最終章④
目を覚ますと、心配した皆が一斉に駆け寄ってきた。ドラゴンの体の時に光に包まれて、その光がかき消えた頃には僕とグレンに別れていたらしいから、グリントととの会話はほんの一瞬の出来事だったらしい。
でも、僕とグレンがグリントに謁見して、様々な話を聞いたのは確かな出来事だった。当然グレンもその事を覚えていたし、僕のグリントの力はグレンに移ってしまっていたからだ。グレンは水と風魔法が使えなくなってしまったので一人で飛行できないものの、超高スキルレベルの火魔法とーーそれに併せて光魔法も使えるようになっていた。グレンはそれが至極ご満悦だったらしく、しばらくの間王都を走り回って光の球を生成しまくっていた――後にベルからこっぴどく叱られており、いいお灸になっているといいんだが。
また、グレンとの従士契約は解除されていたのだが、なぜか念話は変わらず使えていた。グリントのサプライズプレゼントなのか何なのかは分からないけど、嬉しい置き土産だと思うことにした。
そして、しばらくしたらザブラスも意識を取り戻した。意外だったのは彼の臆病な性格で、クルエスは人でもドラゴンでも弱味に漬け込んで、いいように操っていたのだと再確認した。これまたザブラスもベルにこっぴどく叱られていて、当面は里から外出禁止になるらしい。また話を聞いて幸いだったのは、ザブラスは人間を殺していないということだ。本人はそれもできないくらい臆病な性格らしく、ハイエル村の壊滅はクルエス一派が全般の原因ということで決着した。そんな話を聞き終わると、ザブラスの謹慎のためブレア他ドラゴン全員は里へ帰っていった。グレンとベルだけはそのまま残って一晩を明かし、里に戻るとのことだ。この二匹が何を企んでいるのだろうかと不安に駆られるが、この際なのだ。多少のことなら大目に見ようと思う。
また、今回の事件は、人間とドラゴンの不可侵条約を、人間側がうまく伝承できていなかったことも原因の一つであるため、将来的には内容をしっかりと詰め、定期的に条約改正をしていく予定らしい。
この国は、何事もうまくいきはじめたのだ。種族関係なく新しくレールを作って、みんなで走り出そうとしている。今までは闇に覆われていたけど、それをかき消すと、実は前向きで、光に満ちた国なんだと実感できた。
その一方で、僕はというとーー壊滅した王都の復興に精を出して、主に肉体労働で一日を過ごした。もちろん、グリントと約束したように今日までの出来事は色々な人に伝えた。僕が異世界人で、今日には元の世界へ戻ってしまうかもしれないことを除いて。だから、話している最中、内心穏やかではなかった。グリントのあの言葉を考えないようにしていたのだ。『"本日深夜"までに決断せよ』との言葉を。好きになってしまったこの世界を離れるか、それとも元の世界に帰るのか――
夜には元々、王城内で大流星群を祝うパーティが企画されていたらしい。僕たちは、国の一大事を救った面々の一人として王宮のパーティに招待されたのだ。しかし、僕は深夜までにすべき決断のことを、どうすべきかずっと考え込んでしまっていた。だからこそ、楽しいはずのイベントなのに、心の底から喜べなかったのだ。
疎外感を抱いた僕は、外の空気を吸おうとそっとパーティ会場を抜けて、バルコニーへ向かった。
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僕は、バルコニーの手すりから顔を出して溜め息をついた。そこには一人としてパーティの参加者はおらず、しんと静まり返っている。それも当然か。国の一大事が解決して、みな今しか感じられない空気感と食事、大切な人との会話を楽しんでいるからだ。しかし僕は、どのような顔をして会場にいてよいのかわからなかった。ふとした瞬間に、元の世界へ帰るかどうかの悩みを口にしてしまいそうだったのだ。この世界で知り合った人はみな、いい人だ。もし、『元の世界へ帰りたい』と言えば、そんな僕の背中を両手で押してくれるだろう。
でも、そうじゃないんだ。僕は……この世界もーー
「あら、ここにいらしたのですね」
穏やかな声とともに突然バルコニーの扉が開いた。シスターだった。いつかと変わらない穏やかな顔で、僕へ笑みを向けてくれていた。
「姿を見なくなったので、探してしまいました」
「僕を探して、って……なぜ?」
「あなたへ感謝を伝えたくて」
シスターは扉を閉めると、僕の隣に来て、同じように手すりから顔を出した。
「そんな、あなたに感謝されることなんか一つもないですよ。だって僕は――」
「いくつもありますよ。でも、この二つは今日のうちに伝えておきたかったのです」
困惑する僕を諭すように、ほんの少しだけ語気を強めた。
「クルエスを止めていただきました」
「いえ、僕は旅の成り行きで……決着をつけただけです」
「あなたがそう思っていたとしても、です。私にとっては因縁の方でしたから――元ギルドマスターとしての」
「あ、その話は僕も今日初めて聞いて、驚きましたよ。まさか引退して隠居なさっていたのだとは」
「隠していた訳ではないけど、私としては過ぎた話でしたからね。でも、ずっと後悔していたのです。もっと早くに彼を止められていたはずでしたから」
シスターはそう言うと、いつもの笑顔に陰りを見せた。
「クルエスがギルドに加入した時から、彼の野心には感づいていました。しかし、仲間と協力してどんな依頼でもこなす姿に、『いつか変わってくれる』と期待をしてしまったのです。しかし、彼は、私や彼の仲間を欺いていました。彼にギルドマスターの地位を譲ったときにはもう遅かった――私はギルドを追われ、街を後にしたのです。そして、最終的にあなたが終止符を打った」
「だから、成り行きなんです。ほとんど仲間のお陰で、僕なんかは――」
「その仲間は、あなたを信用しているのでしょう?もうひとつ伝えたかったのは、アリシアさんについてです。あなたは、過去に縛られ、勇猛果敢にならざるを得なかった彼女の氷を溶かしたのです。確かに、あなたはそのためにわざわざ"努力"したわけではないでしょう。しかし、それらを無意識に成し遂げているところが、あなたの価値であり、皆が慕うところなのです。もっと、自信を持って良いのです」
シスターに褒められたことは間違いなかったけど、僕はどう反応すればよいのか分からなかった。しばし無言でいると、シスターはそっとバルコニーを離れた。そして、扉を閉めながら、「良い決断を」と一言残して去っていった。
何の決断なんだろう――
元の世界に帰ることは言っていないし、何か別のことなのか、それとも僕の聞き間違えなのか、勘ぐってしまった。
「おい、こんなところにいたのか!なんか話し声が聞こえると思ってよ、来ちゃったぜ」
「来ちゃったよ〜」
シスターが出ていき、締まりかけた扉を開け放ったのは、ソウとその頭にしがみつくベルだった。




