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◆第20話 夏の静けさと、不気味な前触れ(後編)

夏の街に響いた低いうねりは、誰も説明できない“不吉な予兆”だった。地震雲の噂、専門家の曖昧な通知、止まる風と蝉の声。すべてが静かに“異変”を告げていた。それでも人々は日常を続け、わたしとおじさんもいつものように夜を過ごす。だが、大震災までの時間は確実に削られ、運命はゆっくり、その手を伸ばし始めていた。

七月に入ると、湿度は一気に増し、日差しは肌を刺すように鋭くなった。

職場の異動も決まり、私は新しい生活へ向けて気持ちを切り替えていた。


だけど――胸の奥のざわめきだけは、消えなかった。


ある金曜日の夜。

仕事帰りに駅の近くでおじさんと合流し、夏の買い物に出かけた。


「最近さ、地震雲っぽいのよく見ない?」

「見とる。…震源の兆候か、それとも偶然か。どっちもある」


おじさんは冗談めかして言うけれど、その表情は真剣だった。


歩きながら、ふいに私の右肩を押して、おじさんが道端の自販機の前に立った。


「喉乾いたやろ。なんか飲むか?」

「うん、スポドリがいい」


ボタンを押すおじさんの背中を見ながら、私は思った。

この十数年、ずっとこんなふうにさりげなく守ってくれたんだな、と。


飲み物を受け取り、公園のベンチに座ったときだった。

遠くで雷のような低い音が響いた。


ゴ…ゴゴォン――。


「え? 雷?」

「雨雲ないぞ。…地下の音か?」


おじさんは空を見上げ、眉をひそめた。

空は晴れているのに、低くうねるような音がまた響く。


私は思わず腕を組んだ。


「なんか、怖い音…」

「大丈夫や。すぐ帰るで」


しかしその“音”は、私たちだけじゃなく都市全体に流れていたらしい。

駅前の人たちもざわざわと空を見上げ、不安げにささやき合っていた。


気象庁の速報アプリが、珍しく“地殻変動の可能性”という曖昧な通知を送ってきた。


地震じゃない。

警報でもない。

ただ、専門家も判断がつかない“何か”が起きている。


そういう通知だった。


「今日は早めに帰ろうか」

「うん」


並んで歩く道は、さっきよりも静かだった。

蝉の声さえ止まり、風もほとんど吹かない。


まるで、世界が“息を潜めている”ようだった。


家につくと、おじさんからメッセージが来た。


『非常袋、ベッドのそば置いとけ。何かあったらすぐ飛び出せるように』


私は返事を打ちながら、小さく笑った。

いつも通りの心配性なメッセージなのに、不思議と温かい。


『ありがとう。おじさんもね』


その夜。

空は雲ひとつないのに、月光が妙に薄く、ゆらゆらと滲んで見えた。


何かが変わり始めている。

そんな夜の空気が、全身をひやりと包む。


そして――静かなまま朝を迎える。


巨大地震と“ダンジョン元年”まで、あと4日。


まだ誰も知らない。

この静かな夏が、最悪の運命へ続くカウントダウンだったことを。

夏編の後編では、“日常の中に入り込む異変”を丁寧に描きました。地震前に多くの人が体験する「なんとなくおかしい」という感覚を、音・空・空気・アプリ通知などの形で積み上げています。おじさんの防災意識がここでさらに強調され、おじさんがわたしを長年守ってきた気持ちも明確にしました。平穏の中に忍び寄る緊張感を大切にし、読者が「もうすぐ来る」とわかっていても心がざわつくような構成にしています。次はいよいよ 東京直下大震災の発生 と “ダンジョン元年”の幕開けになります。覚悟して読んでください。

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