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第五章⑯

「まだ終わりじゃありません」


 振り返ると、悠然とした佇まいのアリシアが、優しげな表情でこちらを見ていた。


「何で……ここに」


 ドラゴンの飛行スピードに負けない早さでこの王都へたどり着いたというのだろうか。そうだとしても、このままでは倒れてくる時計塔諸共、潰されてしまう。


「時計塔が、倒れてくる!早く逃げないと!」

「大丈夫です。この方がいますので」

「……時止全オール・ストップ


 それは、いつしかクルエスの右腕であるリーラが放とうとしていた、"高レベルの時魔法"だったはずだ。僕の位置からその姿は見えないが、"この方"とやらが時計塔に向けて唱えたようだった。

 落下し始めていた時計塔は、瞬く間にその速度を落とし、そして止まった。


「今のうちに……こいつを持ってけ」


 状況がわからずポカンとする僕の首に、誰かが何かをぶら下げた。


「"治癒の魔導石"だ。指輪だからさっき渡しとくの忘れちまってた。首にかけりゃドラゴンでも落とさねえだろ」


 ソウはあどけない笑顔で僕を軽く小突いた。直後、身体中の痛みが引き始めた。


「私たちが時計塔を処理します。ハルさんは引き続きクルエスをお願いします」


 アリシアはそう言うと、ソウと"この方"と共に空中へ浮遊する時計塔へと駆けていった。唖然とするクルエスと僕はその場へ取り残された。


「――ふ、ふざけるな……終わりかと思ったら、何度も何度も抗って――最大魔法でお前も……いや、全て殺してやる!闇消貯シャドウ・セイヴ


 怒りを全面に出したクルエスが叫ぶと、魔力が彼の中心から膨れ始めた。ピリ付く空気を感じて鱗が逆立つ。全身が危険を知らせていた。


まさか……自爆でもする気か!?


「体に秘める全ての魔力を一魔法として放出する――一時的に魔力は底を付くが、この魔力量ならお前を殺し、王都の大部分も消滅させられるだろう」

『とてつもない大きさの魔力を貯め始めておる。これはマズいぞ』


 グレンが焦っている。僕も感じている。残り魔力では当然のこと、最大であったとて防ぎきれないほどの尋常じゃない力を、クルエスは貯めだしていたのだ。


抵抗のしようがない。万事休すだ――


「諦めないで!あなたは彼を倒すことに集中して!」

「……って、ゾラ?」

「――私がなぜここにいるのかって、無粋な質問は後回しよ。私たちの魔力をあなたに託すわ。ちょうど王都の噴水の水――魔導水の原料にもなる有数の地下水だから、そこへ直接魔力を充填していきます」

「でもあなた一人の分じゃ……」


 そう言うゾラの背後には、一人や二人ではなく、見渡す限りの人数が控えていた。


「私は、これでも有名なギルドチームの一員だったのよ。王都のギルドに応援を要請したら、みなこぞって助けに来てくれたわ。他にも、あなたの活躍を見て助けたいって住民も大勢いるわ」

「「よろしくお願いします!」」

「でも……」

「この中にクルエスの腹心はいないわ。みな、クルエスに不満を抱いていた若手ばかりだし、ドラゴンを敵対視しているわけじゃない。説明したら全て理解してくれた――何も心配することはないわ」

「心配……は消えました。ありがとうございます」

「ハル!こっちからも応援だよ!」


 唐突にベルの声が真上から降ってきた。ベル自身も綿毛のように舞ってくると、僕の頭の上にちょこんと乗っかった。よく見ると、首に風呂敷のようなものを結んでいる。


「私も里で説明したらね、みんな攻撃止めて協力してくれるって。でも到着まで時間がかかるから、魔力を込めた魔導石だけ沢山持ってきたよ」


 ベルはそう言うと、風呂敷を広げて中身を噴水の中に転がした。水中へ転がった魔導石からは、高密度の魔力を感じる。


『ベル。うまくドラゴンの里で交渉してくれたようだな』

「小癪な……小癪なマネを……そんな僅かな魔力で私に対抗しようと?」


 クルエスが瞳孔を細めて僕を睨みつけている。ただ、今の僕にはそれが単なる強がりにしか聞こえなかった。


「諦めてください。あなたはもう、僕たちには勝てない」

「ふざけるな!ふざけるなっっ!!クズはいくら集まってもクズなんだよ!」

「いいえ。決着はもう、ついています。魔力の大小ではありません。こちらには無限の力が……可能性があります。数値では測れないほどの、人の心があります。あなたは、孤独すぎたんです。人の心を忘れ、仲間を使い捨ててしまった。だからこそ、たったひとりのあなたは既に敗北しているんです」

「……負け惜しみが……!偉そうなことはこれに耐えてから言うんだな!闇消爆シャドウ・バースト


 クルエスの叫びとともに、光をも飲み込む闇の空間が、彼を中心に広がっていった。侵食されたレンガの欠片が、一瞬にして塵と化している様子が見えている。それに触れたら、待っているのは死なのだと直感している。でも、不思議と不安は感じていなかった。


「独りよがりな力に、僕たちは負けるわけにはいかない!閃滅波バニッシュ・ブロー!」


 眩い程の閃光波をクルエスに放った。それに堰き止められて、闇の空間の拡大が止まった。


「まだまだ……こんなものではないぞ!」


 クルエスの力が増していく。僕も気持ちを込める。


「大丈夫。後ろにはまだまだ仲間が控えている。魔力ならいくらでも持つわ。ハル」

「姿はドラゴンだけど、生粋のドラゴンの底力を侮ってるよね。このまま押し切ろう。ハル」


 ゾラとベルも後押しをしてくれる。闇の空間が押し戻されていく。


「ハル、まだまだ余裕だぜ!」

「行けるぜ、ハル!」

「ハル、もっと俺の力も使え!」

「負けるなよ、ハル!」


 ギルドのみんなからも、声援が聞こえてくる。街の住民たちも、温かい言葉をかけてくれる。

 闇の空間が、さらに小さくなっていく。


「なぜ……無限の魔力があるというのに……押し返せないーー」

「それは、きっと――」


 僕は、ひとつ悟った。クルエスのこと。僕のこと。二人の共通点を。


「この世界に来る前はーー僕も、ずっと孤独に戦っていました。あなたと僕は、本来同じだったんです。でも、弱かった僕はそれで挫折を知って……この世界に来て、仲間が助けてくれた。仲間が、僕の力を十倍にも百倍にもしてくれた。あなたは逆に、仲間を切り捨てた。仲間が背中を押してくれる存在なのだと気付けなかった……それが僕とあなたの違いです」

「戯言を!力のない仲間など不要だ!……不要な……はずなのに――」


 闇の空間が、さらに小さくなった。


『さあ、押し切るのだ、ハル』


 グレンも背中を押してくれた。

 これは、僕だけの力ではない。仲間が僕を支えてくれている。そして、仲間の積み重ねてきた全てが、紛れもなく、今ここに存在する力を成しているのだ。


「グ……ル……ルゥゥゥゥゥゥ!」


 光が闇の空間を貫いた。そして、瞬きすら出来ないほどに、閃光が鮮烈に炸裂した――

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