◆二人の出会い・第3話
ディズニーの光に続いた、アキバの熱気。趣味という共通の言葉が、二人の距離を縮めていく。月日を重ねるほどに深まっていく信頼。まだダンジョンの影すらないこの頃、二人はただ静かに、確かな絆を育てていた。
『二人で歩くアキバ ― 趣味がつないだ“父娘みたいな時間”』
ディズニーから帰った数日後、母がまた夜遅くまでパートに出ている日、私は自分の部屋で宿題をしていた。ふいに携帯が震える。画面には「村瀬さん」の名前。
『千秋ちゃん、今度アキバ行くけど、もしよかったら一緒に行く?』
心臓が跳ねた。
ディズニーの帰りに言われた「また来ようね」という言葉が、本当に続いていくのだと思った。
母に相談すると、意外にもあっさり「いいんじゃない?」と言われた。
「ディズニーで助かったしね。あの人、変な人じゃないし」
母の“変な人じゃないし”という評価がどれほどの信頼度なのか分からないけれど、私はその一言だけで心が軽くなった。
■初めての「二人きり」のお出かけ
週末。
駅前で落ち着かない気持ちで立っていると、村瀬さんが手を振りながら近づいてきた。
「千秋ちゃん、おはよう」
その笑顔に自然と緊張がほぐれた。ディズニーのときよりも、今日はどこか距離が近いような気がした。
電車に揺られて秋葉原に着くと、目の前に広がる雑多で色鮮やかな世界に、私は思わず感嘆の声をもらした。
ビルの壁いっぱいに貼られたアニメの広告、路上で配られるチラシ、コスプレ姿の人々。
「ここ……すごい……」
「でしょ。千秋ちゃん、好きだと思ったんだよね」
村瀬さんは少し誇らしげに笑った。
■マンガの棚の前で見せた、おじさんの“少年みたいな顔”
最初に入った店は、マンガや同人誌がずらりと並ぶフロアだった。
店内は独特の熱気があって、人々が真剣な目つきで棚を見ていた。
村瀬さんは棚を指差しながら、
「この作品はね、キャラの心情が丁寧に描かれてて……」
「こっちは戦闘シーンがめちゃくちゃ熱いんだよ」
と、まるで少年みたいに目を輝かせながら語ってくれた。
私は、その姿がとても好きだと思った。
「大人なのに」ではなく――
「大人だからこそ、こんなふうに好きなものを語れるのがすごい」と。
しばらくすると、村瀬さんがふいに言った。
「千秋ちゃん、読みたいのあったら選んでいいよ?」
「え、でも……お金……」
「今日は案内したいだけだから。気にしないで」
結局、私は一冊のマンガを手に取った。
それは前から気になっていたけれど、買う余裕がなかった作品だ。
「それ、面白いよ! 主人公がね……」
「ちょっと、ネタバレ禁止です!」
ふたりして笑う。
いつからだろう。こんなふうに、自然に笑えるようになったのは。
■二人の距離が縮まった一瞬
昼食は小さな定食屋に入った。
母と外食することなどほとんどなかったから、こうやって座ってご飯を食べるだけで胸が躍った。
食べながら村瀬さんがふと、少し真面目な声で言った。
「千秋ちゃん、学校は楽しい?」
「……楽しくはないかな。でも、行かなきゃだし」
「そっか。なんかあったら、いつでも言ってね」
軽く言っただけのように聞こえるけれど、なぜか私は胸が熱くなった。
“いつでも言ってね”
その一言が、ずっと求めていた「大人の言葉」だったのかもしれない。
デザートのアイスを食べながら、私は小さくつぶやいた。
「村瀬さんって……なんか、お父さんみたいですね」
言った瞬間に後悔した。
「変なこと言った、気まずいかな」と思ったが、村瀬さんは優しく笑った。
「そう思ってくれていいよ。娘みたいに思ってるからね」
その言葉が、ストンと心の中に落ちた。
嬉しくて、ほっとして、少し泣きそうになった。
■二人だけの“秘密の場所”が増えていく
その日を境に、私たちは月に一度くらいのペースでアキバに行くようになった。
母も最初はついてきていたが、いつのまにか「二人で行ってきなよ」と言うようになった。
ゲームショップに行ったり、フィギュアを見たり、新刊を買ったり。
静かだった私の世界は、村瀬さんと歩くことで色鮮やかになっていった。
「今日も楽しかったね」
帰り道、その言葉が自然と出るようになっていた。
村瀬さんも同じように笑ってくれた。
こうして、私と“おじさん”の関係は、気づけば10年続く特別な時間へと変わっていく。
第3話は、わたしと村瀬さんの関係が「家族のような絆」へ変わっていく瞬間を描きました。初めての“二人だけの外出”は、緊張と喜びが混ざり合う独特の時間であり、日常の中でゆっくりと心が解けていく様子を大切に書きました。わたしが感じた「お父さんみたい」という感覚、そして村瀬さんの「娘みたい」という返事――この二人の間に生まれた優しい関係性が、後のダンジョン時代へ向かう大きな柱になります。
次は「ダンジョン発生まで ― 春の章(第1話)」へ進みます。




