消えた五十両
むかし、むかし。茶碗を売る店があった。
そこの番頭はソロバンが得意であった。
お客さんがたくさん買い物しても…
パチ! パチ! パチ! パパチ!
…とすぐさま計算し、お客を待たせることはなかった。
「なに、カンタンさ。品物の値段を覚えているから、勝手に指が動くんでさ」
番頭はケラケラと笑うのだった。
ある日のこと。
ひとりの若い男が店に入ってきた。
「うむ、これは…なかなか…」
店の茶碗をながめ、それぞれの手に金の茶碗と銀の茶碗を手に取った。
「番頭さん、この茶碗は、それぞれいくらするんだい?」
「へい、金の茶碗は百両、銀の茶碗は五十両でございます」
「そうかい…ありがとう」
そういうと男はしばし、考え込み…
「よし決めた!この銀の茶碗をおくれ!」
「はいよ、五十両でございます」
男はお金を払うと銀の茶碗を抱えて店を出ていった。
男が虫のように小さくなったとおもったら、なんと引き返してきた。
「どうかしなすったかい? お客さん? 忘れものですかい?」
「やっぱり金の茶碗にしようと思ってね」
「さようでございますか…どうぞ」
と、金の茶碗をわたした。
男がそのまま持っていこうとするもんで、番頭さんはあわてて引き止めた。
「ちょいと、ちょいとお客さん。金の茶碗は百両でございますよ」
「…へ!? おいおい、きちんと支払ったろう?」
「???」
と、番頭さんはどうにも腑に落ちぬ顔。
「いいかい? 最初に払ったお金が五十両」
「そうですね」
「だろ?そんでいま、返した銀の茶碗が五十両だ」
「そう…ですね……」
「銀の茶碗は五十両って番頭さん言ったじゃないか」
「そう……です……ねぇ……」
番頭はやっぱり浮かぬ顔。
「五十と五十。合わせて百じゃないか」
「ああ、なるほど…ねぇ…」
しかし番頭の手には、五十両だけ…。番頭は大きく首をかしげる。
「納得いかないかい?…そうだなソロバンをつかいなされ」
番頭はソロバンを持ってきた。
「さあ、番頭さん。ちゃんと計算してみてくださいよ」
番頭はまばたきせず、気合いを入れてソロバンをはじいた。
「では…、銀の茶碗が五十両なので…最初に五十両を支払った…」
パチン!
「つぎに銀の茶碗を番頭さんが受け取ってまた五十両というわけだ」
パチン! パチン!
「だからあわせて百両というわけさ」
「へぇ…たしかに百両だ。まいど………ありがとうございます」
「納得したかい? そんじゃ、あっしはこれで…」
番頭はお客さんを送りだした。
しかし、やっぱりどうにも腑に落ちない……。
番頭は男がかえったあとも、すきまの時間にソロバンをばじいておった。
「なんどやってもソロバンは百両だ。それなのに手もとには五十両…」
そろばんが得意な番頭も首をひねった。
「う~む、五十両はどこへやら………?」