最終章⑥
「え、は?何でグレンがいるの!?」
「ガッハッハ。これがグリント様の光魔法。幻透隠だ。影も形も見えなかったであろう!」
グレンは、いつからかアリシアと僕の側にいたらしい……会話は丸聞こえだったはずだ。ぶん殴りたい衝動に駆られたけど、なんとかそれを抑え込んだ。
「……いつからそこにいたの?」
「ワシは巨竜故、楽しげな所に入れんでな、この庭で魔法を試しておった。そこにお主達が来たから、跡を付けてみたということよ」
「あー、なるほど」
どうやらグレンはパーティ会場に入れず、不貞腐れた後、この中庭にて魔法で遊んでいたらしい。そこにたまたま僕とアリシアが訪れたという事のようだ。
「聞かなかったことにして、なんて言わないけど、詮索もしないで欲しいです」
「お主、もうすぐ元の世界に帰るのであろう。そのことは皆に伝えたのか?」
「あ、いや……まだですけど」
唐突にグレンが話を変えたので、僕は言葉に言葉に詰まってしまった。
「お主が急にいなくなれば、みな、悲しむだろう。それに、事情を知っているワシが皆にどういうことか説明しなければならなくなる。めんどくさい!大事なことは自分の口で言葉にせい!ワシに大仕事を残さんでくれ。それに――」
グレンは悩む素振りをして間を開けた。
「それこそ、ワシはアリシアになんと言えばよいのか分からんぞ――大事な相手だからこそ、大事なことは自分の口からきちんと伝えるんだな。伝えるべきことを言葉にせずに溜め込むのは、お主のよくない性だ」
「大事な相手……アリシアが?」
「うむ。まだその辺りにいるだろう。追いかけるのだ!」
唐突に背中を押されて、僕は中庭を駆けた。何を伝えるのか頭に浮かんでいるわけではないけど、とにかく追いかけた。
広い庭の中央辺りまで二人で歩いていたのだ。まだパーティ会場には戻っていないはずだ。僕は、最低なやつだ。でも、最低なやつだと言うことくらいは、伝えておかなければならない。いや、何が何でも伝えたい。
「アリシア!」
建物へ戻ろうとするアリシアが見えたので、大声で引き止めた。彼女は声に驚きながらもこちらへ振り向いた。
「僕は、このあと元の世界へ戻ります」
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静寂の中、会場から溢れてくる音楽が聞こえてきた。どうやら楽器で演奏をしているらしく、優雅な音階が心臓の音をかき消してくれた。
「僕には、元の世界にやり残したことがあるんだ。正確には、やらなければならないことがある。僕は――元の世界で、孤独だった。決して浮いていたとか、仲間がいなかったってことじゃない。いつも一人で戦っていたんだ。自分のプライドを守るため、出来るやつだと思ってほしくて――ある意味クルエスと同じだった。孤独と戦うことが強いと思っていたんだ。でも、この世界に来て、アリシアや、ソウや、グレンや……いろいろな人に出会って、仲間を知った。共に戦うことの方がずっと良かった」
僕はなんだか恥ずかしくなり、頭を掻いた。
「まだ僕は、元の世界で何も成し遂げていない。僕は立派な人間じゃないから、過去を清算しないと前に進めないんだ。だから、その時まで待っていてほしい。何年かかるのか分からないけど、必ず戻ってきます。その時には是非――一緒に旅をさせてください。君を、旅の目的にさせてください!」
自分の正直な気持ちを相手に伝えるのは、いつぶりだっただろうか。アリシアから反応がなくても、心置きなく元の世界に帰れる気がした。アリシアはーー僕が思った通り何も返答してくれなかった。さっきの僕のように、それが答えなんだと理解すると、建物の入口へ向かった。
その途中、アリシアとすれ違って――目が合った。その瞬間アリシアが口を開いた。
「私も……待っています。だから、元の世界で、成し遂げてきてください。その時にはまた旅を」
アリシアの目には涙が浮かんでいた。僕も、悲しみ、苦しみ、葛藤、そして後悔――これで良かったのかという思いを振り返れば振り返るほど、涙が溢れそうだった。
これで、この世界ともお別れだ――
「それまで、元気で」
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建物に入った僕は、そのまま王宮を後にした。今更、異世界の住民だ、これから帰るだの担ぎ上げられたくなかったし、残り時間も僅かなのに、帰り際に後出しして姿を消すなんて、バツが悪く思えてしまったのだ。
時間を潰そうと王都の街並みを歩いていた。既に天にはパラパラと流星が見え始めており、間もなくピークを迎えるだろうと思われた。空気は酷く澄んでいる。この世界に来てから、ドラゴンがしこたま雨を降らせていたから、空気中の塵もすっかり流れ落ちてしまっているのであろう。
夏の季節のはずなのに、手足が冷える。やっと帰れるはずなのに、嬉しい気持ちをモヤモヤが覆い隠しているようだった。心残りは捨て置いたはずなのに、少しずつ振り返りたい思いが募っていく。
「もう後悔はしない。やりたいことはやりきった」
心残りは、ないはずなのに――
明らかに流星が増えてきている。それと共に、夜空を見上げ始める住民の数も増えていった。辛気臭い顔で、どちらかと言うと地面を見ながら歩いているのは、この街では僕くらいなはずだ。
なぜ何も言わずに飛び出してしまったんだろう。
なぜ強がって皆を突き放してしまったのだろう。
「"またこの世界で旅をしたい"って……これじゃあ、そんなことを言う資格はないじゃないか」
上空を見上げると、無数の流星が空を埋め尽くしていた。深夜なのに明るくて、願いを託す人々の表情が、全て見えていた。どれも、未来を祈り、平和を願う面持ちだった。
僕も――あわよくば、もし、願いが叶うなら、皆に一言だけでいいから、伝えたい――
『何も言わずに帰ろうとは、水臭いではないか』
突如、グレンの念話が聞こえた。驚いて振り返ると――みんなが走っていて、そして、僕に追いついた。
「元の世界へ帰る割に、辛気臭い顔してるじゃねぇか。最後くらい、笑ってサヨナラしようぜ」
ソウの口調は怒りながらも、顔は笑っていた。
「早急とは思いますが、あなたの決断なのです。そんな顔をせず――自信を持ってください」
ゾラは笑顔で僕に語りかけた。
「楽しかったよ~。また会おうね!」
ベルは相変わらずソウの頭にへばりついている。
「もしこの世界を強く想うのであれば……首から下げた魔導石に語りかけてください。みな、あなたには強く感謝しているのです。それでは、お元気で」
シスターは相変わらずの笑顔だった。
「初めて出会った洞窟が懐かしいな!またいつの日か遊びに来い。そのときはまたワシと契約してやろう。ガッハッハ」
グレンは能天気そうな、でもどこか寂しそうな表情に見えた。
そして、アリシアと目が合った。口元が震えているように見える――でも、アリシアはありったけの笑顔で、叫んでくれた。
「ハルさん、お元気で!」
温かい言葉で、みんなが僕の背中を押してくれた。そうだった。僕が伝えたかったのは、悲しい別れのセリフではなくて、もっともっと、その反対の言葉だったはずなのだ。寂しい終わり方は嫌だ。そして、みんなの心にそんな気持ちを残してしまうのは、もっと嫌だった。
僕は目頭を拭うと、みんなへ聞こえるように、全力で、腹の底から声を張り上げた。
「みんな……ありがとう!僕は元の世界に帰っちゃうけど、いつの日にか……またこの世界で旅をしたい!その時は、また仲間に迎えてください!」
みんなは手を振り上げてくれた――溢れんばかりの笑顔だった。それを見て、僕も笑顔になれた。この場に悲しげな表情の仲間は、誰もいなかった。
ふと、頭上の瞬きが頻度を増したように感じたので上空を見上げると、流星群が夜空を埋め尽くしていた。今が"その時"なのだと感じる。胸の魔導石に手を当てて、魔力を込める。すると、仄かに暖かな光が、魔導石を中心に広がっていく。光が全身を覆うと、少しずつ浮遊感を抱いた。足が地面から離れていく。
みんな、いつの日か、また会おう――
ことばは、既に口にすることができなかった。でも、皆は僕に手を振っている。視界が薄らいできているから、そろそろこの世界を離れる時間に違いない。
でもーー視線が合った。想いが伝わった気がした。だからこそ、彼はそのことばで送り出してくれた。
『ではな。相棒よ』




