今日、私は溜息を吐く
トゥロウサン王国第三王女、メフティア・フレネス・アブ・トゥロウサンは、自分の人生がぶっ壊れる瞬間を見た。
悲しい事に、ここ最近何度も見ている気がする。
「おーい、メフティア」
無邪気な、それでいて自慢げな声が自分の名前を呼ぶ。
貴族子弟が通うヴァン学園、その営庭が巨大な黒い影に覆われる。
営庭に集められた全生徒が、例外なく唖然としながら空を見上げているなか、メフティアだけは顔を上げられなかった。
頭痛が、頭痛がする。
メフティアは王家の証でもある、垂れさがる美しい銀髪が自分の顔を隠してくれる事に感謝した。
他人様に見せられる顔を作れている自信がない。
「おーい! メフティア! 連れてきたぞぉ!」
自分が顔を俯かせていたからだろうか? それとも聞こえていないと思ったのか?
少年が再び無邪気な声で、親切心をたっぷり込めて自分の名前を呼んでくる。
――営庭の上空で、ピタリと滞空する巨大な竜の上から。
溜息を、溜息を吐きたい。
メフティアは溜息を我慢しすぎて自分の喉が痙攣を起こしそうだと思った。
しかし――、私はこれでも王女である。
王位継承権第三位を持つ王女である。どれほど人から無能と馬鹿にされても、王族なのだ。メフティアは顔を上げた。あ、心折れそう。
「ショウ君! 何をしてるんですか!?」
竜を一目見て折れそうになった心を無視して出した、精一杯の大声は意外な程に大きく響いた。ここ最近、叫びまくったので喉が鍛えられたのかもしれない。
「お前が会ってみたいって言ってただろ!」
巨大な竜、その頭の上に堂々と立っている少年が叫びかえしてくる。
たぶんきっと笑顔に違いない、遠すぎて見えないがメフティアは確信した。
「初代勇者様と一緒に魔族と戦った竜の爺さんだ!」
言ってねぇよ! メフティアは心中で叫んだ。
私が言ったのは、いつかお礼を言いたい、だ。会いたいとは一言も言っていない。
初代勇者が共に戦った伝説の竜、王家はその竜に礼を言えていない。
理由は単純に竜が住む場所が遠く、険しすぎるからだ。
相変わらず滅茶苦茶だ、ショウ君は――勇者の子孫、勇者伯の長男、次代の竜者、ショウ・アブ・トリックは滅茶苦茶だ。
どうやって竜を連れてきたのだ? 竜が住む地は遠く、そして強力な魔物が跋扈する土地だと聞いている。昨日顔を見なかったなと思ったが、まさか一日で往復したのか?
メフティアが必死に溜息を押し殺していると、竜の頭からショウが飛び降りてくる。
メフティアの周囲にいた生徒達が一斉に離れる、まるで巻き込まれるのを恐れるように。
「お前が言った通り、連れて来てやったぜ!」
メフティアを中心に、ぽっかりと空いた空間に降り立った次代の勇者が笑う。
初代勇者と同じ黒い髪を靡かせ、黒い瞳をとびっきりの善意でキラキラさせて。
私が言った通りってなんだ? 言ってないですよ?
メフティアは周囲から聞こえてくる驚きの声を極力無視した。意識して周囲の声を無視する、メフティアの特技の一つだ。
聞こえない評判は無いのと一緒です。
「ちなみに、何と言って連れてきたんですか?」
メフティアは竜を見上げながらショウに問うた。
竜は巨大で、見る者に自然と背筋を伸ばさせる威厳があった。
自分もこれの百分の一で良いから威厳があれば良かったのに、メフティアは思った。
「第三王女が用があるから王都まで来いって」
ぐぅ。メフティアは小さく呻いた。
周囲の貴族子弟に聞こえたかもしれないが、この程度はきっと許されるはずだ。
「伝説の竜を第三王女が呼びつけたぞ」
「初代勇者様と初代国王様の命令しか受け付けなかったと言われる、あの伝説の竜を呼びつけた? 第三王女が?」
「やはり玉座を狙っているのか?」
あー聞こえない聞こえない、メフティアは心の耳を塞いだ。
「ショウ君?」
メフティアは気合で笑顔を作った。
「私はお礼をいつか言いたい、って言ったんですよ?」
「そうだな」
良い笑顔ですねショウ君。
「お礼を言う為に、お礼を言われる側を呼びつけるとか駄目に決まってるでしょ!」
我慢できずに声が大きくなった。
おい! この次代の勇者、今お前〝あ!〟って顔したな!?
その事に思い至らなかったのかと、更にツッコミを入れようとしたら上空から声が降ってきた。
「おーい、次代のボンよぉ」
上空からの、竜からの声に二人の背筋が伸びた。
竜が人語を話した事に驚いたわけじゃない、自分達が〝やらかしている〟という自覚があったからだ。
「ワシも下に降りていいかぁ?」
周囲にいた貴族子弟が悲鳴を上げながら一斉に逃げ出した。
できれば自分も逃げ出したい。メフティアは真剣に思った。
なにせ相手は初代勇者と一緒に魔王と戦った伝説の竜だ。ちょっと怒ってフン! ってやっただけで自分なんて吹き飛ばされる。
なんなら着地の衝撃で死ぬかもしれない、無能を舐めちゃいけない。
しかし、それでもやっぱり自分は王女なのだ。
営庭にいた生徒達が逃げ出したのを合図と勘違いしたのか、竜がゆっくりと上空から降りてくる。
「ショウ君」
メフティアは覚悟を決めた。
「とりあえずそこに正座してください」
ええ? なんでぇ? みたいな顔するショウ君を目力だけで正座させる。
無能だって覚悟が決まれば勇者を営庭に正座させられる。
自分もショウの隣に正座しつつメフティアは考える。
よし、最悪は土下座しよう。無能の頭でも王国第三王女のラベルが付いていたら多少は価値ある土下座になるだろう。
「ウチの馬鹿がすいません!」
とりあえずメフティアは初手で謝った。
どこか、どこかに無いだろうか? 無能が無能のまま真っ当に生きられる世界が?
私が欲しいのは、ただの平穏なのだ。
暗殺されかけたり、テロに巻き込まれたり、玉座を狙っていると疑われたり、挙句に営庭で伝説の竜に土下座したりする必要のない、ただの平凡な毎日が欲しいのだ。
それはそんなにも贅沢な望みだろうか?
ショウ君と出会ってから私の無能人生は壊れっぱなしだ。
メフティアは遂に我慢しきれず、特大の溜息を吐いた。
この小説は、こんな感じで読者を楽しませるつもりですよ。
という部分の提示が出来ていない
というアドバイスを作家の友人から頂きまして。
なるほど確かに、となったので追加の一話を追加してみました。
つまり! 残念王女は! 可哀想!




