最強勇者伯と無能王女4
*
「ショウ君」
散々と、珍しく私が言い争ってまで手に入れた呼び方。
私はそれを感慨深く思いながら目の前の少年に言った。
どうにか貴族としての体面を保てるギリギリのライン、そんなテーブルマナーで昼食を食べていた勇者ショウが顔を上げる。
「何度も言っていますが、私は貴方に何の借りも作っていません」
学園の食堂は広々としているが、それでも昼時となれば人も多い。にも関わらず私達の周囲には誰もいない。コイツのせいである。
派閥の子達も近づいて来ないのでボッチである。コイツのせいで。
「まさか借りの存在自体を認めないと来たか……流石貴族だな」
何なのだこの男は。お前も貴族だろ。あと本当に借りなんて無いんだよ。
「無能と呼ばれても流石は王女だなメフティア」
いや本当に無能なんです。否定したいが胸が痛い。
ショウ様からショウ君に呼び方を変える過程で、私の名前を呼び捨てする事になったが、それですら勇者伯なら不敬にならない。
この一事だけでも私の窮状が分かってくれるだろう。
無能と呼ばれ、継承権第三位ながらもクソ弱小な王女が。
王国の不可侵、人類種の最高戦力。夜明けに輝く星。
武力、政治的意味ともに抜群の勇者伯を何故か手に入れたのだ。
いや本当に何故だよ!
これがどれ程に厄介な事か理解できるだろうか? 役無しの手札が突然最強役だ。
今までの全てがあらゆる意味で引っくり返りかねない。
問題は最強手札を持ってるプレイヤーが無能な私であるという事だ。
他派閥の混乱が目に浮かぶ。ちなみに自派閥も大混乱中だ。
昨日、城に帰ったらヴィスボリ伯爵夫人から問い詰められた。婦人の顔から普段の笑顔が消えるぐらいなので相当だ。
当然ながら私はその答えを持ち合わせていない。
ヴィスボリ伯爵夫人との空虚な三十分、あれほど胃が痛い時間もなかなか無い。
「私達、以前どこかでお会いしました?」
無能な私が忘れているという、一番ありそうな可能性は「昨日が初対面」という一言で砕かれ途方に暮れる。
借りすぎも怖いが、作った覚えのない借りも怖い。
借りの大きさが分からなければ、返され過ぎて逆に借りを作られてしまう。
そして私に返済能力は無い。
本当に困った……。
「そんな事より、何か困った事ないか? 借りを返したい」
私は何故か楽しげな顔でそう尋ねてくるショウ君の顔を見て溜息を吐いた。どうせ周りに人はいない。
そして当然こうなるよね。
私は人気の無い演習場――、貴族が通う学園なので当然軍事的な教育がある――、で溜息を吐いた。
世界は無能の想像以上に速い。まさかショウ君の借りがある宣言からたった一日で暗殺されるとは思わなかった。
いやまだ生きてるけども。
見事な手際で一人にされた事から相手の本気度が分かる。
一応は警戒していた私自身も疑う事なく一人になってしまった。
おかしいと思ったのだ、いくら無能と呼ばれていても私は王女だ。その王女に、球を遠くに投げすぎたから取ってこいとか、普通に貴族的にヤバい。
くそぉ、初めて同学年の女子に話しかけられて嬉しかったのに!
あれもどこかの派閥の差し金か!
勇者伯等という最強無敵カードが手にあるのだ、私がどれだけ玉座に興味ないと言った所で誰も信じず。遅かれ早かれこういう事態になるとは思ったが。
それにしても速すぎる。あー十六で死ぬのか。最後に甘い物でも沢山食べれば良かった。
毒入りでも美味しいと思って死ねる。
私がすっかり諦めていると、それはヌラっと演習場の地面から染み出るように現れた。
学園内で禁忌とされる魔物召喚を使ってまで暗殺か。相手の焦りっぷりが良く分かる。
影犬、人類が呼び出せる魔物としては結構な上位種だ。名前の通り影のように真っ黒な体毛と犬と言うには太すぎる足。そして口と牙。
食われて死ぬのは嫌だな。こういう時にこそショウ君にいて欲しいのにいない。
世の中ままならない。
襲いかかってくる影犬の姿に、私は情けなく腰を抜かしその場にへたり込んだ。
本当に無能、抵抗すらできない。
嗚呼、死ぬのだ、私はここで。
そう思ったらやっとで悲鳴が出た。無能は悲鳴ですら出すのが遅い。
そして次の瞬間に影犬の姿が消し飛んだ。
嘘じゃない、そして字の通りだ。乾いた空気が鳴った音だけが、耳の奥でそれが現実だと教えてくれた。
世間ではこういうのを何て言うんだっけ? 嗚呼、思い出したワンパンだ。
それを成した勇者は困惑した顔で振り返り私に尋ねた。
「ペットじゃないよな?」
死の恐怖、影犬が消し飛ぶという埒外。
それらで麻痺した私の脳は遂に限界を迎えた。
「私は猫派!」
私は無能な上に馬鹿になった。
「ありがとう」
馬鹿になったせいで王女としての口調が出てこない。
腰を抜かした私はショウ君に背負われながら帰宅している、
情けない話だが、これが最も安全な帰宅方法だ。
「借りを返す為だからな」
その言葉に私はこの関係が終わった事を理解する。
命を助けられた、これで返せない借りは思いつかない。
「そうですね。最後まで正体は分からなかったけど、借りは精算ですね」
私の言葉に何故かショウ君の頭が傾く。
「犬を撫でただけで返せるような借りじゃないからなぁ、まだ山積みだ」
その言葉に私は流石に空いた口が塞がらなかった。
「あの? えぇ? そのすいません、ショウ君の借りとは何なのです?」
恐怖すら通り越して純粋な興味が湧いてくる。
命を救って返しきれない借りとは何なのか?
「いやそれは……」
ショウ君が私を背負っているせいで塞がっている両手をもぞもぞさせる。
もしや照れ隠しで頭を掻きたいのか?
「恥ずかしいから秘密だな」
本当に恥ずかしい。その能力からは想像できない、年相応の幼さを含んだ声でショウ君はそう言った。
なんてこった。
私は自分に絶望しそうになる。
無能な私が持っていても厄介事しか起こらない勇者伯のカード。
私は今それを手放すのが惜しいと考えている。ただ借りの正体を知りたいそれだけで。
私は自分の無能さに絶望した。
*
ちょっと昔の話をしよう。
まだ正確に伝わる家族の昔話だ。
俺のご先祖様は勇者だった。
人類の最終決戦兵器、理外と埒外の混ざり物。
そうであれと皆が思ったから、そうであったというバケモノ。
人の心を持ち、それ故に人を辞めた存在。
心を砕けば山を砕き、身を裂けば海も割れた。
正真正銘の人の形をした勇者という名前のバケモノ。
人々から寄せられる希望と恐怖、それらの間で一人血を吐き魔族を磨り潰す歯車。
それが俺の曽祖父だ。
たった一人で、人間を辞めた曽祖父。
でも本当にたった一人、たった一人だけが彼のそばにいた。
ヴァン・アブ・トゥロウサン。
この国の初代国王。
彼は曽祖父にこう言った。
「おう何だ何だ、そのツラは? 寂しいって顔だな? そうだな、そうか寂しいよな。分かったよ勇者、俺がお前の友達になってやるよ。どこもかしこも地獄だが、ツレと一緒なら多少はマシだ遠慮するな」
これがトリック家の借りだ。王家に作られた巨大な借りだ。
友人がいた、それだけで勇者は人で有り得た。
曽祖父が人であれたから、畢竟、子孫の俺達がいる。
なので俺は借りを返さなければならない。
王女の友達になるのだ。
セットアップ完了。
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