第1話:モミの木と売れない男の絶望
俺の名前はユウイチ。享年34歳。死因は自宅で餅を詰まらせたこと。独身。彼女なし。クリスマスは毎年コンビニのチキンと寂しさを頬張っていた、典型的な「モテない男」だった。
そんな俺の第二の人生は、モミの木だった。
「マジかよ」
もちろん声は出ない。動くこともできない。あるのはただ、硬い幹と、全身にチクチクと生えた針葉樹の葉、そして雪と土の匂いだけだ。
ここは異世界、エルバニア帝国北部の極寒の森。周囲には雪を被った同族が立ち並んでいる。
(なんで俺が木なんだよ!どうせ転生するならイケメン騎士とか、チート能力を持った賢者に…!)
動かない体と、無力な自分自身に絶望する。前世と同じく、なすすべなく時が過ぎていった。
しかし、聖夜祭が近づくにつれて、森は賑やかになった。帝国最大の商人クラウスとその配下たちが、聖夜祭用の木材を求めてやってきたのだ。
「おい、今年の帝都大通りにふさわしい木を選べ!太く、高く、立派なものだ!」
彼らは多くの木を吟味し、そして、俺の木に目をつけた。
ユウイチの木は、樹齢が長く、幹が太い。そして何より、針葉が密で雄大だった。
ギィン、ギィン、ギィン。
斧が打ち込まれる衝撃は、全身の細胞を揺さぶるような激痛だった。死ぬことはないが、意識のあるまま切られる苦痛は想像を絶する。
そして、盛大な音を立てて、俺の木は倒れた。
***
ユウイチの木は、荷馬車に載せられ、帝都セントリアの賑やかな市場へと運ばれた。周囲の喧騒、人々の楽しげな声が、木になった俺にも聞こえてくる。
俺の木は、市場でも一番の目抜き通りに立てられた。周りの木よりも一回り大きく、存在感がある。
「どうだ、この巨大なモミの木は!聖夜祭の中心に置くにはこれしかないぞ!」
商人の威勢のいい声が響く。
しかし、人々は木を見上げて、顔をしかめる。
「でかいのはいいが、枝がゴツゴツしすぎだわ」
「飾り付けが大変そうだ。もっとバランスのいい木にするわ」
「値段も高いし、売れ残りそうだね」
人々は口々にそう言って、より小ぶりで、可愛らしい木を選んでいく。
日が沈み、市場が静かになった頃。巨大で孤独なモミの木だけが、売れ残ったまま暗闇の中に立っていた。
(あーあ。木になっても、俺は売れないのかよ。モテない人生って、木になっても変わらないんだな)
モテない男の絶望が、モミの木の中で深く沈んでいく。
誰も俺を選んでくれない。動けない、話せない、ただそこにいるだけの存在。俺は、異世界でも「誰からも必要とされない木」だった。
その時だった。
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暗い市場の隅から、ボロを纏った小さな影が近づいてきた。
少女だった。年の頃は8歳くらいだろうか。痩せ細り、寒さで鼻を赤くしている。
少女は、他の木には目もくれず、一番巨大で売れ残ったユウイチの木を見上げる。
「わぁ……」
少女の目には、ユウイチのゴツゴツした幹や、不器用な枝ぶりではなく、その雄大さだけが映っているようだった。
「なんて立派な木だろう。きっと、この木の下でお願いすれば、神様は聞いてくださるわ」
少女は、そっと木の幹に触れた。
ヒュン……
その瞬間、ユウイチの意識に、彼女の純粋な「感情の魔力」が流れ込んできた。それは、何の打算もない、「誰かを幸せにしたい」という温かい、柔らかな感情だった。
少女は地面に落ちていた松ぼっくりと、誰かが捨てたボロボロの布切れを拾い、ユウイチの木の最も低い枝に、結びつけた。
「みんなの願いが叶いますように。この木が、みんなの聖夜の木になりますように」
彼女が飾り付けを終えた瞬間、ユウイチの全身の針葉樹の葉が、微かに、しかし確かに、淡い緑色の光を放った。
(え…?なんだこれ?)
ユウイチが混乱する中、その光景を、市場の奥から、冷徹な表情をした商人の男、クラウスが見つめていた。




