第2話:少女の願いと商人の決断
クラウスは、ユウイチの木と、その木を飾り付ける少女の姿を、しばらく無言で見つめていた。
クラウスは帝都でも一、二を争う大商人だが、数年前に家族を亡くして以来、聖夜祭を心から嫌っていた。彼にとって、聖夜祭は孤独と悲しみを呼び起こすものだったからだ。
彼の冷たい視線を感じたユウイチは、前世で会社の監査に遭ったときのような緊張を覚えた。
(やべぇ、何か怒ってるぞ。この木は売り物だから、勝手に飾るな、とか言われるのか?)
しかし、クラウスは少女に近づくことなく、ユウイチの木が立てられた区画の管理人に声をかけた。
「あの木を、私が買い取る。即金で支払う」
商談はすぐに成立した。売れ残る寸前だった木が、破格の値段で売れたのだ。
翌朝、ユウイチの木は、商人の所有物として市場から運び出された。
運ばれた先は、帝都の貧民街にある、古びた教会の庭だった。
***
教会の庭に着くと、フィーナと名乗る少女と、彼女の幼い兄弟たちが、歓声を上げてユウイチの木に駆け寄ってきた。
「わぁ、お兄ちゃん、お姉ちゃん!見て!聖夜の木よ!」
フィーナたちは、ユウイチの木を囲み、まるで最高の宝物を見つけたかのように大喜びした。
(よかった。あの優しい子たちのもとに来れたんだ)
ユウイチは、初めて心の底から安堵した。
兄弟たちは、前夜にフィーナがしたように、自分の持ち寄ったガラクタでユウイチの木を飾り始めた。
色の褪せたリボン。
壊れたおもちゃの部品。
パンの耳を焼いて作った飾り。
裕福な貴族の家で見るような豪華な飾り付けとは程遠いものだったが、そこには、「飾りたい」という純粋な喜びと、「みんなで楽しみたい」という無償の愛の魔力が詰まっていた。
ユウイチの木は、フィーナたちが飾り付けを終えるたびに、前夜よりも強い、優しい緑色の光を放った。
その日の夜、クラウスが再び現れた。彼は、孤児たちのために、大量の蝋燭と、魔力を持った小さな光の石を持ってきた。
「これを木に飾れ。聖夜祭は、光がなければ始まらない」
孤児たちは歓声を上げ、ユウイチの木に光の石を飾り付けた。
***
ユウイチの木全体に灯りが点った瞬間、その存在は完全に変貌した。
暗い貧民街の真ん中で、ユウイチの木だけが、温かい、黄金色の光に包まれた。
フィーナたちは、ユウイチの木の根元に集まり、小さな手を合わせる。
「聖夜の神様。どうか、病気で咳が止まらない弟の熱を下げてください」
「どうか、みんながお腹いっぱいになれるように、パンをください」
その瞬間、ユウイチは、自分自身が、彼女たちの「希望」の中心になっていることを理解した。
前世のモテなかった頃、ユウイチは誰かにとって特別な存在になりたかった。しかし、どんな努力をしても、他人から得られたのは「失望」や「無関心」だけだった。
しかし、今は違う。
動けない木なのに。話せない木なのに。
ただ、そこに立っているだけで、この子たちは自分に、純粋な「願い」と「愛」を向けている。
ユウイチは、全身の細胞で、その温かい魔力(感情)を浴びた。それは、ユウイチの木の葉を、教会の光よりも強く、力強く輝かせた。
その夜、フィーナの病気の弟は、小さな奇跡のように、朝までに熱が下がった。




