表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/50

◆夏の終わり ― 東京直下大震災と“ダンジョン元年” ―

暑さが少しずつ和らぎ始めた八月末。

 千秋は職場で溜まった書類整理をしていた。外ではセミの声がまだ根強く鳴いているが、夕方になると秋の気配が混じり始めていた。


「今日も疲れた…」


 デスクにへたり込むように座りながら、千秋はスマホを手に取った。

 おじさんから「涼しくなってきたし、そろそろどこか行こう」とメッセージが来ている。

 玲奈からも「9月になったらまた旅行しよー!」とLINEが届いていた。


 夏の終わり。

 季節の変わり目。

 そして――この静かな日常が終わる直前。


 その日は、昼過ぎから小さな地震が続いていた。


(ちょっと多いな…)


 同僚たちも落ち着かない様子だったが、東京では珍しくないレベルの小刻みな揺れだ。

 誰も本気で警戒していなかった。


 ──14時42分。

 それは、まったく前触れなく訪れた。


 

■第一波 ―「縦に揺れる」恐怖


 ドンッッ!!!


 建物全体を下から突き上げるような衝撃。

 机が跳ね上がり、天井の照明が一斉に揺れ始める。


「え……? 縦揺れ!?」「まずい!」


 直後、猛烈な横揺れが襲ってきた。

 壁が軋み、コピー機がゴロゴロと転がる。


「机の下に!!」


 誰かが叫んだ。

 しかし千晶は立つこともできず、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込むしかなかった。


 揺れは、長い。

 今まで経験したどの地震よりも。


(終わらない…終わらないよ…!)


 天井のパネルが落ち、悲鳴が上がる。

 窓ガラスがきしみ、割れそうな高音を立てて弾んだ。


 ようやく揺れが収まった頃には、オフィスは半壊状態だった。

 火災報知器が鳴り響き、外からはサイレンの音が重なってくる。


「外に出よう!」「怪我してる人いないか!」


 千秋は震えた足で立ち上がった。

 壁に手をつき、揺れる視界を必死で固定する。


(お母さん…大丈夫かな…! おじさんは…!)


 スマホを取り出すが、すでに通信は途絶えていた。


 

■道路は割れ、地面は沈む


 ビルから避難し、外へ出た瞬間、千秋は息を呑んだ。


 道路が不自然にひび割れ、場所によっては数メートル沈み、あるいは持ち上がっていた。

 信号機は傾き、電線が垂れ下がり、倒壊した建物からは黒煙が上がっている。


「なに…これ……」


 まるで災害映画のワンシーン。

 だが、これが現実。


 周囲の人々は呆然と立ち尽くす者、泣き叫ぶ者、スマホで安否確認しようとして通信不可に焦る者で溢れていた。


 千秋の胸が痛む。


(お母さん……! おじさん…どこ…!)


 歩道橋が崩れ、車は横転し、街全体が混沌としていた。

 千晶は駅の近くまで歩いてみたが、そこはさらに凄惨だった。


 瓦礫。

 崩落した高架。

 地下鉄の入り口は封鎖され、水が噴き出している。


 その時だった。


 

■地面の“割れ目”から、冷気が──


 グラッ……


 アスファルトが再び揺れ、地面に大きな裂け目が走った。

 周囲が悲鳴を上げて逃げる中、千秋も後ずさる。


 その裂け目から、黒い空洞が覗いていた。


 しかしただの亀裂ではない。

 そこから、ひんやりした風が吹き出している。


 まるで洞窟の奥から流れ出してくるような冷気だった。


(なに…これ……?)


 覗き込んではいけないと本能が叫ぶ。

 しかし目を逸らせない。


 次の瞬間――

 地面の奥から、低いうなり声のような音が響いた。


 ゴォォォォ……


「変な音がするぞ!」「離れろ!!」


 警察官が人々を後ろへ押し戻す。


 裂け目は光を放ち始め、まるで“呼吸をするように”脈動している。


(これは…ただの地割れじゃない…)


 誰もそう言わなかったが、その場の全員が悟っていた。


 ――これは“何か”が生まれようとしている、と。


 

■東京各地に広がる“穴”


 後に判明するが、この瞬間、東京全域で同じ現象が起きていた。


 新宿、渋谷、池袋、秋葉原、浅草、そしてスカイツリー。

 地下鉄の線路や地盤がえぐり取られ、その跡に“洞窟状の空洞”がぽっかりと開いていたのだ。


 ニューススタジオも倒壊し、テレビは緊急速報の映像を繰り返し流すだけ。

 SNSには、黒い洞窟の口を撮影した動画が次々投稿される。


『これダンジョンじゃね!?』

『中からなんか動いてる!』

『ヤバい声聞こえる、逃げた方がいい!』


 人々が混乱し、恐怖と好奇心で騒ぎ始める。


 そして、震災発生から一時間後。


 政府は緊急会見でこう発表した。


「全国各地に“未確認の地下空洞”が出現。

 危険のため、すべての地域で立入禁止とする」


 この日の夕方、日本中が“新しい現実”に気付く。


 ――これは天災ではない。

 ――世界そのものが変化している。


 

■千秋の不安と、連絡のつかない“おじさん”


 千晶はどうにか自宅へ帰り着いた。マンションは奇跡的に無事だったが、室内は散乱していた。


「お母さん…!」


 家の中を探し回るが、母の姿はない。

 しかし、テーブルの上にメモが置いてあった。


『買い物に行ってきます。すぐ戻ります。』


(うそ……このタイミングで!?)


 外の状況を考えると、無事を祈るしかない。


 千秋は震える手でスマホを握りしめ、おじさんに何度も電話した。


……繋がらない。

……LINEも既読が付かない。


(おじさん……どうして……)


 気づくと、涙が頬を伝っていた。


 その時、スマホが震えた。


 震災から四時間後。

 やっと一つの通知が届く。


『千秋ちゃん、無事? 今、こっちは何とか落ち着いた。

 絶対に外に出ないで。迎えに行くから。』


 胸が熱くなり、息が詰まった。


「……よかった……!」


 安堵と共に、千秋は床に座り込んだ。


 外では緊急車両の音が鳴り止まない。

 遠くで黒煙が上がり続けている。

 テレビでは“謎の空洞”の中から未知の生物の影が見えると噂されていた。


 世界は、変わってしまった。

 だが千秋の胸には一つの信念が芽生えつつあった。


(おじさんと一緒なら、きっと大丈夫)


 そう信じて、千秋は震える手を胸に当てた。

春編は、主人公の日常に小さな幸福が積み重なりながら、物語全体の地盤が静かに揺れ始める位置づけとして描きました。宝くじ当選による生活の余裕と、家族や友人との時間は、後に訪れる激動とのコントラストを強めるための大切な要素です。春の穏やかな風景の中に、ニュースや違和感をさりげなく差し込むことで、読者に「何かが始まる」気配を感じてもらえるよう意識しました。次はいよいよ夏──物語は大きく動き出します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ