?」

 甘ったるく、胃がもたれるような声である。赤毛にエメラルドのような緑の目の、可憐な見た目の令嬢だ。

「あんな奴のことなんてどうでも良いだろう、ロジーネ」

 もう一つの声はクレメンティアにとって聞き覚えのある声だ。モーリッツである。

 モーリッツとロジーネも庭園にいたのだ。

 病弱であるはずのロジーネだが、夜会には参加出来るようだ。

 クレメンティアはモーリッツとロジーネに会いたくないので、二人の死角に身を潜めることにした。

 しかし、そこにも先客がいた。

「やあ、ご機嫌よう」

 ブロンドの髪にアメジストのような紫の目、彫刻のような美しさを持つ令息だ。

(このお方は……!)

 クレメンティアはその美しさに思わず息を飲んだ。


 そしてクレメンティアは淑女教育としてこのガーメニー王国内の貴族の名前と顔は一致させているので、目の前の令息が誰かはすぐに分かった。


 クレメンティアは落ち着いてカーテシーで礼を執(と)る。

「楽にして良いよ」

 頭上から品のある声が降って来たので、クレメンティアはゆっくりと姿勢を戻した。

「改めまして、私(わたくし)アンスバッハ侯爵家長女、クレメンティア・イルムヒルト・フォン・アンスバッハでございます。お会い出来て光栄でございます、ブラウンシュヴァイク卿」

「こんな場面だけどね。改めて、僕はブラウンシュヴァイク公爵家長男、ライヒャルト・オイゲン・フォン・ブラウンシュヴァイクだ。よろしく頼むよ」

 ライヒャルトには少し苦笑されながら自己紹介された。

「ブラウンシュヴァイク卿は」

「ライヒャルトで構わない」

 ライヒャルトにそう言われたので、クレメンティアは「ライヒャルト卿は」と言い直す。

「その、ライヒャルト卿は、ロジーネ様……イズンブルク嬢の婚約者であられますよね?」

「ああ」

 ライヒャルトは苦笑している。


 ライヒャルトはモーリッツの幼馴染であるロジーネの婚約者なのだ。


「まあ、祖父同士が仲が良いと言うだけの理由で僕とロジーネの婚約が決まったんだ。ブラウンシュヴァイク公爵家として政略的な旨みは全くない」

 ライヒャルトは再びフッと苦笑した。

 その時、仲睦まじい様子のモーリッツとロジーネが口付けを交わしていた。

 クレメンティアとライヒャルトはそんな二人の様子を黙って見ている。

 クレメンティアからすると、ああ、やはりかとしか思わず、驚くことは特になかった。

「まあ、僕なりにロジーネに歩み寄ろうとはしていたけれど、向こうにとって僕は冷たいらしいからね」

 仕方がないとでも言うかのような表情のライヒャルトだが、クレメンティアに向けられるそのアメジストの目からは野望が感じられた。

「ねえ、アンスバッハ嬢」

「クレメンティアで構いませんわ」

「クレメンティア嬢」

 ライヒャルトと同じように、クレメンティアも自分のことを名前で呼ぶように言うと、ライヒャルトは言い直してくれた。

「君のアンスバッハ侯爵家と僕のブラウンシュヴァイク公爵家が事業提携をした方がガーメニー王国としても利益が大きくなると思うんだ」

「それは……確かにそうですわね」

 クレメンティアは少し考え、頷いた。

 モーリッツのバイロイト侯爵家と組むより遥かに利益が出そうである。

「それに、僕はディートフリート殿下とも交流があるから、掛け合ってみたら国王陛下の耳にも入るかもしれない」

「まあ、王太子殿下と交流があるのですね」

 公爵令息であるライヒャルトが王太子であるディートフリートと交流があることはちっとも不思議なことではない。

「ああ。そうなると、クレメンティア嬢とバイロイト卿、それから僕とロジーネの婚約が王命によって解消されて、新たにクレメンティア嬢と僕の婚約が認められるかもしれない。それに、以前から遠目でクレメンティア嬢のことを見ていたけれど、とても美しく素敵な令嬢だと思ったんだ。家同士の利益、そして僕の感情、その両方がクレメンティア嬢を求めている」

 自身に満ち溢れたライヒャルトの表情に、クレメンティアの鼓動が高鳴った。

 彫刻のように美しい顔立ちに、真っ直ぐ向けられるアメジストの目。その全てが、クレメンティアにとって魅力的だった。

(モーリッツ様よりも、ライヒャルト卿と結婚したいわ)

 クレメンティアはそう思い、気が付けば頷いていた。

「とても嬉しいですわ」

「ありがとう。そうと決まれば、早速ディートフリート殿下に国王陛下へ掛け合ってもらえるよう頼んでみるよ」

「楽しみにしておりますわ」

 クレメンティアはアクアマリンの目をキラキラと輝かせた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 数日後、クレメンティア達アンスバッハ伯爵家の人間とライヒャルト達ブラウンシュヴァイク公爵家の人間、そしてモーリッツ達バイロイト侯爵家の人間とロジーネ達イズンブルク伯爵家の人間が王宮に呼ばれた。

 夜会などで王宮を訪れたことはあるが、今回は国王ハンネスから直接の呼び出しなのでクレメンティアは少しだけ緊張していた。しかし、少し離れた場所にいるライヒャルトと目が合い、少しだけ緊張が和らいだ。ライヒャルトは密かにクレメンティアに対して微笑みを向けてくれている。

(きっと婚約の件ね。ライヒャルト卿が王太子殿下に進言して、王太子殿下が国王陛下に話を持ち掛けてくださったのね)

 クレメンティアの胸の中は、緊張とワクワク感で占められている。


「皆の者、よく来てくれた」

 威厳ある国王ハンネスの声に、クレメンティアは気が引き締まった。

「ブラウンシュヴァイク公爵令息ライヒャルトとイズンブルク伯爵令嬢ロジーネ、バイロイト侯爵令息モーリッツとアンスバッハ侯爵令嬢クレメンティアの婚約の件だが、これらの婚約を解消させ、新たにブラウンシュヴァイク公爵令息ライヒャルトとアンスバッハ侯爵令嬢クレメンティアを婚約させる。これは王命だ。このガーメニー王国の利益の為だ。分かってくれ」

 国王ハンネスの言葉にクレメンティアとライヒャルトは表情を明るくする。

「「謹んでお受けいたします」」

 クレメンティアとライヒャルトの声が揃い、お互い思わず笑みがこぼれた。

「……確かに、我がブラウンシュヴァイク公爵家とアンスバッハ侯爵家が事業提携をしたら」

「ガーメニー王国としても利益が出ますね」

 ブラウンシュヴァイク公爵家とアンスバッハ侯爵家の者達は戸惑いつつも納得していた。

 このままいけば、すんなりクレメンティアとライヒャルトの婚約が認められそうである。


 しかし、黙っていない者もいた。

「お待ちください! それなら、我がバイロイト侯爵家はどうなるのです!? アンスバッハ侯爵家と事業提携することで利益が見込まれていましたのに!」

 バイロイト侯爵家当主が戸惑いながら国王ハンネスに抗議している。その後ろでモーリッツも困惑している様子だ。

(私(わたくし)との婚約が嫌そうだったのに、いざ解消されると困惑するのね。つまらない男)

 クレメンティアはアクアマリンの目を冷たくスッと細めた。

「国としてより利益が出る選択をすることは当たり前だろう。それを邪魔するということは、国家反逆に当たると思わないのか」

「それは……」

 鋭く冷たい声の国王ハンネスにバイロイト侯爵家当主は唇を噛み締めた。

「それに、ここ数年バイロイト侯爵領からの税収がおかしかったから調査をしたが……バイロイト侯爵家は脱税をしているな。証拠は揃っている」

「なっ!」

 更に鋭く冷たく、まるで氷のナイフのような声になる国王ハンネス。その言葉にバイロイト侯爵家当主は言葉を失くす。

 どうやら本当のことらしい。

(私(わたくし)は危うく脱税をしている家に嫁がされるところだったのね)

 クレメンティアは驚きつつも、モーリッツとの婚約が解消になり心底安堵した。

 しかし、状況が分かっていない者がいた。

「おいクレメンティア! 俺を助けろ! お前は俺の婚約者だろう!?」

 モーリッツである。モーリッツは必死に叫び、そのアンバーの目はギロリとクレメンティアを睨んでいた。

「もう貴方との婚約は解消されていますわ。王命でね」

 クレメンティアはモーリッツを冷たくあしらった。

「貴様ぁ!!」

 モーリッツは怒りによりクレメンティアに殴りかかろうとするが、止められてしまう。

「バイロイト卿、見苦しいぞ」

 ライヒャルトがモーリッツを止めていたのだ。

「ライヒャルト卿、ありがとうございます」

 クレメンティアは自分を守ってくれたライヒャルトにときめいていた。そしてクレメンティアは国王ハンネスの方を向く。

「国王陛下、バイロイト侯爵令息モーリッツが仮に脱税に関わっていないとしても、この者は私(わたくし)に殴りかかろうとしました。きっと王命によるライヒャルト卿と私(わたくし)の婚約を潰そうとすると思います。王命に対する反逆の芽は摘み取っておくべきかと」

「それも一理あるな。衛兵、バイロイト家の者達を牢獄へ。モーリッツに対しては処刑の準備を」

 国王ハンネスの判断は冷酷だった。クレメンティアは密かにほくそ笑んだ。

 バイロイト侯爵家の者達は衛兵により連れ出されていく。

 その場にモーリッツの聞くに耐えない叫び声が響いていた。


「クレメンティア嬢、大丈夫だったかい?」

「ライヒャルト卿が守ってくださったお陰で平気ですわ。本当にありがとうございます」

 クレメンティアとライヒャルトは微笑みあっている。

 しかしここで再び邪魔が入る。

「待ちなさいよ! ライヒャルト様は私の婚約者なのよ!」

 ロジーネである。

 どうやらモーリッツとライヒャルトの両方を失うことが耐えられないようだ。

 しかしイズンブルク伯爵家の者達に押さえられる。

「やめるんだロジーネ! みっともないだろう!」

「国王陛下のご決定に口を出すな!」

 あっという間にイズンブルク伯爵家の者達の手により猿轡を噛まされている状態になったロジーネ。

「国王陛下、申し訳ございません。イズンブルク伯爵家といたしましては陛下のご決定に従いますので」

 イズンブルク伯爵家当主は青ざめながらそう言った。

 ロジーネは他のイズンブルク伯爵家の者達に連れられ部屋から出されるのであった。


 こうして、ようやくクレメンティアとライヒャルトが結ばれることになった。

「クレメンティア嬢、これからよろしく頼むよ」

「こちらこそ、よろしくお願いしますわ。ライヒャルト卿」

「そうだ、早速クレメンティア嬢の結婚式のドレスを決めないと」

「ライヒャルト卿、いささか気が早いと思いますわ」

 クレメンティアはライヒャルトと微笑み合っていた。


 ちなみに、その後ロジーネは社交界でクレメンティアとライヒャルトの邪魔をしないようイズンブルク伯爵家の者達の手により修道院に入れられたそうだ。

読んでくださりありがとうございます!

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ちなみにブラウンシュヴァイク公爵家は過去作『大好きな妹を守る為に腹黒ヤンデレ辺境伯令息と手を組まざるを得なくなりました』(https://ncode.syosetu.com/n8546io/)に登場するティアナの養子入り先です。

シスコン令嬢vsヤンデレ令息のバトルが楽しめる物語です。


ネトコン参加中の『君と僕の響奏曲』(https://ncode.syosetu.com/n2138mw/)と『リズミカルな天の音』(https://ncode.syosetu.com/n2213mw/)もよろしくお願いします!

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