1話「思い出に残る修学旅行」
この物語は、実際の人物とは関係ありません。
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第1話 思い出に残る修学旅行
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私の名前は京極夏彦。
高校3年生の女子だ。
小説好きの親が、私が産まれた時に、「私たちの好きな小説家の名前にしましょう!」と言ってこの名前を付けたらしい。
全く、いい迷惑だ。
私は、この名前と見た目のお陰で、人生を無駄にしている。
よく、「や〜い、小説家〜!」と馬鹿にされている。
「小説家」というあだ名を付けられている私だが、実際国語のテストの点は、からとても低い。
最高点数と言っても、たったの50点だ。
高いだろ!と思う人も居るかもしれない。
しかし、私は「小学生の頃」と強調した。
中学生になってからは、赤点しか取れない。
だから私は、頭の良い人が集まる高校には入れなかったから、3流高校に通っている。
男女問わず、不良がいて、校内を占領している学校に。
根が陰キャな私は、そんな学校に馴染める訳が無く、クラスでも独りぼっちだ。
しかも、顔面偏差値32の私が虐められない訳が無い。
先程「小説家」というあだ名を付けられていると説明したが、それはまだ良い方のあだ名だ。
私の酷いあだ名は──いや、言わないでおこう。
私は将来、看護婦になりたい。
だから看護専門学校に通うべく、勉強をしている。
こんな底辺学校出身でも、看護婦になれるって、私が証明してみせる!
今日は修学旅行。
絶対面倒臭いから行きたく無かったが、学校での事を何も知らない母が、「良いから、修学旅行に行きなさい」と言って送り出してくれたのだ。
私の大好きな母──私の名前については許していないが──の言う事を断れる訳も無く、仕方なく修学旅行に来ている。
「ギャハハハ!!」
「おい、その画像めっちゃエロくね!?」
「「「それな〜!!」」」
うんうん。
私の後ろで、男子共が騒いでいる。
その低俗な会話は、聞くに絶えない。
「えっ、何か臭くな〜い?」
「あっ、分かった!小説家じゃね?」
「え〜、やっぱりぃ〜?」
はぁ。
私の隣の女子共が騒ぎ出した。
これもまた、聞くに絶えない。
何でこのバスには、1人もまともな奴が乗ってないんだ!?
「右手に見えますのは──」
「え、あのガイドさんさ、やっぱ超美人じゃね?」
「え、俺も思ったわ!」
「俺の女にしてぇ……」
はぁ……。
今度は前の男子だ。
ガイドさんも気の毒に。
こんな馬鹿共のガイドをしなければならないなんて……。
「みなさ〜ん、静かに──」
「「「ギャハハハ!!」」」
酷すぎる。
余りに酷いから、笑えてくるわ。
「ねぇ、小説家笑ってない?」
「え、マジじゃん!キモォ〜!!」
「「「キモォ〜イ!!」」」
……。
もう何も言いたく無い。
「さぁ、皆さん!次の目的地に到着します!その前に、こちらが築150年と歴史の長い橋ですよ〜」
周囲が騒ぎ疲れて寝始めた頃に、ガイドさんが喋り出した。
こんな奴ら相手に喋んなくていいのに。
まぁ、一応私がいるし。
後ろでイチャイチャしている不良カップルの大人の営みの音なんて、聞きたくないし。
そして、それを撮っている馬鹿に、私の顔を撮られたくないし。
んにしても、築150年ってだけあって、歴史ある橋だなぁ……。
かなり長い橋だ。
全長300m程だろうか。
しかも、この橋は渓谷に出来ていて、橋の下は全く見えない。
石を落としても、地面に当たった音は聞こえないだろう。
それが例え硝子でも。
この橋を何度か建て直した跡があるが、それでもこの橋が醸し出す雰囲気は歴史を感じさせる。
150年前の橋が、ここまで立派に残っているとは……。
よくこんな橋作ったよな……。
修学旅行のせめてもの記念に見ておこう。
「さぁ、長い長い橋も、もう終わりです!」
ガイドさんの言う通り、もう橋を渡り切ろうとしていた。
後続車が誰も居なかったから、バス運転手さんがスピードを落として走ってくれた。
そのお陰で、短い時間の猶予を楽しめた。
運転手さん、ありがとう!!
その時だった。
突然、ミシミシッという音がした。
バス車内で鳴ったのかな?と思って大して気にしていなかったが、それは間違いだった。
ミシミシッという音は、メキメキッという音に変わる。
築150年の橋が、遂にその命を終えたのだ。
「キャアアアアアアア!!」
「落ちるッ!?死ぬッ!?」
「ウワアアアアアアア!!」
阿鼻叫喚の地獄。
それが、今のバス車内を言い表す、最適な表現だろう。
あぁ、私も死ぬのかな。
お母さん、お父さん、ごめん。
名前は嫌だったけど、産んでくれてありがとう。
小学生の時、テストで名前を書く時、めっちゃ面倒臭かったよ。
そして何より、あだ名が小説家になったの、めっちゃ嫌だったよ。
しかも、この名前のせいで友達が減ったのも、めっちゃ辛かったよ。
とにかく、名前がめっちゃ合わなかったんだよ!!!
私は、走馬灯を見ながら、そんな愚痴をこの場に居ない家族に零していた。
でも、最後にはちゃんと感謝した。
そして、思い出した。
私って、両親に感謝した事、滅多に無かったなぁと。
今ここで生き返れたら、真っ先に家族に感謝したい。
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拝啓
お母さん、私を産んでくれてありがとう。
お母さんの料理、大好きだったよ。
お父さん、私を育ててくれてありがとう。
お父さんが私の我儘を聞いてくれて、何度も救われたよ。
とにかく、ありがとう。
これが、私が今言える精一杯の言葉です。
そして。
お母さん、お父さん、ごめん。
私、お母さんやお父さんよりも先に、天国に行ってるね。
絶対に、天国でお母さんとお父さんが来るのを待ってるから。
絶対、天国に来てね。 敬具
京極夏子、京極俊彦様 京極夏彦
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今私が両親に手紙を出すとしたら、こんな感じの内容になっているだろう。
しかし、こんな手紙を両親に出す事は出来ない。
何故なら、私たちが乗ったバスは、奈落の谷に吸い込まれたからだ。
これで、とても思い出に残る修学旅行になったよ。
まさか死ぬ事になるなんてね……。
それじゃあ「小説家」のあだ名に恥じないように、ここで短編小説でも──いや、ここで一句でも詠んでから死のうかな?
整いました。
橋の下 見えない底に 吸われてく 京極夏彦
絶対、本物の京極さんはこんな駄目駄目な句は詠まないだろう。
ただの偽物京極夏彦が詠んだ句なのだから。
これが、私の本気なんだもん。
私は、何とも思わずに意識を手放したのだった。