最終章①
閃光が消え去ると、そこには舌を出して倒れるクルエスの姿があった。気を失っているようだが、まるで生気が感じられない。再起してくることはないと思われた。ひとまず"戦いは終わった"と見て良さそうだった。
しかし、冷静になり、辺りを見渡すと、改めて王都は尋常でない被害を受けてしまったのだと痛感した。
噴水広場は、戦闘の主戦場だったこともあり、跡形もなくなっている。また、最後の僕とクルエスの応酬は、お互いが広範囲魔法だったこともあり、まさに被害を大きくしてしまった主要因だったのだ。
それに加え、時計塔なんかは付け根からボキリと折れてしまっている。折れた上半分は城壁の外に突き出ているのが見えーーソウ達がなんとか街の外へ運んでくれたのだろう。まるでその活躍が目に浮かぶようだった。
また、王都全体で見ると、上空で僕とクルエスが戦った時の流れ弾があちらこちらに降り注いでいたらしく、それまた街中に、まんべんなく被害を与えてしまっていたようだ。
その他の被害なんか、探せばまだまだ出てくるだろう。ただ、今は――
「終わった……」
安堵の声を呟き、背中から地面に倒れた。天は青く、遥か高い。ずっと気の沈むような天候だったから、陽気な朝の晴々とした気候がずっと清々しかった。喜びの声を上げる人々の声もまばらに聞こえ始めていた。ただ、何かが頭に引っ掛かっている。重要なことを忘れている気がするのだ――
「そうだ、日の出の時間過ぎちゃってる!ドラゴン達から攻撃されちゃう!」
「大丈夫だって〜。とっくに話はつけてあるから」
後ろ脚の方から漂うようにして、ベルが姿を現した。
「あ、そういえばさっき、話がついたようなこと言ってたっけ……でもどうやって交渉したの?」
「言葉の通りで、グレンのおじさんとザブラスの状況を里に伝えたら、全部理解してくれてね〜。あとは、クルエスを倒して、二人が無事に帰ってきたら満足だってさ〜」
「ドラゴン達がそれで納得してくれたのか……」
「このあとみんな連れてくるけど、その話もすると思うよ〜」
そう言いつつ、ベルはけたけた笑いながら、「迎えに行ってくる」と言い残して飛んでいってしまった。
「あの、ベルが飛んで行きましたけど、どうしたんでしょう」
「気にする必要はねぇ。仲間を呼びに行ったんだろ」
飛び立ったベルと行き違いになる形で、アリシアとソウが姿を見せた。二人共、服はボロボロだけど、旅で見せたことのない、はにかんだ表情をしていた。
「二人共……よくこんなに早く王都へたどり着いたね。お陰で助かったよ」
僕が感謝を告げると、ソウはとても照れているようだった。
「いや、母さんが転移の魔導石っての持っててさ、何とか間に合ったんだよ。俺たちが来なかったらマズかったかもな」
「あなたが研究所で"治癒の魔導石"を渡し忘れていなければ、来なくてよかったかもしれませんけどね」
「言ったな、アリシア。仕方ねぇだろって。指輪がしっくりきてたんだからよ。で、外すの忘れてて――」
二人の小競り合いを聞きつつ僕は、首にかけていた物のことを思い出した。そのまま、二つの魔導石が入った袋はアリシアへ、紐に通した指輪はソウへ渡した。
「……アリシアの魔導石に助けてもらったんだ。命の恩人だよ。それに、ソウの魔導石もだ。アリシア、ソウ。二人共、本当にありがとう」
率直な想いを二人へ伝えた。アリシアは、愛おしげに袋を胸に抱えて、ソウは更に顔を赤くした。二人の協力がなければここまで辿り着くことはできなかったに違いない。何よりも二人のおかげなのは、紛れもない事実なのだ。
「あら、みんないたのね」
瓦礫の影からゾラがこちらを覗き込んでいた。そして、足元を探りながらこちらへやってくる。
「ギルドへ重症者を運んでいたわ。でも、みんな命に別状はなし!建物の崩壊っぷりの割に怪我人は少ないし、何なら今のところ死者の報告もないわよ」
「それは……本当に良かったです」
被害の大きさは、特に僕が気にしていたところだった。街はボロボロだし、特に折れた時計塔のせいで人身被害が拡大してしまっていると覚悟していたので、その言葉を聞いて心底安堵した。
「あと、紹介の必要はないわよね?シスター・エリナもいるわ」
ゾラの後ろからひょっこりと姿を現したのは、ローブ姿の女性――この世界で僕に道標を示してくれたシスターだった。
「お久しぶりです。ハルさん。こんな形で会うことになるとは思っていませんでしたけど――遥かに顔つきが変わりましたね」
「シスター……なぜここに?て、そもそも顔つきって言っても、僕今ドラゴンの姿ですよ?」
「なぜここにいるかという質問は長くなりますので割愛しましょう。そして、確かにドラゴンの姿なのは驚きましたが、ハルさんはハルさんです。人間の姿のあなたを見たとしても、私は同じ印象を抱くでしょう」
「少しは……変われたんですかね。仲間にすごい人が多くて、変わるしかなかったというか……」
僕がそう言うと、シスターを押しのけるようにしてゾラが話に入ってきた。
「シスターは元々私とギルドチームを組んでいてね。この人、時魔法と腕っぷしで右に並ぶ冒険者がいなかったくらいすごい人だったのよ」
「母さん、便乗した昔話はいいから」
ゾラが自慢げに鼻を鳴らしたところをソウが恥ずかしげに遮った。すると、長らく見ていなかった、皆の心の底からの笑顔がこぼれた。
そして、その時ーー背後から瓦礫を握りしめるような軋んだ音と共に、唸りが聞こえた。
「うう……ぐぅ……クソ」
皆の笑顔が一瞬で消え去った。背後にいたクルエスの意識が戻ったらしく、苦しげに唸り声を上げていたのだ。
「こんな……終わり方は……嫌だ――あ、エリナぁ……なぜここに」
クルエスは体をもたげる事も出来ずに僕たちを視界へ収めーーそのうちの誰でもなく、シスターを見定めたのだ。
「……あなたの所業について、私への扱いは、あくまで"血の気の荒い後進のため"と不問にしてきましたが、聞けば聞くほどの目に余る行い……あなたはやりすぎたのです。人の命と心を軽んじ過ぎました。私が――元ギルドマスターとして引導を渡します」
元ギルドマスター――
エリナの説明には驚いたが、それよりもクルエスの様子がおかしかった。
「ア……アァア……アァァアアア!!」
クルエスは突然、絞り出すように叫び始めたのだ。何かしらの奥の手だろうか。それとも、受けたダメージが限界を超えたことで、何か別の形態へ変化しようとしているのだろうか。
クルエスの出方に身構えていると、叫び声が突然止まり、だらりと舌を出して倒れた。一度は落ち着いた砂埃が再び舞い上がる。動き出しそうな反応はない。先の状況と違うのは、白目を剥いていること――
ふいに、クルエスの口元から、人の顔ほどの大きさをした黒い魔導石が転がり出てきた。僕は、唾液で鈍く光るそれに嫌な予感を抱き――そのままパキンと鋭い音がして、二つに割れた。
『……おい、ザブの反応が戻ったぞ』
『え、それって……ザブラスがクルエスの乗っ取りから解放されたってこと?』
『うむ。割れた魔導石は、元々クルエスという人間の命を契約により魔導石化させたものだったが、ザブとの同化が完了する前に崩壊したようだ』
『って、ことは……』
グレンのニヤリとした表情が脳裏に浮かんだ。
『ああ。クルエスを倒したのだ』




