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第五章⑮-ex(アリシア、ソウ、ベル)

 ベルに掴まり、私たちはなんとか地下から抜け出すことが出来た。ハルはクルエスを追って先を急いだので、私たちもその後を追わなければならない。そう、それは理解しているけれど――


「私たちがハルさん達を追ったとして、何ができるのでしょう」


 心の内の引っ掛かりを、研究所の通路を急ぐ二人へ問いかけてみた。


「何って、攻撃でもすればいんいんじゃない〜?」

「それはお前がドラゴンだからできるんだろうけどさ、人間の能力じゃドラゴンに対抗しようっても限界があるんだって。ま、かく言う俺はこの"治癒の魔導石"渡し忘れちゃって、取りあえずそれ渡すくらいしか考えてねぇけど。で、アリシアは行っても無駄足なんじゃないかって?」


 ソウが本質を突いてきた。そう、行ったところで足手まといになるのではないか。邪魔になるだけなのではないのか。と思ってしまうのだ。


「正直なところ、現地に行ったとて何もできないかもしれねぇ。でも、出来ることはそこで見つけてもいいじゃねぇか。その時その場で、そいつができることを考える。もし行かなかったら、それすら見つけられないぜ。だから俺は、行かないと後悔するって分かってるから、絶対に行きたい。単なるエゴでしかないけど、俺はそう思う」

「私は……うん、同じ気持ちです」

「それならよし!じゃあベル。移動はまかせた」

「了解〜振り落とされないでね。それじゃあ、しゅっぱーー」

「待って!」


 話が解決して、今にも先を急ごうと思っていた頃だった。研究所の奥から呼び止められた。聞き馴染みのある声――むしろ先程まで会話していた相手だった。


「……まさか、ゾラさん?」

「ええ、私よ」

「は、母さん?」


 暗がりの通路を少し戻った先に、ゾラの姿が見えたのだ。クロエはゾラを見逃したようなことを言っていたが、本当のことだったのだと心を撫で下ろした。


「無事で安心しましたけど、なぜ研究所へ?」

「別れてからずっと、アリシアさんのことが気がかりでね……居ても立ってもいられないから、クロエに見逃してもらったあと、こっそり研究所に来たのよ」

「え、アリシアのことが気がかり?母さんが?そう言えば二人だけで過ごしたって言ってたな。その時って、何話したんだ?」

「それは大人の女性だけの秘密――さて、私はこの研究所に来てから、モニタールームで一部始終を見ていました。小さなドラゴンが仲間にいたのには驚いたけど……クロエとの戦闘。クルエスの暴挙と、その後黒いドラゴンへ成り代わったこと。そのドラゴンは王都へ向かっていて、ハルさんがそれを追っていること……力になれないと思って、介入出来ずに申し訳ありません。ただ、何が起きていたのかは粗方把握しています」

「で、状況を把握してたってどうしようもないんだぜ。俺たちがやることは決まっているし、母さんはどうするつもりなんだ?」


 ソウが多少苛ついた様子で尋ねた。確かに、今後のことを考えると、一刻も早くハルの下へ出発したいところだった。


「王都でクルエスとハルさんが戦闘になっていたとして、取るべき行動は二つあります。一つは、ハルさんのサポート。もう一つが住民の保護です」

「そりゃそうだろうさ。けどさ、それをテーブルに並べたとして、具体的な考えはあるのかよ」

「それを今から話しますーーここに、大量の魔導石があります。これは全て、"スキル10魔導石"です。ありったけのものを研究所内から集めてきました。そしてもう一つが、"転移魔導石"です」

「それって、まさか、国宝級の……」


 ソウが驚嘆しているが、私は聞いたことがない。それほどまでに貴重なものなのだろうか。


「そう……これを使用すると、発動者は一定周囲の魔力保有者と共に任意の地へ転移できるのです。ただし、唯一無二の欠点は、尋常ではないほどの魔力を消費すること。それをこの"スキル10魔導石"で補います。この魔導石は『賢者の石』を媒介に、高スキルレベルの者が魔力を何日も掛けて充填することで作られています。要は、魔力水などとは比べ物にならないほどの魔力を保有しているのです。それでも、二回が転移の限度でしょうね」

「たった二回……それで何ができるんですか?」

「私の旧友……いえ、元ギルドマスターのシスター・エリナに協力を求めます」

「あれ?それって……アリシアが元々住んでいたっていう?それに、元……ギルドマスターだって?」


 突然にシスターの名前が飛び出したため、ゾラが一体何を言っているのか、理解が追いつかなかった。ソウは余計理解できていない様子で、もっと困惑している。


「クルエスの仲間じゃねぇのか?そんな人を頼れるのかよ」

「大丈夫、私を信じて。それに、彼女の力はまだ衰えていないはず。強力な時魔法を扱うので、ハルさんのサポートも可能なはずです」

「初めて……聞きました。シスターは全くそのような素振りも、話もしたことはありませんでしたので」


 そう言うとゾラは、苦い顔をした。


「ある意味彼女もクルエスの被害者ね。ギルドマスターの座を狡猾な手段で奴に奪われ、隠居するように人里を離れたのだから。彼女の『技能』は朧げながらも人のスキルレベルが見える貴重な能力だったから、意図して彼女の力を遠ざけたんでしょうね。そのおかげか、周り周って幼いアリシアさんを見定めることができたのでしょうけど」


シスターもクルエスの被害者――


 その言葉が何よりも心にのしかかってきた。誰かの人生が壊された、という話を耳にするばかりで、本当にうんざりする。


「すいません、脱線してしまいましたね。話を整理しますと、まずは孤児院"アイデル"へ転移し、シスターを連れて王都へ転移します。転移はきっかり二回。さあ、質問はありますか?」

「私は……大丈夫、です」

「大筋理解したよ。"行くだけ行って、後は行った先で何とかする"ってことで了解だ」

「皆さん緊張せずに……では、時間もありません。それでは、行きますね――転移」


 ゾラが唱えると、すぐに転移は始まった。転移の時間は、ほんのーー一瞬だった。しかし、その一瞬のうちに、様々なことを体感した。研究所の天井を透き通り、宙に浮いたかと思ったら、体が高速で移動――とはいえ風圧を受けるでもなく、直立のまま飛行した。転移者である自分を客観的に見ているような、不思議な感覚すら抱いてしまった。

 直後、地上のほんのわずか上で、唐突に転移が解けた。私はなんとか着地できたが、ソウはバランスを崩して転倒。

 そして、目線を上げると、その周辺は忘れるはずもない、見慣れた景色が広がっていた。懐かしさすら感じる乾いた匂いも漂ってくる。それに、見上げるとーー寂れていて、でも見覚えのある建物が視界いっぱいに広がった。

 見慣れたそれを見て、ほっと一息ついた。懐かしの"故郷"を見、転移も成功したので、一安心できた。私たちは、無事に転移することができたのだ。


「なんか、スゴイ、スゴイ!初めての感覚だった~」


 ベルはとても喜んでいる。私もこのような人智を超えるような感触は初めてで、高揚感を抱いている。


「ねえ、この辺りって"イエルの森"の近くだよね?」


 喜びの感情が冷め切る前にベルが聞いてきた。何やらやたらと辺りを見渡しており、ソワソワしている様子が見受けられる。


「その通りです。イエルの森は目と鼻の先です」

「じゃあ私、里が近いからそっちに行ってるね!用事が済んだら直接王都に行くから!じゃあね〜」

「え……ちょっと……」


 私が引き留める間もなくベルは飛んでいってしまった。ドラゴンの里に立ち寄り、直接王都へ向かうということなのだろう。彼女の動きは読めないが、現地で会うしかあるまい。


「さて、アリシアさん。時間がありません。案内をお願いします」

「ベルは仕方ねぇ。ほっとこうぜ」


 ゾラとソウが私の顔を見て出発を促した。時間がないのだ。ベルの行き先を案じたり、感傷に浸ったりする余裕がないことは、自分自身理解できている。

 意を決して一歩ずつ孤児院へと続く小さな道を進んでいく。しかし、古びれた花壇を横目にしながら建物に近づくにつれて、なぜか心臓が高鳴っていることに気が付いた。先程の高揚感とは異なる、気持ちの高ぶりだった。緊張感でもない。憂鬱でもない。悲しいわけでもない。しかし……なぜだか目尻に涙が溜まってきていた。よくわからない感情が胸に渦巻いている。


なんてことはない。久しぶりに帰省しただけなんだから。でも、これまでの想いをぶつけられる人が、必ずそこにいる……きっと私は、その事実に安堵しているんだ。


 そして、息を吐き出して扉を開くと、扉から差し込む朝日に照らされて、見慣れたシルエットがそこに立っていた。


「おかえりなさい。アリシア」

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