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◆秋・第三話「秋祭りの夜、胸の奥のざわめき」

秋祭りの夜、ほんのわずかな会話が、胸の奥に不思議な影を落とした。

一緒にいることが当たり前だった二人の間に、目に見えない変化が静かに流れていく。

それはまだ“何”とも呼べない感情。

けれど、そのざわめきは冬へと向かう季節の中で、確かに形を作りはじめていた。

ピクニックから数週間。街はすっかり秋色に染まり、駅前の商店街には毎年恒例の小さな秋祭りの準備が進んでいた。

私は仕事帰りに提灯が吊り下がる通りを歩きながら、ふとおじさんのことを思い出す。


(あの人、こういうイベント好きそうだな……)


メッセージを送ろうか迷った末、簡単に「秋祭り行く?」と送ると、すぐに既読になり、ほんの一言が返ってきた。


《行く。時間合わせる》


この素っ気なさで来てくれるのだから、ほんとに不器用だ。


秋祭り当日。

会場は駅前の小さな広場。

夜の空気はひんやりしているのに、人の熱気でじんわり温かい。


おじさんは約束より少し早く来ていたようで、屋台の前で腕を組んで待っていた。


「おーい、こっち」


いつもより少しだけ柔らかい声。

私は思わず笑ってしまった。


「待たせた?」


「ちょっとだけ。でも、いいよ」


「なんでちょっと得意げなの」


「別に」


そんな、他愛ないやりとりが心地よかった。


二人で金魚すくいや、たこ焼きを食べ歩きながら、夜風に吹かれてゆっくり歩いた。

おじさんは風船を持った子どもにぶつかられても苦笑しながら避け、ベビーカステラの列に並んでいる間も、なんとなく私のほうを気にしてくれている。


(やっぱり、優しい人だよな……)


ふと、ステージのほうから笛や太鼓の音が聞こえてくる。

私はその音に誘われるように足を止めた。


「懐かしいね。こういう音」


「お前、小さい頃は……あんまり来てないんだよな?」


「うん。母も忙しかったし、人混み嫌いだから」


「そっか」


おじさんの横顔が、少しだけ曇ったように見えた。


「でも、今は来れてる。おじさんと」


「ああ」


ぽつりと返ってきたその一言は短かったけれど、胸の奥に温かく沈んでいった。


帰り道、駅へ向かう途中。

提灯の光がぼんやりと足元を照らす中で、おじさんが急に歩みを緩めた。


「……来年も、こういうの来れるかな」


「え?」


「仕事とか、お前の生活とか、いろいろあるからさ。無理かもしれないし」


「そんなことないよ。来れるよ」


でも、その言葉に確信はなかった。

あの時の私は、まだ自分が何を望んでいるのか分かっていなかった。


沈黙が少しだけ続く。

そして、おじさんがぽつりと言った。


「……まぁ、今はそれで十分か」


その言葉に、胸の奥がざわりと揺れた。


(どうして、そんな言い方するんだろう)


理由は分からなかった。

ただ――

秋の風が少し冷たく感じた夜だった。

秋祭りの夜、ほんのわずかな会話が、胸の奥に不思議な影を落とした。

一緒にいることが当たり前だった二人の間に、目に見えない変化が静かに流れていく。

それはまだ“何”とも呼べない感情。

けれど、そのざわめきは冬へと向かう季節の中で、確かに形を作りはじめていた。

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