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◆冬第三話「宝くじ─10億円の朝」

年末の秋葉原での何気ない買い物。それが、彼女とおじさんの人生を変える“十億円”を呼び寄せるきっかけとなった。分け合った当選金は、二人の絆をさらに深め、静かな幸福をもたらす。しかしこの冬の穏やかさは、やがて訪れる激震と混沌の前触れにすぎなかった――。


年末の秋葉原――澄んだ冷たい空気がビルの隙間を吹き抜ける。冬休みの人混みでごった返す通りを、おじさんと肩を並べて歩いた。手には買ったばかりのマンガの限定グッズが入った紙袋。私が高校生だった頃から変わらない、いつもの年末の光景。


「今年もあっという間だったなぁ」とおじさんが言った。

「ほんとですよ。特に今年は転職もして、なんか慌ただしかったし」


おじさんは笑いながら、私の紙袋の取っ手が手に食い込んでいないか確認する。

その優しさに、昔と変わらない安心を覚えて胸が温かくなった。


「こっちも見てみる?」

おじさんが指さした先、広場の一角で、宝くじ売り場の人が声を張り上げていた。


「年末ジャンボ〜! 残りわずかでーす!」


「……宝くじなんて久しぶりに見たなぁ」

「記念に買ってみるか」


「え? おじさん、宝くじ買うタイプでしたっけ?」

「いや、普段は全然。でも今日はなんか、縁を感じるんだよ」


そう言って、彼は笑いながら売り場の前へ歩いていく。私は少し驚きながらも、ついていった。


売り場の女性がにこやかに声をかける。


「どうされますか〜? 連番とバラがありますよ」


おじさんは迷わず言った。


「連番で200枚ください」


「に、にひゃく!?」

私は思わず声を上げる。


だって、おじさんはいつも私にお金を使ってばかりで、自分にはほとんどお金を使わない人だ。

秋葉原だって、私が欲しそうにすると「買いなよ」と渡してくれるのに、自分の買い物は滅多にしない。


なのに――今日は違った。


だからこそ、私は止められなかった。


「……おじさんが買いたいなら、いいよ」


「いいの? ありがとう」


彼は嬉しそうに笑い、財布から長年大切にしていた革の札入れを取り出して支払いを済ませた。


受け取った宝くじはずっしりと重く、束になった数字の羅列が妙に現実感を欠いて見えた。


「じゃあ、半分ずつ持とうか。記念だし」

「えっ!? おじさんが全部買ったのに?」

「記念だよ記念。持っててくれたほうが、なんか嬉しい」


その言葉に胸がじんと熱くなる。


私が半分を受け取り、おじさんが百枚を持つ。

それぞれの束の一番上の番号だけをスマホで写真に撮り合って、年末の思い出として保存した。


「来年の挨拶で結果見ようね」

「ですね」


それだけの、なんでもない冬の日のはずだった。


――だけどその宝くじは、後の人生をまるごと変えることになる。



年が明け、いつものように「明けましておめでとう」のLINEを送り合った。

会話が途切れかけた時、おじさんがふと、


「そういえば宝くじ、見た?」

「忘れてた! 今見る!」


スマホを横に置き、番号を入力して検索する。


結果が出た瞬間、私は息を呑んだ。


「……え?」


「どうした?」

「……1等……で……しかも前後賞も……十億……」


画面の数字は間違いなく、あの200枚の束の中で、おじさんが持っている方の番号だった。


「おじさん……当たってる……おじさんの方……当たってるよ……!」


「そっかぁ。良かったなぁ」


喜ぶでもなく、ただいつも通りの優しい声。


「おじさん……すごいよ……! ほんとに十億……十億って……!」


「うん。でもね」


おじさんは続けた。


「これは二人のだよ。半分こ、五億ずつね。」


「……え?」


私の手は震えた。

だって、宝くじを買ったのはおじさん。

当たったのもおじさんの番号。


分けてもらえる理由なんて、どこにもないのに。


「おじさんのだよ! 5億円なんて受け取れないよ!」

「違うよ。あれは二人で買った記念の宝くじだ。だから二人のもんだ」


「……っ」


返す言葉が見つからない。


私は幼い頃から貧しかった。

父のギャンブルから始まり、母子家庭で、おやつひとつ買うのにも躊躇した。

大学に行くお金もなく、高卒で事務職に就いた。


だから――宝くじ10億なんて、一生関わらないと思っていた。


「おじさん……ありがとう……」


そう送ると、おじさんは少し照れたようにスタンプを返してきた。


――その日から、少しだけ生活が楽になった。


とはいえ私は根っからの貧乏性だ。

おじさんとちょっと良いものを買っても、ブランド物に興味があるわけでもなく、生活も急には変わらない。


「宝くじに当たると寄付の団体から電話が来るって噂聞くけど、ほんと?」

「さてなぁ。でも俺のところには何件か来たよ」

「え、私のところは来なかった」

「そりゃ、お前には届かないだろ。俺が買ったことになってるし」


おじさんは軽く言ったが、私は理解した。


――おじさんが全部、私の分まで受けてくれていたのだ。


優しい人だと知っていたけど、胸の奥がじんと熱くなる。


あの日、秋葉原で「縁を感じる」と言ったおじさんの言葉が、今になって意味を持つような気がした。


幸せで穏やかな冬。

その裏で、世界は静かに変わろうとしていた。


この冬が――「最後の普通の冬」になるとも知らずに。

この回では、物語の大きな転換点となる「宝くじ10億円」を描きました。

人生の中で“たまたま買った宝くじが当たる”という出来事はファンタジーのようでいて、同時に人の本質が強く表れる瞬間でもあります。おじさんが迷いなく「二人のだから」と言えるのは、長い年月で育まれた信頼と情の深さゆえです。

この幸福な冬の時間を丁寧に描きつつ、次に訪れる非日常――地震とダンジョンの時代への対比が際立つよう構成しました。

次回はいよいよ春。二人の生活に新しい変化が訪れます。

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