視線の中の僕
怜はセレナに森の家で目覚めた経緯と服の話を語る中で、自身が『巫女』として選ばれた存在だと知らされる。祈りの力と服の意味、セレナの過去――多くの謎に触れながらも、怜はまだそれを完全には受け止めきれない。やがて街へ向かう二人。獅音との違いに怜は戸惑いながらも、自分の歩みを選び始める。
セレナと一緒に、石畳の街通りを歩く。その一歩ごとに、怜のスカートは小さく揺れた。髪が頬にかかり、胸元の布がかすかに上下する。それらはすべて、今の自分が『女の子の姿をしている』ことを否応なく思い出させた。恥ずかしさから、視線が地面に落ちる。
そして、スカートや胸元が揺れる度に、視線が向けられている気がして、ふと視線を持ち上げる。すると、街行く人々から向けられる視線を感じた。老若男女問わず、ちらりと見られては、ワザとらしくそらされる。いくらかの若い男は、怜の気持ちも考えずに、上から下までジロジロと見ていた。彼らが特に見ていたのは、顔と胸、そして脚。
(やっぱり、ちゃんとした下着を着てきた方が良かったかな。でも、そんなの恥ずかしいし……)
二つの感情が怜の胸の内で揺れる。自分の身体や見た目を意識すればするほど、誰かの視線が突き刺さるように感じて、歩幅はどんどん小さくなる。手の中にある住民証を、ギュッと握りしめる。靴音も遠慮がちになって、ついにはほとんど立ち止まりそうになっていた。そんな怜を気遣うように、セレナが優しく声をかける。
「レイ、大丈夫?」
「その……なんで、みんな僕を見るんですか。やっぱり、どこかおかしいんじゃ……」
セレナと目を合わせるのも気恥ずかしく、怜は道端に視線を向けながら、ぽつりとつぶやいた。その言葉を聞いて、セレナは少しだけムッとしながら。
「おかしくなんてないよ」
キッパリとそう言って、それから柔らかく微笑んだ。怜の視線は、変わらず地面に落ちたまま。
「レイが可愛いからさ。だから目を引く。それだけだよ。堂々としてていいんだ」
その言葉は嬉しいはずなのに、どこか居心地が悪い。怜は少しだけ俯いて、それでも、セレナの手に引かれて、また歩き出した。
人に見られている羞恥心に気を取られていたせいか、もうひとつの違和感に気づくのが遅れた。
(……あれ、もしかして……)
下腹部にじわじわとした重みが広がっていた。森の家を出てから、すでに何時間も経っている。食事も水分も摂っているのに、気づけば一度もトイレに行っていない。
「……セレナさん」
「ん?」
「……ちょっと、トイレ行ってきてもいいですか」
セレナはにっこりと微笑んだ。
「もちろん。あそこの角にあるからいっといで。やり方とか、分かる?」
「は、はい。たぶん。座ってして、拭けばいいんですよね」
「うん。スカートだから、脱ぐ必要はないからね。座るときに捲って、終わったら前から拭けばいい」
「わかりました。その、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
セレナはなにも恥ずかしがることなく、からかうこともなく答えた。それは怜を女の子として認めているという表れにも思えた。
──◇──◇──◇──
街角にあったのは、石造りの建物の隅に設けられた簡素なトイレだった。人通りはパラパラとあるものの、それほど多くない。誰かにじっと見られているわけでもない。それでも、怜の足は止まってしまった。
(女の子の身体で……女の子のトイレに入るなんて……思ってもみなかったな)
女の子が座って用を足すことは知っている。けれど、自分がするとは思っていなかった。ズボンを下ろして立ったまま用を足すのが当たり前だったのに、今はもう違う。勇気をもって女子トイレに入れば、男子トイレと違って個室しかなく、妙な違和感があった。
(やるしか、ないよな)
覚悟を決めて個室に入る。鍵をかけた音が、妙に大きく響いた。
ふと視線を落とすと、スカートの裾がふわりと揺れていた。それをそっとつまみ上げ、胸元に手繰り寄せる。ショーツに指をかけて引き下ろす動作が、妙に女の子っぽく感じて恥ずかしかった。自分のそこを見るのは恥ずかしくて、何かが変わってしまう気がして、視線は向けないようにした。
便座に腰を下ろすと、お尻と太ももにひんやりとした感触が伝わった。しばらくして、股間から震えるような感触。足の間には何もなく、そこから直接出ていく。その瞬間、怜の中に残っていた『男』の感覚がパラパラと崩れ落ちていくのがわかった。座ってするという、女の子にとっては当たり前のことが、これほどまでに性別を突きつけてくるとは思わなかった。
終えた後も、拭き方や姿勢に迷いながら、何とか済ませて個室を出る。洗面台で手を洗っていると、鏡の中の自分が目に入った。アジサイ色の柔らかく長い髪に、少女の顔立ち。
(……どう見ても、女の子じゃん)
他人のように思えたその顔が、徐々に『自分』にしか見えなくなっていく。そんな事実が、ひやりと胸の奥を撫でた。
──◇──◇──◇──
外で待っていたセレナが、自然に声をかけてくれた。
「おかえり、レイ。大丈夫だった?」
「……はい、なんとか」
うなずいた声が、少しだけか細く震えた。怜はまだ、完全にこの身体に慣れてはいなかった。でも、ひとつ、確かに『乗り越えた』感覚があった。日常の中で、女の子としての生活が、また一歩、現実になっていく。
気を取り直して服屋さんに向かおうとした二人だったが、怜がおずおずと申し出る。セレナに面倒をかけたくはなかったが、今の怜には大したお金もない。心苦しいながらも、素直に頼んだ。
「セレナさん。その、住民証ってどこに入れておけばいいんですか?」
「え? あぁ、そっか。女の子の服、ポケットないもんね。じゃあ服の前に、鞄を買いに行こうか。それまでは、私の鞄の中に入れていていいよ」
怜はセレナに住民証を渡した。自分の生命線を預けているような気がして少し落ち着かなかった。
──◇──◇──◇──
服屋さんに向かう途中にあった小物屋さんで、セレナと怜は鞄を選んだ。
(女の子は妙に小さなカバンを良く持ってたけど、こういう事だったのか。なるほど……実用性がないとか思ってたけど……)
ちょっと小物を持って歩きたいだけでも、スカートにはまともなポケットが付いていないし、ものを入れたら不自然な揺れになってしまう。女の子の服は、その意味で実用性が乏しかった。
それを補うための、小さなカバンだった。沢山物を持ち運びたいわけじゃないし、邪魔になっても困る。そして何より、服とのコーディネートができる。だから、小さなカバンをいくつも買うのだろう。
「この辺りが良いかな。いろんな服に合わせられるし、そこそこ入るよ」
セレナが薦めたのは、壁に掛けられた小さなショルダーバッグだった。布地は柔らかな生成色で、ところどころに淡いラベンダーの刺繍が施されている。装飾は控えめなのに、どこか優しい雰囲気があった。
「ちょっと、女の子っぽいですね」
「気になるなら、もっとシンプルなのもあるけど」
「いえ。その、嫌というほどでは」
せっかくセレナが選んでくれたのだからと、怜は手に取って中まで確認した。ファスナーを引いて中を覗くと、小さなポケットがいくつか付いていて、手帳やハンカチを入れるのにちょうど良さそうだった。肝心の住民証も、ちょうど収まる場所がある。
「結構軽いし、小さいんですね」
「うん。毎日持ち運ぶものだからね」
それから怜は店内をぐるりと回り、結局、セレナが選んでくれた鞄に決めた。今の自分なら、持っていてもおかしくないはず。そう言い聞かせた。それに、自分のために選んでくれたというのが、心から嬉しかったから。
──◇──◇──◇──
セレナに連れられて向かったのは、路地裏の小さな服屋さんだった。店先には色とりどりのワンピースやチュニックが吊るされ、ひと目で女性向けの店だとわかる。普通なら入ることすら憚られるような場所だったが、セレナの足は止まらず、お店の入り口の前まで連れてこられた。あとは扉を開くだけというところで、船頭役を怜に受け渡したセレナ。怜は思わず立ち止まった。
「ここだよ。さ、入ってみよう」
「ちょ……ちょっとだけ、待ってください」
セレナは尻込みする怜のことを急かさず、茶化さず、どっしりと構えて待っていた。
「うん。ゆっくりでいいよ。準備ができたら教えて」
ちらりと横目でショーウィンドウを眺めると、怜の胸が高鳴った。自分に女装の趣味はなかったはずなのに、その感情はどう考えても、服に魅力を感じて生まれたものだ。見知らぬ誰かが、胸の奥で小さく囁いた気がした。『これを着てみたい』と。
(男だったくせに、なんでそんなこと……)
戸惑いに隠れて、怜は気づいていない。『今の自分は女なのだ』と、自分の体を受け入れる準備が整ってきていることを。
「……よし、大丈夫、行けます」
怜の決心がつくと、セレナは怜の手を引いて中に進んだ。店内は意外と広く、異世界らしい民族調の刺繍が入った衣装や、ふわふわのレース、リボンのついたものまで、様々な服が所狭しと並んでいた。女の子の服は何もかもが多種多少で、その物量に圧倒される。
運のいいことに、他のお客さんはいないようだった。時間はお昼過ぎくらいか、通りの様子を見るところ、きっと平日。みんな仕事をしているのだろう。
怜があたりをきょろきょろと見回していると、奥から店主のお姉さんがパタパタと駆け寄ってくる。すらりとした体つきの、少し高めの背をした人だ。彼女はセレナに声を掛ける。
「あれ、セレナ。久しぶり。珍しい子を連れてきてるじゃない。新しい子?」
「あぁ、今日来たばかりの、新しいリンキシアなんだ。服がないから、何着かまとめて買おうと思って」
店主とセレナは随分親しい間柄のようだ。きっと、セレナの行きつけの店なのだろう。店主は怜に視線を移すと、柔和な笑みを浮かべた。
「そうなんだ。大変だったね。ここはリンキシア御用達なの。安心して、好きなのを選んでいってね」
店主は『大人の女性』然としていて、『もしかしたらセレナも元々あんな感じだったのかな』、と思わせた。店主とセレナが妙に仲良さそうなのは、その繋がりで馬が合うからかもしれない。
「……昔の私みたい、とか思ってる?」
怜がセレナと店主を交互に見ていたから、その思考は筒抜けだった。怜は『あはは……』と笑ってごまかし、セレナは苦笑しながら、『可愛いから許されると思って、乱用しちゃダメだからね』と窘めた。
怜が店内を見渡すと、確かに品ぞろえがとても幅広く、どれかは自分の好みに合うだろうと感じた。女の子らしいものもあれば、ユニセックスなものもある。ショーウィンドウの品ぞろえにしり込みしていたけれど、案外ハードルの低い店だったようだ。そんな思考を読んだかのように、セレナが少し自慢げにして言った。
「ちゃんと店は選んでるさ。さぁ、時間もないし、早速見てみよう」
「まだ、午後になったばかりくらいですよね?」
「そうだけど、女の子の買い物ってのは、時間がかかるって相場だろう? 服だけじゃなくて、部屋着も見ておきたいしね」
セレナはちょっと悪戯っぽく笑った。怜は思わず、ドキリと胸を高鳴らせた。
──◇──◇──◇──
「セレナ。こんなのなんてどうかな?」
店主の女性が怜を一目見て、奥からひとつの服を取り出してきた。それは淡いピンクのワンピースだった。胸元に小さなリボン、ふわりと広がるスカート、軽やかな生地。明らかに『女の子』らしさ全開の服だった。
「い、いや、僕……私は──」
人前で『僕』は体に似合わないだろうか。女の子の見た目をしているのに。女の子の服を着ているのに。そう考えて、怜は慌てて言いなおした。それは、怜が初めて自分を『私』と呼んだ瞬間だった。セレナはそれを逃さず聞きとっていたが、その一人称に対しては口を出さなかった。代わりに、店主が持ってきた服を、店主と一緒に薦めた。
「まぁ、一度着てみるといい。大丈夫、嫌なら戻すだけだし、何度も同じような服を試させたりもしないよ」
服に関してはセレナも譲らないし、店主も妙に乗り気となっては避けられず、怜は観念して試着室へと入った。
目の前には大きな鏡。入り口はカーテンで仕切られ、店主とセレナが雑談しているのが聞こえる。そんな中で服を脱ぐなんて、怜にとっては足がすくむくらいに恥ずかしかった。この世界に来て、まだ一度も自分の体をまともに見ていないのだ。森の家で着替えた時は獅音を意識して、自分の身体から目を逸らしていた。その次が今なのだ。
しかし、そのままただ突っ立っているわけにもいかない。怜は何度か深呼吸をした。店内に漂う、女の子っぽい甘い香りが鼻腔をくすぐり、胸いっぱいに広がる。
(……よし、脱ぐぞ)
ブラウスのボタンをはずして脱ぎ、そのままスカートも一緒に脱いだ。怜が鏡をちらりと覗くと、女の子の下着を着た自分。その下は柔らかく膨らんだ胸と、のっぺりして突起のない股間。どこからどう見ても女の子だ。
(今の僕、女の子、なんだよな)
今の自分は女の子。だから、ワンピースを着てもおかしくない。そう自分に言い聞かせて、壁にかかっていたワンピースを手に取った。思ったよりもずっと軽い。フリルまで付いていて、女の子度はかなり高い。可愛いのに、何となく威圧感があった。
事前に教えてもらった通りに背中のチャックを開け、袖を通し、頭をくぐらせて着る。見るからに細い袖なのに、するすると腕が通っていくのが、少し不思議だった。しかし、胸のあたりには妙な違和感。気になって見下ろすと、胸の膨らみに服が引っ掛かっていた。気恥ずかしながらも胸に触れ、服のシワを伸ばす。
(よし。後は、背中のファスナーを閉めれば……こ、これ、とどくのか?)
背中のファスナーを閉めようとして、中々つかめない。まるで、一人で着替えることを想定されていないみたいだった。メイドのいるお嬢様なら何の問題もないだろうが、怜は一人で着替えないといけない。店主さんやセレナに言えば喜んで手伝ってくれるだろうが、着替え途中を見せるのは恥ずかしかった。
少し格闘して、自分の肩越しに鏡で背中を見ながら、細い指先の先端で、何とか摘まんで閉める。上まで閉めることができ、『セレナさんに頼らずに済んだ……』と胸をなでおろした。それから、鏡に向き合って、自分の姿を真正面から受け止める。
(これが、今の僕。──可愛いな)
鏡の中に居るのは、淡いピンクのワンピースを着た、アジサイ色の髪の女の子。ウェーブのかかった髪と、フリルで飾られたワンピースが調和している。上半身部分はピッタリと体にフィットして、胸の膨らみや腰の括れのラインが浮き出ている。スカート部分が空気を孕み、ふわりと脚に触れた。腰を回してみると、スカートが宙に浮く。中に風が入ってきて、下着越しに股間に触れる。さっきまでもスカートを穿いていたのに、これはまた違う感覚だった。
自分の恰好を眺めて見惚れていたなんて、怜は認めたくなかった。うぬぼれていて恥ずかしいし、自分が女の子だと認めるのも、気が進まない。しかし、事実、自分の可愛さを認識してしまった。思い出したのは、街中で浴びせられた視線。これだけ可愛い服を着ていたら、どれだけの視線を奪うだろう。怜の心はフワフワと浮かんでいく。その時だった。ハッと目を開く。
鏡の中、自分の背後に、獅音が見えた気がした。
(──気のせい、か。そうだよね)
浮ついていた気分は一気に冷め、首筋が冷たいものを伝った。もちろん、振り返ったところで誰もいない。獅音は今頃、この世界の仕事に汗水たらしているはずだ。それでも、怜の心の中には、想像上の獅音が居座った。
(獅音くんが見たら、何て言うかな)
『お前、中身まで女になっちまったか?』なんて揶揄ってくるだろうか。それとも、『似合ってるじゃん』と言ってくれるだろうか。森の家で着替えた時には褒めてくれたけど、今の彼はどうだろう。そんな取り留めのない考えが頭の中をグルグルと巡る。
ふと、カーテンの向こうから声がかかった。
「レイ、ちゃんと着れてる?」
「は、はい! 今着れました!」
随分とセレナを待たせてしまった。怜は慌てて変なところがないか確認すると、恐る恐るカーテンを開けた。
「その……どうですかね?」
もったいぶるように開けられたカーテンの奥から、着替え終わった怜が顔を出す。やがてカーテンが端まで開け放たれ、怜の全容があらわになる。その光景に、店主はもちろん、セレナまでもが目を丸くした。
「とってもお似合いですよ!」
「……うん、良く似合ってる」
満面の笑みで迎えてくれた店主と、柔らかく微笑んでくれたセレナ。その包み込むような出迎えに、怜は恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらも、どこか誇らしく感じた。
くるりと回ってみせる。その途中、鏡の中の自分をちらりと見る。そこに映るのは、今の『レイ=アサギリ』。服に合わせてふんわりとした印象に見える自分。たしかに『女の子らしい』と思えた。そして、そう悪くないと思ってしまった。
「まぁ、可愛いとは、思いますけど……」
「よし来た! じゃあ、次はこれね!」
思ったよりもずっと前向きな反応が怜から返ってきて、セレナは頬を緩めた。店主は活躍の場を見つけたとばかりに張り切って、店内を縦横無尽に舞い、次々と衣装をかき集めた。
──◇──◇──◇──
それから、何着か服を試した。試したのは大きく分けて二パターン。女の子っぽい甘々な感じの服と、ユニセックスでカジュアルな服だ。
わんこそばみたいに次々服を渡され、着替えて二人に見せる。それをひたすら繰り返し、一時間は経っただろうか。試着室の壁に掛けられた大量の服が、その壮絶さを物語っていた。鏡の中の女の子は、すっかりくたびれた表情をしている。
(もう、むこう半年は服屋さんに来なくていいかな……。冬が近づいたら、またセレナさんに連れてこられるかもしれないけど)
そう思いつつ、何となくその希望は叶えられないだろうことも想像がついた。女の子は自分を着飾るのが好き。なにかにつけて、アクセサリーだったり、服だったりを買っているイメージが、怜にはあった。そして、心のどこかで、それもまた悪くないと思っている自分もいて、少し戸惑った。
沢山試した服の中から、今日この後着る服に選んだのは、デニムのショートパンツと淡いラベンダー色のパーカーだった。男の頃から着ている服と似通った、動きやすい服装だけれど、明確に女の子向けのつくりをしている。ショートパンツは股上に余計なスペースがないし、股下十センチくらいの丈だから、透き通った肌の柔らかそうな太ももとふくらはぎがむき出しになっている。パーカーも細かく可愛らしいデザインが施されていた。
(これ……いいな。そんなに女の子女の子してないし、でも今の僕の身体にも似合ってる。可愛い、かも)
怜が思わずそう感じてしまうくらいには、服の雰囲気も含めて整っていた。怜が持っているどこか男の子っぽい荒々しさが、女の子として完成されている容姿と引き立て合っている。男の子っぽさと女の子らしさを、選んだ服が絶妙に繋いでいて、不思議と『今の自分』にしっくりきた。怜は一度元の服に着替えてから、試着室を出てセレナに手渡した。
「これ、着ていきます。買うのは、これと……これもお願いします。あと、さっきの部屋着も」
「うん。分かった。良いチョイスなんじゃないかな。お疲れ様」
「ほんと、疲れました……。私のためなんだから、文句は無いんですけど。女の子の服をまともに試したの、初めてですし」
疲弊した様子の怜に、店主は苦笑いをしながら頭を下げた。
「あはは……ゴメンね。モデルが余りに可愛くて、つい……。反省してます」
「全く。これでレイが女の子の服に抵抗を持ったらどうするのさ。好みで選ぶならいいけど、『女の子っぽい服は嫌いだから』なんてネガティブな理由、ちょっと悲しいよ」
セレナは店主を大げさなくらいに叱り、店主は背後に黒い雲が見えそうなほどに落ち込んでいた。そんな様子を見せられては、怜も許す気になれた。これは店主にとっての、一種の禊なのだろう。
「まぁ、いくつか着れるのはありましたから。最初のワンピースとか、長めのスカートなら。短いのはちょっと……恥ずかしくて」
「今のレイの歩き方だと、パンツが丸見えだろうしね。賢明な判断だと思うよ」
冗談交じりにそういったセレナは笑っていて、年相応の少女に見えた。失礼ながら、『セレナさんも人間なんだな』と思ってしまい、怜は自省した。
ショートパンツとパーカーは着替えるために店員さんがタグを切り、怜の手元に渡された。他の服はレジへ運ばれ、セレナが会計を済ませる。
会計の間に怜が着替え、試着室から出てくると、そこには大きな紙袋が二つ並んでいた。着てきた服や部屋着も一緒に包んでもらった結果だとはいえ、袋一杯に服が詰められた様子は圧倒された。
「女の子の服って、どうしてこんなにかさばるんですか?」
「やっぱり、ふりふり~ふわふわ~ってしてるのが可愛いからじゃないかな。さ、次のお店に行こう」
セレナは服が好きなのか、妙に見た目相応の振る舞いになっていた。怜はそれに失笑しながら、店を出ようとするセレナについて行った。
「次はどこに行くんです?」
セレナはひと呼吸を開けてから、続けた。
「次はね、下着を買いに行くよ」
「し、下着ですか……?」
怜は思わず胸元に意識を向けた。試着室の中で確認した、その柔らかな感触があらためて思い出され、どきりと心臓が跳ねた。
(僕が、女の子の下着を……?)
セレナの視線が、ふと、怜の胸元を撫でたように見えた。厚手のパーカーを着ているのに、セレナの前では、服の厚みなんて意味をなさない気がした。
TS娘の醍醐味ラッシュがしばらく続きます
Fanboxにて、今後の投稿スケジュールやキャラクター裏話などをまとめています(無料)。
▶ https://sfon.fanbox.cc/
※小説の先行公開などは、そちらでひっそりやってます