◆二人の出会い・第1話
静かな家に生きる母娘に届いた、一通のメール。それは小さな光を運び、少女の世界を少しずつ塗り替えていく。まだ知らない。この出会いが十年続く絆となり、やがて“新しい世界の扉”――ダンジョン時代へと繋がることを。
『静かな家に届いた一通のメール』
私が中学一年の春、家の空気はいつもどこか薄暗かった。父のギャンブルが原因で両親は別れ、母と二人、六畳一間のアパートでの生活が始まったばかりだった。母は朝から晩までパートに出て、私は学校と家を往復するだけ。食費を削った質素なご飯にも慣れ、夜になると聞こえる母のため息だけが、生活の背景音のように染みついていた。
そんな生活の中で突然訪れた「変化」は、母の携帯電話の着信音だった。
ある日、夕食の焼きそばを作っていると、母のポケットから軽快なメロディが響き、彼女は少し照れたような声で言った。
「……あ、メル友のおじさんから」
母にメル友? 私は驚きつつも、画面を覗き込んだ。そこには「村瀬」という名前。年齢は母と同年代らしい。だが、母はあまり社交的な性格ではない。静かで、混雑した場所も人付き合いも苦手。そんな母が誰かと頻繁にメッセージをやり取りする姿自体、珍しいことだった。
その日を境に、夕食中や帰宅後に、母がしばしば楽しそうに携帯を操作する姿を目にするようになった。
『今日、ディズニーの写真送るね』
『いいなあ、私も行ってみたいな』
そんなメッセージを目にして、私は少しだけ胸がざわついた。母が笑っているのは嬉しい。けれど、知らない誰かが母の世界に入り込んできたようで、複雑な気持ちになった。
数週間後、母がぽつりと言った。
「ねぇ千秋……もし嫌じゃなかったら、このおじさんに、あなたもメールしてみる?」
予想外の言葉だった。だが母が言うには、村瀬という人は「娘さん元気?」とよく聞いてきて、私の話題になると嬉しそうに返信してくれるらしい。
半信半疑でアドレスを交換した夜、私は初めて「村瀬さん」にメールを送った。
『はじめまして、千秋です。お母さんと仲良くしてくれてありがとうございます』
数分後、すぐに返事がきた。
『こちらこそ。千秋ちゃん、好きなマンガとかある?』
驚いた。堅苦しい人かと思っていたのに、文面はやわらかく、年上の男性特有の押しつけがましさもない。
『マンガは好きだけど、お金なくてあまり買えないです』
『じゃあ、今度アキバ案内しよっか? たぶん千秋ちゃん、好きだと思うよ』
画面越しに伝わる、優しくて不思議な熱量。
その時はまだ、10年にも渡って私の人生に寄り添う存在になるとは想像もしなかった。
メールのやり取りはすぐに日課になった。母よりも私のほうが返信が早くなり、時には学校であったちょっとした出来事を送ると、村瀬さんは親身に返してくれた。
『今日、部活で失敗した』
『そういう日もあるよ。でも頑張ってるの、ちゃんと伝わってると思うよ』
何気ない励ましが、薄暗い生活の中で小さな灯りのように温かかった。
ある日曜日の朝、母が何気なく言った。
「村瀬さん、今度ディズニー連れて行ってくれるって。私も行くけど……千秋も一緒に行く?」
ディズニー。
テレビでしか見たことのない夢の国。
胸の奥が一瞬で高鳴った。
そしてその日、私は人生で初めて、暗くない未来を想像したのだった。
第1話では、わたしと村瀬さんの「始まり」
この物語はダンジョンの冒険譚でありつつ、基盤にあるのは“人と人の縁”です。貧しさや孤独の中でも、人の言葉ひとつで世界が明るくなることがある。そんな小さな光の積み重ねを、丁寧に描きたいと考えています。村瀬さんはまだ「ただのメル友」に過ぎませんが、ここから物語は大きく動き始めます。次回は、初めてのディズニーへ――あなたの世界が色づく瞬間を描きます。




