君に私を殺害する機会を与えよう
決闘章典
剣での決闘は互いの合意により成立する。
剣は片方剣を使用、長さは23インチ以下。
左手を使用してはならない。
一方が傷を負ったと叫ぶか介添人がそれを認めた時に決闘は中止されるべきである。
ただし、負傷者の同意があるなら再開しても良い。
「宜しい、ならば決闘だ」
「な、なんだと?!」
凄い!
ラグラン様、かっこいいじゃない!
クリミアは心の中で喝采をあげた。
騒動のきっかけは、ホールという好色で横暴な中年貴族がクリミアの仕える伯爵令嬢、エイミーを侮辱したことにある。
過日、鼻の下を伸ばしてエイミーに言い寄ったところひらりとかわされたホール。すると逆恨みし、エイミーを謂れない罪で侮辱したのだ。それも社交界パーティーの時に、公衆の面前で。
この国において女性の立場は男性よりも低く、淑女が直接言い返すなどもってのほかとされている。
狙ったのだろう。ホールの侮辱はエイミーの父が席を外したタイミングで一方的行われた。それで泣き寝入りするしかないかと思われた時に、ヒーローが現れた。
「それは言われなき侮辱だ。撤回と彼女への謝罪を要求する。」
エイミーの幼馴染。
彼女より少し年上の伯爵令息、ラグランだった。
口論となり、これに激怒したホールは「文句があるなら決闘するか。吾輩は先の戦争で活躍した従軍経験者だぞ。」と恐喝する。
それを受けたラグランの男気に会場は沸いた。
決闘はその三日後、街の広場で行われた。
エイミーに付き添いその場に行ったクリミアは驚きに目を見開くことになる。
「えっ、ホール伯爵と違うじゃない!?」
相手側に立ち、剣を持っているのはホールではなかったのだ。決闘の場に立ったのは移民の子孫の特徴である浅黒い肌と髪を持った若い男だった。ホールは、にやけ面で言い放つ。
「コイツは私の親友だ。どうしても代わりに戦いたいと言うので交代してやった。吾輩ほどではないが、強いぞお!」
この卑怯者め!
若い男の特徴をみてクリミアには分かった。ホールは巷で噂となっている『決闘代行』を雇ったのだ。
この国では名誉を守るための決闘が認められており、それなりの頻度で行われている。ただ最近のそれは名誉を重んじているようで、その実はただの見栄っ張りの場合も多い。
どこかのアホが引っこみがつかなくなり決闘をすることになる。そうは言っても、やっぱり後で怖くなる。しかしやめると笑いもの。だから仕方がなく……という具合に。
そこに最近、代理で戦う『決闘代行』という若い男が現れた。
もちろん大人気で、その都度大金で雇われるという。遠い親族とか親友とか言う建前で決闘の場に現れるが、その関係は勿論でっちあげ。
ただ、過去の決闘代行使用者達を擁護するならば、喧嘩を売られた側の高齢貴族がやむなく依頼していたケースばかりだと聞く。
自分から喧嘩を売った中年貴族、それも普段、従軍経験があると威張り散らしている男が決闘代行を雇うのは今回が初めてだった。
観衆からは勿論ブーイング。
だが、ホールは知らぬ存ぜぬを通すばかりか、怒鳴り散らして「貴様ら、顔は覚えたぞ」と恐喝まがいのことまでしている。
噂では決闘代行の男は相当強いらしい。
勝てれば勿論最高だが、負けるにしても敬愛する主の幼馴染に万一の事故などが起こらないようにとクリミアは祈った。
結論から言おう。
ラグランはあっさりと決闘代行の男に勝った。二、三回打ち合うと、彼の剣が決闘代行の男の腕を浅く切り裂いたのだ。
祝賀会で幸せそうに微笑むラグランとエイミー。
「君の名誉を守れて良かった。」
「ありがとう、ラグラン。大好き!」
実はこの幼馴染二人、長年お互い思い合いながら焦れったい関係が長年続いていたのだ。しかし今回の件で仲が進展し婚約関係となった。
クリミアはとても良い結末になったことを神に感謝して眠りについた。
翌日、上機嫌で買い出しに出かけていたクリミアは見覚えのある人物を見かけた。
浅黒い肌、右腕には血の滲む粗末な布を巻いている男、昨日の『決闘代行』だ。飲食店の前で門前払いをされているように見える。
(おかしいわね、やくざ仕事の報酬で儲かっているはずなのに店に入れて貰えないなんて。きちんとした治療も受けていないようだし……)
疑問に思い、周囲への注意が散漫になったクリミアは街角から飛び出してきた男とぶつかった。
「おい、どこみて歩いてるんだ女ぁ!」
顔に大きな刀傷ある赤ら顔。どうやら昼間から酒に酔っているらしい。直感的に関わりたくないなと思った。
「失礼しました。ではこれで」
「おい、まてよ!」
引き留められる。
男は「慰謝料がわりに金目の物を置いていけ、それが無理なら身体で支払え」と無茶苦茶なことを言った。
恐怖するクリミア
しかしそこで救いの手が入った
「なあ、誇りまで失うようなことをするなよ」
割って入ったのは『決闘代行』だった。
「ああん?なんだお前、ぶっ殺すぞ!」
「引く気はないのだな」
「よく見ればお前、腕を怪我してるじゃねぇか。その腕でやる気か?馬鹿がよ。」
酔った男が恫喝するが、『決闘代行』は動じない。男を見据え、静かに言った。
「交渉は決裂し、君は私を侮辱してくれた。よって我らの名誉のため、君に私を殺害する機会を与えよう。私は今ここで、君に決闘を申し込む。」
上等だテメェと殴りかかってきた男の拳をひらりとかわすと、『決闘代行』の脚が舞う。
男はふらりとバランスを崩すと倒れた。
クリミアには早すぎて見えなかったが、つま先が男の顎先を掠め脳を揺らしていたらしい。
「あの、ありがとうございました」
「貴女のためではない。お気になさらず」
礼を言ったが、男はそっけない。
『決闘代行』はクリミアと目を合わせず、気絶した男の状態を確認して壁によりかからせながら、顔を顰めていた。
どうやら腕が痛むらしい。
「あの、治療院にいかないのですか?」
「あいにくそんな金はないもので」
その言葉に、今度はクリミアが顔を顰める。
昨日、ホール伯爵にたんまり貰ったんじゃないの?借金でもあったのかしら、やっぱりヤクザものね。
そんなことを思いつつ、しかし助けて貰った恩がある。お礼の品として買い出していた包帯と消毒液を男に渡し別れた。
それっきり、もう会うこともないと思っていた彼と、またも再会したのは僅か二日後のことだった。
ラグランの母親が出資している孤児院があると聞き、将来の姑との関係を良くしたいエイミーが慰問を企画。その視察として訪れたところで、バッタリと会たのだ。
先に気づいたのはクリミアだった
「モートンにいちゃん遊ぼう」
「ははは、何して遊ぶ」
「だめよ、モートンさん怪我してるじゃない」
彼の名前はモートンというらしい。
どうやら孤児達に慕われているらしく、過去二回会った時とは違う柔和な笑みを浮かべている。
しかし、それよりもクリミアが気になったのはーー
(渡した包帯、使ってないじゃない!しかも傷、増えているし……)
右腕には相変わらず粗末な布、そして、それは頭にも巻かれており血が滲んでいる。
「貴方、なんで包帯使っていないんですか!」
「ああ、君は先日の……」
せっかくの好意を無碍にされた様で腹が立ち、思わず声をかけてしまった。
「え、にいちゃん。その人だれ」
「もしかして彼女さんですか?」
モートンの周りの子供達があらぬ勘違いをしている。クリミアは「違います!」と慌てて否定し、「ひとまず包帯を巻きますよ」と半ば強引にモートンをその場から連れ出した。
「包帯が巻けなかったんですか?」
「いや、必要な人に渡そうかなと」
「貴方以上に必要な人はいませんよ!」
何を言っているんだこの男は。
院長室を借り、傷に処置を施しながらクリミアは思う。
「随分と手際がいいね。」
「ええ、不本意ながら慣れています。」
それよりその頭の傷も決闘代行ですか、と質問するとモートンは驚いた顔をした。素性を知られているとは思っていなかったらしい。
「子供達は貴方の職業をご存知なんですか?」
「いいや、年配の子は勘付いているかもだけど」
「差し出がましいようですが『決闘代行』など辞めてしまっては?」
いつか死にますよ、とクリミアは続ける。
頭の傷だって大方、腕に傷がある状態で戦ってニ連敗したというところだろう。
「あいにく、金が足りなくてね」
「全うに働けば良いじゃないですか。戦争が終わりもう一年です、市政の景気も随分上向いてきたときいていますが」
騎士家の末娘として戦地に赴き、看護師として後方支援をした経験のあるクリミアは、男の返答に怒りを覚える。
それで、「やっと平和と景気が戻ったのにヤクザ稼業をするなんて私には理解できません」、なんて、ついきつい事を言ってしまった。
「俺達にとっては、なにも終わってなどいないんだよ」
暗く冷たい声が聴こえた。
ここの孤児達はね……と続く
「戦争で親を失った子ばかりなんだ。未だ弔慰金は支払われず孤児院の予算自体も薄い。金はいくらあっても足りない。全然、足りないんだ。」
「もしかして、貴方……」
孤児院に寄付するために『決闘代行』を?
「君を襲った酔っ払いがいただろう?奴もあんな男じゃなかったんだ。戦時中の彼は戦車を操る英雄だった。でも、命がけで国のために戦い帰ってきたら、市井の人々から勝てなかったと責められた。『人殺しは雇えない』と言われ定職にもつけない。それで腐ったんだ。」
クリミアは驚愕に目を見開いた。
それは、あの酔いどれた男の話であると同時に、目の前の男の話でもあるとわかった。
彼も戦地にいたのだ。そして、辛い戦いは形を変えて今もなお続いている。
「君は包帯を巻くのが上手かったね。戦地で騎士達の手当てでもしていたのかな?」
「え、ええ。」
「俺達平民上がりの義勇兵には、包帯なんて殆ど支給されなかったよ。それが原因で命を落とす奴もいた。今の俺の怪我なんて掠り傷さ。」
済まないが、以前貰った包帯と消毒液はそのまま孤児院に寄付させて貰ったよ。子供達に万一の事故があった時のために。
そう言われてクリミアは絶句した。
ふらふらと屋敷に戻り、青い顔をした彼女を周囲は心配したが、彼女は何も答えなかった。その晩彼女は、ベッドで少しばかり泣いた。
そんな二人の再会は、その五日後のことだった。
「……まさか、また孤児院に来てくれるとは思わなかったよ」
「私も来て良いものか悩みました。これは偽善ではないかと。しかし、何もしないよりは偽善であっても何かするべきだと思いまして……」
「気が合うね。実は俺もそう思っているんだ。」
きつい物言いをして済まなかった。
いいえ、こちらこそ事情を想像する努力もせず、申し訳ありませんでした。
そう言って二人は和解した。
それからと言うもの、クリミアは休日の度に孤児院を訪れる様になった。自分のできる範囲で寄付を行い、また子供達に本を読んだり読み書きを教えたりと支援を行う。
またモートンも良く孤児院を訪れており、半年も経つ頃には二人は打ち解けた間柄になっていた。
ある日はクリミアがよく話をした
「それでね、ラグラン様は花嫁が幸せになるための4つのアイテム『サムシング・フォー』として、新しい長手袋、先祖代々伝わるブローチ、母から借りたネックレス、サファイアの指輪を用意されるみたい。エイミー様は嬉しそうだったわ。結婚式が楽しみ。」
「そうか、それは素敵だね。彼に負けた甲斐があると言う物だ。」
「あらやだ、ごめんなさい私ったら!」
時にはモートンが話す事もあった。
「それで、灰色男は本気の時だけ言うんだ『我らの名誉の章典にしたがい君に私を殺害する権利を与えよう』ってね。いやー、アレはカッコ良かった」
「なんか聞いた事あるセリフね」
モートンはどうやら、昔母親に連れられて一度だけ見た芝居がえらく心に残っているらしい。
彼は、母は誇り高い人だった、とも言った。詳しくは語らなかったが、貴族のお手つきか何かで身籠った女性で今はもう亡くなっている様だ。
クリミアはやがて、目の前にいる誇り高く孤独な男を、愛おしく思う様になった。
だから、二人で並んで作業している時に、ぽつりとこう口にした。
ねえ、モートンーー
「私の籍に入る気はありませんか。」
所謂、逆プロポーズだった。
自分の籍に入ってくれれば、仕事にだって色々と便宜がはかれる。望まぬ『決闘代行』にも手を染めさせなくて済む。そんな考えもあった。
モートンは答えた。
困った顔で笑いながら。
「いい女の誘い。とても惜しいが……やめておくよ。俺は自分の思うままに生きたいのでね。」
「そ、そうですか。そうですよね、入籍は人生の墓場ともいいますし。アハハ、変なこと言ってすみませんでした。」
交渉は決裂した。
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
それから二人が会話をする事はとんと減った。
ただ、孤児院で顔を合わせることは続いていた。自分が気まずさを避けるよりも、孤児達の為に尽くすことの方を大切に思っていたから。
そんな二人の関係に再び転機が訪れたのは、意外にも社交パーティーでのことだった。
きっかけはホール伯爵の与太話。
先の戦争で、自分はとても勇ましく国の為に戦ったと吹聴するホールをみて、クリミアは失笑していた。
モートンに実情を聞いていたからだ。ラグランの父親など立派に勤めを果たす貴族も大勢いた中で、ホールは実に酷かったと言う話を。
自らが戦いの場に出ることはなく、戦術も支給もボロボロ。一番戦果が薄く、死傷者の高い部隊だったと言う。
しかし、そんな実情を知っているクリミアにホールは話を振った。自慢話で気分良く自己陶酔し、冷笑を微笑と勘違いしていたようだ。
「戦争に勝ちきれなかったのは、平民あがりの義勇兵が臆病な役立たずばかりだったからだ。そこの下女よ、お前にだってわかることだろう。」
「いいえ伯爵、わたくしはそうは思いません。義勇兵の皆様が勇敢に血を流してくれなければ、我が国は敗戦すらあったと愚考します。」
その返答に怒ったホールはクリミアを指導と言う名目で散々にこき下ろした。お前の目は節穴だ、安全圏から見ていただけの卑怯者のくせにと。
周囲はクリミアに憐憫の目を向けながらも、男の伯爵と女のメイドには明確な身分差があることから口出しできずにいる。
唯一、主人のエイミーは割って入ろうとしたが父親に止められていた。ラグランとの結婚を近日に控えており、特に今は大きなトラブルを起こすわけにはいかなかったのだ。
「なんだその反抗的な顔は!戦場で戦ったこともない女が生意気だな。身体に教えてやる!」
ホールが手を振り上げるのをみて、クリミアはまずいと思った。
しかし、自分は何も間違ったことは言っていない。後悔はない。
ホールを見据えたまま唇を噛むクリミア。
しかしその前に、ヌッと割って入る影があった。
「な、なんだ貴様!人が女を躾けてやろうという時にこの無礼者め」
「無礼なのは貴君の方だ」
影の正体はモートンだった。
礼装に身を包み髪をあげ、貴族のような出立ちをしている。彼は自らをモートン・ソワイエ子爵令息と名乗った。
なんで彼がここに?
この時点で目を白黒させるクリミアだったが、モートンが「ホール伯爵よ」と続けた次の言葉に、さらに驚愕することになる。
「君は大声で私の愛しい人を侮辱してくれた。よって我らの名誉の章典にしたがい君に私を殺害する機会を与えよう。私は今この場で君に決闘を申し込む。」
パーティー会場は沸きに沸いていた。
ホールが決闘を受理したからだ。
散々勇ましく戦ったと吹聴していた上に、陸軍総督のフィッツロイ公爵が「では私が立ち合い人勤めよう」なんて言いだしたので、引っ込みつかなくなったのだろう。
「き、貴様は、浅ましく『決闘代行』などしていた男だろう。しかも最近は負け続きだったと聞くぞ。そんな輩に吾輩が負けるものか!」
口汚く罵るホールに会場中から失笑が漏れる。ホール自身が浅ましく『決闘代行』を雇っていたことは周知の事実だったからだ。
そんな中でモートンは、罵倒などどこ吹く風で冷静に敵を見据え、言った。
「後は剣で語りたまえ」
勝負は一瞬でついた。
へっぴり腰の一太刀をひらりとかわしたモートンはホールの太ももを切りつけたのだ。悲鳴をあげてうずくまるホール。
それを無感動に見下ろすと、モートンは視線を外し真剣な目でクリミアを見据えた。クリミアの心臓が跳ねる
二つの意味で
「モートン、後ろ!」
「まだ勝負はついていないぞ!」
ホールが死角から襲いかかってきていた。
ホールは革手袋をつけた左手でモートンの剣を掴み、右手の剣で心臓を狙って刺突を繰り出す。
ガッ
「あ、あがが……」
声はホールのものだった。
モートンはホール剣の腹を左脚で蹴り軌道を逸らしたばかりか、続けざまに右後ろ回し蹴りで下顎を撃ち抜いたのだ!
顎が外れたらしく、言葉を発せないホールの目の高さでモートンは剣を真横に振った。
「〜っっ!!」
両目を押さえてのたうちまわるホール。
立ち合い人のフィッツロイ公爵は再びモートンの勝利と決闘の中断を宣言した。今度こそ、決着である。
ホールが担架で運び出されてからも、会場は熱気に包まれていた。
決闘でいけすかないホール伯爵に泡を吹かせ、フィッツロイ公爵から『戦時中、ホール伯爵の報告書には疑わしい点が多くてね。今度ゆっくりと戦地の真実を教えてくれ。』と目をかけられたあの青年は何者なのだと会場中がざわめいている。
しかし注目の的となっているモートンは、有頂天になってはいなかった。むしろ決闘の時よりも真剣な表情をしている。
衆目監視のもと、彼はクリミアだけを見据え真摯な声で言った。
「君は私達の名誉を守ってくれた。よって我らの名誉の章典にしたがい、君に私を殺害する機会を与えよう。」
まるで芝居のような台詞。
クリミアは、大いに驚いた。
驚きながら、過日の言葉を思い出す。
ーー本気の時だけ言うんだ『我らの名誉の章典にしたがい君に私を殺害する権利を与えよう』ってね。
ーー入籍は人生の墓場ともいいますし。
「私は今ここに、君に結婚を申し込む。」
◇
「お二人さん、港町が見えてきましたぜ!」
刀傷のある強面に笑みをうかべて、馬車を操る業者が言う。
決闘騒動から一年後、子爵とその夫人となった二人は、少し遅い新婚旅行中だった。
過日、義によって『決闘代行』を引き受けた際、老紳士に気に入られ、養子となったモートン。
彼はその後すぐに家督を譲られ、退役した兵士達を雇って事業を起こした。最近やっと一息つけるようになったが、軌道に乗るまでは、二人とも目がまわるような忙しさだった。
「頼むから宿ではゆっくりしてくれよ、クリミア。君は働き者すぎて心配になるんだ。もう少し、自分の身体を大切にしてくれ。」
「貴方にだけは言われたくないですよ。嫌な奴に雇われた時の決闘代行はわざと負けるとか、無茶苦茶してた人にはね。」
それを言われると返す言葉がないなぁ。
と困った顔で笑うモートン。
「でもほら、誇りを持つことは大切だろう?」
「誇りもいいですが、説明責任はもっと大切ですよ。」
私、本気で凹んでたんですからね。
『こっちから求婚するから準備ができるまで待ってくれ』って言ってくれれば良かったのに、とクリミアが膨れる。
これ、もう何十回目にもなるやりとりだ。
その度モートンは白旗をあげるのがお約束。
平謝りする彼を許してやりながら、クリミアは思う。大変な旦那様を持ってしまったが、この結婚も存外幸せだよなと。
ふと『サムシング・フォー』を思い出した。
それは花嫁が幸せになるための4つのアイテム。
新しいもの、借りたもの、青いもの、古いもの
(新しいものは孤児院からもらった寄せ書き、借りたものはエイミー様から『一生貸すわ』と渡された新婚旅行用ドレス、青いものは目前の大海原でどうかしら?……うん、素敵。あとは古いものだけど)
何か無いかしら、と思索に耽り始めた彼女に、モートンは使い古された言葉を囁いた。
ねぇ、クリミアーー
「愛しているよ」
(了)
この小説は影法師 皆様がたのお目がもし
お気にめさずばただ夢を 見たと思ってお許しを
※本作は漫画『ゴースト&レディ 』に影響されています