◆秋・第二話「文化祭の匂いと、知らなかった寂しさ」
秋葉原の灯りが、彼女の心の隙間をそっと照らした。
文化祭の匂い、懐かしさ、胸の痛み。
だが、その全てをやわらげたのは、変わらぬ“おじさん”の存在だった。
秋の夜風に揺れるネオンの中、二人はまた新しい思い出を刻んでいく――。
十月の風は、少し冷たくて、それでもどこか甘くて、私はこの季節だけは昔を思い出してしまう。
中学の頃の文化祭。お金がなくて参加費や材料費を捻出するのに苦労したこと。準備の日に、クラスのみんなが楽しそうにしていて、その輪の中に入れない気がしたこと。そして帰り道、母はいつもより優しく、夕飯は安いけれど温かい鍋だったこと。
その記憶を思い出したのは、会社で「文化祭みたいなイベントをやりたい」という若い子が話していたからだった。私は笑って相槌を打ちながら、「文化祭かぁ」と少し胸がきゅっとした。
仕事を終えた帰り道、スマホを見ると、おじさんからメッセージが届いていた。
『今日、秋葉原のイベント通りが賑やかだよ。文化祭みたいで楽しいよ』
まるで私の心の中を読んだみたいなタイミングだった。
「おじさん、今日、会える?」
気づけば私は打っていた。
返信はすぐにきて、
『もちろん。あと30分で集合しよ』
ーー秋葉原駅電気街口。
人のざわめきと、アニメソングのコラボイベントが遠くから聞こえてくる。
夜風は少し冷たいけど、ネオンが暖かい。
おじさんは、いつものチェック柄のシャツに、少し擦れた黒いバッグ。
昔と変わらない。
「来たよ」
軽く手を振るその姿に、私はホッとした。
「なんか、文化祭みたいだね、今日の秋葉原」
「うん。だから誘いたくなったんだよ。こういうの好きでしょ?」
私は思わず笑ってしまった。
「ほんとに、読んでるみたいだね」
「え?」
「会社で文化祭の話してて…ちょっと昔を思い出してたの」
おじさんは優しく笑った。
「じゃあ今日は、思い出の代わりに、新しい“秋の文化祭”だね」
その言葉が胸にすっと入ってきた。
――二人で歩く秋葉原。
同人誌のイベントテントが並んでいて、コスプレした人たちが写真を撮っている。
焼きそばや唐揚げの出店の匂いが漂い、まるで大人の文化祭だ。
おじさんは、私が好きな漫画グッズのブースがあると聞くと、
「見に行こうか?」
と道を開けてくれる。
並んで歩くと、ふと思う。
私にとって“父親”の匂いの記憶はない。
だけどこの、少し大きくて安心する背中は、きっと子どもが父親に感じるものと似ているんだと思う。
グッズを買って、二人で抹茶クレープを食べた。
おじさんは甘いものが好きで、クレープを食べると子供みたいに「うまいなぁ」と言う。
その姿が可愛くて、私は笑ってしまう。
「最近、元気なかった?」
突然言われて、胸がドキッとした。
「え、わかる?」
「わかるよ。10年も一緒にいるんだから」
その言葉で、私は少しだけ涙腺が熱くなった。
「仕事、ちょっと大変で…彼氏ともぎくしゃくしてて」
「そっか…無理してない?」
「…少しだけ、してるかも」
おじさんは歩みを止めて、私の頭をポンと撫でた。
「大丈夫。秋は心が疲れやすい季節だから。今日はゆっくり楽しもう」
その手は温かくて、なんだか泣きそうになった。
屋台で買った熱々の焼き鳥を渡しながら、おじさんは続けた。
「…もし、何かあったら言いなよ。俺、君の味方だから」
胸に、じんわりと秋の匂いが染みる。
私は気づいてしまう。
――おじさんがくれる安心は、いつだって季節を超えて変わらない。
そして、この秋の記憶もまた、大切なページになるのだと。
秋の2話目では、“文化祭の匂い”をモチーフに、わたしの心の揺れと、おじさんの変わらない優しさを描きました。季節が変わるたびに、人の心もすこしずつ揺らぎます。特に秋は、寂しさや迷いが顔を出しやすい季節なので、「おじさんが支えてくれる理由」を丁寧に入れました。
ここから冬パートに入り、いよいよ重要エピソードに繋がります。物語は大きく動き始めますので、楽しみにしていてください。




