表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/60

◆春・第二話「静かな休日、揺れる未来の予感」

春は静かで優しい季節だった。

だけど、その穏やかさの中で、確かに“変化”は動き出していた。

未来の気配に胸をざわつかせながらも、二人はまだ日常に寄りかかっていた。

夏に待ち受ける激変を知らないまま――。

桜が散り始め、街がやわらかな緑色に包まれる季節。

年度が変わったばかりの四月は、仕事も少し慌ただしく、私は毎日残業でくたくたになっていた。


そんなある日の夜、おじさんから短いメッセージが届いた。


《土曜、空いてる?》


少し疲れていたけれど、この人に会うと不思議と気持ちが軽くなる。

私は迷わず返した。


《空いてるよ》


土曜、正午。

駅前で待ち合わせると、おじさんはコンビニ袋を下げて、春用の薄手のジャケットを着ていた。


「おつかれ。無理してないか?」


「ちょっと疲れてるけど……大丈夫」


「じゃあ、のんびりするか」


その言葉にほっとして、私は自然と笑顔になった。


おじさんが選んだ行き先は、近所にある大きな公園。

広い芝生と新緑の木々が鮮やかで、都会にいることを忘れそうになるほど静かだった。


「はい、これ」


差し出されたのは、コンビニで買ったおにぎりとサンドイッチ、そして少し高めのアイスコーヒー。


「今日は何も考えないで食べて休めばいい」


「ありがとう……」


私はベンチに腰を下ろし、温かい春の風に目を細めた。

なんでもない昼下がり。

それなのに、この時間がすごく贅沢に感じる。


「おじさんは疲れてないの?」


「まぁな。でも、お前と会えば元気になるよ」


「……そういうの、ずるい」


思わず小さく笑ってしまう。

おじさんはいつも、あっさりと胸に刺さることを言ってくる。


しばらく二人でぼーっとしてから、公園内の遊歩道を散歩した。

菜の花が咲く小さな花壇、子どもたちの声、風に揺れる若葉の匂い。

季節のすべてが、心の疲れを少しずつ溶かしていく。


「最近どうなんだ?仕事」


おじさんが自然に聞いてくれる。


「うーん……人が足りなくて、やることが増えてて。なんか、自信なくす時がある」


「そういう時はさ、ちゃんとサボれ」


「サボれって……おじさん」


「真面目なやつほど壊れるんだよ。俺が言うんだから間違いない」


「……うん」


本気で言っているのだと分かる口調だった。


公園を一周し終わる頃、おじさんがぽつりとつぶやいた。


「……どこ行きたい?」


「え?」


「海外でも、国内でも。行ってみたいところあるだろ」


「そんな……簡単に言わないでよ」


「行けるだろ。お前なら」


その一言に、思わず足が止まった。


(おじさんは、どんなつもりで私を誘ってるんだろう……)


けれど聞けない。

関係が壊れたら、取り返しがつかない気がして。


おじさんのほうは、私の沈黙に気づきながらも追及しない。

そのやさしさが、逆に胸を締めつけた。


夕方になり、駅へ戻る道すがら。

公園の出口付近にスイーツのキッチンカーが出ていて、私は思わず立ち止まった。


「わ……いちごのクレープだ」


「食べたいなら買うぞ」


「自分で買うよ!おじさん、いつも払おうとするんだから」


「癖なんだよ」


笑いながら二つのクレープを買い、並んで歩きながら食べた。

春風の中、ほの甘いいちごの香りが広がる。


(こういう時間、大好きだな……)


でも同時に、胸の奥がざわざわと波立つ。


(私はこの関係の“意味”を、ちゃんと考えるべきなのかもしれない)


宝くじも、日常の変化も。

今の関係を曖昧なままにしておくには、もう限界が来ていた。


駅の改札前。

別れ際、おじさんが言った。


「夏になったら……ちょっと遠くに出かけようか」


「え?」


「行きたいところ、考えとけよ」


穏やかで、でもどこか決意を含んだ声。


その瞬間、胸に不安と期待が同時に走った。


(夏……あの“地震”の前触れだったなんて、この時はまだ知らなかった)


あの日、穏やかな春の時間の中で、私は人生が大きく変わる前兆に気づいていなかった。

春イベント第2話では「静かな幸せ」と「揺れる感情」を丁寧に積み重ねました。宝くじの影響で生活に余裕が出たものの、二人の関係が“どこに向かうのか”が見え始めた重要な回です。季節の描写を通して、心の変化を自然に表現し、夏の大震災の衝撃を際立たせるための静けさを意識しました。次はいよいよ夏編。地震発生前の最終日常と、巨大な転換点へと物語が踏み込んでいきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ