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◆第16話 春の鎌倉と、揺れ始める未来(前編)

春、鎌倉の海辺で次の人生を語り合う二人。宝くじの当選によって生まれた余裕と安堵、そして互いへの信頼が深まり、見える景色も変わり始めていた。しかし、この穏やかな季節の先に、東京を揺るがす巨大地震と“ダンジョン元年”が待っていることは、まだ誰も知らない。静かな春は、嵐の前触れでもあった。

四月の風は、冬の名残をそっと拭い取るように暖かく、どこか浮き立つ香りを含んでいた。

満開を少し過ぎた桜並木の下を、私はおじさんとゆっくり歩いていた。


「鎌倉って、なんか落ち着くよね」

「そうやな。春は特にええ。…お前、顔つき変わってきたで」


「え? どこが?」

「良くも悪くも“挑む顔”や。去年の秋とはまるで違う」


笑いながら言うおじさんの横顔は、前より穏やかだった。

宝くじの当選から数ヶ月。生活は変わったけれど、私たちの距離は不思議と変わらなかった。


むしろ、近づいた。


江ノ電で海沿いに出ると、春の海がきらりと光り、子どもたちが砂浜で遊んでいた。

私は胸がすうっと軽くなるのを感じた。


「なぁ、お前。その仕事の話…本気で考えとる?」

「うん。来月から本社のオフィスに異動できそう。…もう逃げなくていいかなって」


「逃げんでええ。でも、“守り”ばっかりでもあかんで」


ぽつりと言うその声音に、なぜか胸が熱くなった。


おじさんは続ける。


「せやけど、お前はこれから変わる。ええ方にも、しんどい方にも。

…その瞬間をちゃんと横で見ていたいと思ってる」


私は思わず足を止めた。

“見ていたい”という言葉が、予想以上に深く刺さる。


「…なんか、そう言われると泣きそうになるんだけど」

「泣くな泣くな。人前やぞ」


言いながら、おじさんは小さく笑って、私の頭をぽんと撫でた。


その温かさに、ほんの一瞬だけ、未来の影がよぎる。


――夏に、大きな地震が起きるなんて。

――そして“ダンジョン元年”が始まるなんて。


このときの私たちは、まだ何も知らない。


ただ穏やかな春を、いつもより少し眩しい未来を信じて歩いていた。

春の鎌倉編は、二人の関係が一歩深くなるターニングポイントとして描きました。宝くじ当選による生活の変化は大きいですが、それ以上に「心の余裕」が二人に影響を与え始めています。また、この平和で穏やかな春は、後に訪れる東京直下大震災との対比として重要なシーンになります。未来に迫る“ダンジョン元年”を知らず、ただ目の前の季節を楽しむ二人。その日常の尊さが、後の物語に強い意味を持つよう意識して書いています。次回は春イベント後編に続きます。

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