第五章⑮
「グルルゥゥゥゥゥ」
切り裂く攻撃をまともに受けたクルエスは、翼をまともに動かさず、回転しながら垂直に落下していった。悶えるようなうめき声を発していることから察するに、相当のダメージを受けているようだ。
『モタモタするでない!追いかけるぞ!』
『分かってます!』
落下するクルエスを追うべく、僕も急降下し始めた。クルエスも変わらず自由落下をし続けている。
「まずい、五時を回っている……日の出までもう少しか」
王都のシンボルでもある時計塔の大時計が逆さに見えた。既に陽の光は空を照らし始めており、間もなく日の出ということは理解していたが、時計を見ると尚更タイムリミットに意識が向いてしまう。
また、地面が近づくにつれて、地上の様子も明らかになってきた。早朝にかかわらず、そこかしこ住民で溢れていたのだ。クルエスとの戦闘時間はそこまで長くなかったはずだが、ドラゴン同士の熾烈な攻撃により、王都中に攻撃音が響いていたのかもしれない。これぞ見よがしと野次馬が集まり、みな上空を指差し見上げている。
「マズイ……クルエスの落下地点に人だかりが……おい!逃げろ!そこは危険だ!」
群衆へ警告を伝えたが、誰一人として逃げる気配はなかった。というよりも、みな突然の出来事に足が動かないのかもしれない。
「くそ、間に合え――」
僕は急加速してクルエスの脚を持ち、両翼を思い切り羽ばたかせ勢いを殺そうと試みた。ドラゴンの巨体は尋常じゃなく重かった。おまけにその体は黒い鱗でビッシリと覆われているのだが、その一枚一枚がナイフのように鋭い。それが落下の加速度で、掴んだ掌の鱗を削り取ることになり、瞬く間に剥がれていく。羽ばたく度に翼の筋が切れるような音も聞こえ、重量オーバーであることは身を持って感じていた。それでも僕は、無我夢中に巨躯が落下する勢いを殺していった。そして、掌からおびただしい出血をし、両翼がへたって来た頃、なんとか着地までに落下の勢いを殺す事が出来たのだ。
ドス……ン
クルエスを噴水広場の脇に横たえた。僕も、投げ出されるようにその横へ着地した。体は悲鳴を上げている。限界に近い体力を使ってしまった。その一方、時間を稼げくことができたからなのか、いつの間にか群衆は散り散りになっていた。広場から少し距離を空け、噴水と僕らを囲むように遠巻きに様子を見守っているのだ。
「まだこの黒いドラゴンは、何をしでかすか分からないから、みんな、逃げて」
僕は息も絶え絶え群衆に声をかけたが、見た所誰一人も逃げる気配がなかった。それよりも、『ドラゴンが喋ってるね』とか『小さくて可愛い』やら『神よお守りください』と、呑気な会話や観念したセリフばかり話していた。
ああ、そうか。僕はまだ言語変換の魔導石を身に付けているから、まるでドラゴンが人間の言葉を流暢に喋っているように見えるのか――
これでは混乱した群衆を誘導することはできないと諦めて、横目にクルエスを見た。大きく息をついて苦しげではあるものの、致命傷ではないらしい。その目は光を失っておらず、殺せそうな程の鋭い目つきで僕を睨んでいる。
住民へ、僕が抱く危機感を伝えられないのは手痛かった。時間がクルエスの傷を癒せば、この場所を地獄へ変えてしまうに違いない。その時、僕は全てを守ることができるのだろうかと不安に駆られる。
「グルルゥゥゥ!」
唐突に、クルエスは首をもたげて咆哮した。そして、なんとか体を起こすと大きく息をついて叫んだ。
「馬鹿な人間どもめ……私の前から消えろ!闇壊砲」
「光貫砲!」
僕は、群衆へ向けられたクルエスの首に向けてブレスを吐いた。すると、クルエスは僕の攻撃に気づき、それを相殺せんとブレスを僕へ向けた。
攻撃が相打つが、先程とは様子が変わり、接面がジリジリとこちらへ向かってきている。威力は僕のほうが上だったはずが、押し負けている。ダメージの受け過ぎと、魔力不足が原因なのだろう。力負けしているのだ。
相殺しきれず、押し返されたブレスをやむなく横に避けると、噴水に直撃してそれを成していた竜の彫刻が吹き飛んだ。群衆から叫び声が上がる。
「私には限界がない。君はそろそろ限界が近そうだがーー容赦なく行くぞ!」
クルエスは再度ブレスを吐き出した。またも僕は泣けなしの魔力でブレスを放ち、相殺を狙った。
今回は明らかな力負けをしていた。しかし、これを避ければ、次こそは群衆への被害を免れない。避けるわけにはいかない。
『魔力が尽きかけているぞ!一旦引くのだ。直撃を受けたらひとたまりもない』
グレンが僕へ警告を発した。確かに、直撃したら致命傷も受けかねない。しかし、僕は引けなかった。ここで逃げたら、爆風で住民への被害が拡大してしまう。少しでも抗わないと……未来の僕は今の僕を絶対に許さないだろう。それは、自分自身が一番気づいている。
それが、"ダメでも諦めない"僕の信条なんだ。
しかし、思いとは裏腹に黒い閃光が僕に近づいてくる――
僕は、それに徐々に飲み込まれていった。体が熱に侵されているのが分かる。逸れたブレスが群衆を襲っているのが見える。意識が闇に飲まれていく。これまでか、と諦めの境地に達しそうになる。
そして、闇が、僕を包みこんだ。光が、黒に覆われた。
ーーーーーーーーーーーーー
「あ……ぐぅぅ……」
朦朧とする意識の中、僕は辛うじて生きていたようだった。壊れた噴水の中で、吹き出す水を体に浴びながら、雄叫びを上げるクルエスを見た。
「お前が消えれば、世界は私のものだ……ここまで追い詰められたことには驚いたが、そろそろ息の根を止めよう……と、その前に」
クルエスは言いかけていた言葉をあえて止めると、僕に呟いた。
「悲鳴と血の雨を浴びながら死ぬといい。闇壊砲」
クルエスは背後に首を向けると、また黒い熱線を放出した。その先には――王都のシンボルである、時計塔が位置していたのだ。
「王都の根幹。時計塔を破壊して、国家滅亡の狼煙としよう。それが終われば、お前の番だ」
黒い塊は、時計塔の下部に一発、二発と当たって、大きく炸裂した。足元の支えを失った時計塔は砂埃を巻き散らしながら、横倒しになろうと傾き始めている。
もう、成す術はないのか。僕ができることは、これで終わりなのか――
手に力が入らない。群衆の叫びが先程より増して聞こえてくる。クルエスの高笑いも聞こえてきた。
僕は、結局守り切ることができなかったのだ。あれだけ周りから期待されて、自分でも自分自身に期待したのに。だから、結局そうなのだ。やっぱり僕はーー
「諦めるには早すぎますよ」
聞き慣れた声が耳に届いた。でも、それが誰の声だったのか、咄嗟に識別できなかった。
「これで終わりじゃありませんよね?」




