第五章⑫
「僕が、グレンさんとしてクルエスを止める?」
突然の言葉に僕は驚いた。それを聞いたベルは、グレンに向けてフラフラと飛空していった。
「グレンのおじさん!そんなことをしたらスキルが!」
「分かっておる。対価は全て支払おう」
「対価……」
グレンが何らかの代償を支払うことを匂わせる発言をしたことに、場の全員が身構えた。
「時間が無いのであろう。手短に言うぞ。ワシが言っているのは、お主との"従士契約"のことだ。これまではお主へ念話や力を分け与えた程度だが、この契約の本質は別にある。それは、"従士の力を主に与えること"だ。一時的に、従士であるワシの力と体をお主に貸し出すことができる」
「グレンさんの力と体を?僕が?それに犠牲も強いるのでは……そんなことをしなくても、他に方法はあります!」
「方法は、ない。ベルでは力不足。ワシもスキルを奪われてしまった。残される手段は、奴へ対抗できる力を持つお主に、ワシの力を託すことだけなのだ」
「でも、例えばドラゴンの里へ援軍をお願いするとか……」
「人間の問題だとして耳を貸さんだろう。それに、交渉などしていたら、その間に人間が攻撃されてしまうのであろう」
「でも、それでも……」
僕は、期待を一身に背負うことの重圧。"対価"をグレンが引き受けることの二つに尻込みしてしまっていた。グレンは既に決断している。だから、残されたのは僕の心次第――人命を、国を背負うことの重さを、僕がいかに腹落ちできるか。それにかかっていたのだ。
「ザブラスは禁呪でもある死者媒体の契約で、一方的に魂の拠り所にされているの。それとは違って、従士契約には光魔法と同意が必要。従士契約が意味するのは、互いの"信頼"であって、それが大きいほど力も増すよ。ハル、私たちもあなたを信じているから、大丈夫!」
ベルは、僕を諭すように説明した。
「でも、やっぱり僕には重すぎて……」
まだ不安が付きまとう。"失敗"して、失望されることへの恐怖心が拭えなかった。
「……先にお主を選んだ理由を伝えていなかったな」
グレンが口を開いた。クルエスが復活する前にしそびれた話のようだった。
「……初めて出会ったときにお主を選んだのは、ワシの目的のためーー理想に叶った人間がおったから、それが理由だ。ただ、それと同時にどことなく惹かれるものがあったのも確か。しかし、その時は、その感情の正体が分からなかった。お主は、どちらかと言えば優男の類で、腕っぷしが強そうにも見えない。なぜお主に決めたのかワシ自身驚いていたほどだった。ただ、お主と触れ合って、旅をして、その時の直感が少しずつ見えてきたのだ――お主は、真っすぐで、相手のために尽くすことができる。だからこそ、ワシも命を託してよいと、もしワシの命が尽きても世界を託してもよいと思える人間なのだと、そう思えたのだ」
「でも、僕はそんなすごい人間では――」
「いつも、逃げなかった。私が逃げてしまった時も、ハルさんは立ち向かいました。自分の世界のことではないのに、です。そんなあなたが葛藤している瞬間も、何度も見てきました。でも……最後には乗り越えてきた。だから今があるのです。そんな、あなたを、未来を信じたいのです」
アリシアが、僕の手を握ってそう言った。胸が――熱くなるのを感じた。
「そゆこと。元は、俺の復讐を手伝ってもらってたようなもんなのに、素性を隠した俺を見捨てなかった。それが答えさ。端から俺も信じてる。まあ、よく弱音は吐いてたけどな……それでも前に進んできただろ」
「大丈夫だ。お主は自分を信じていいのだ」
こんなにも信頼されたことがなかった。正確には、口にしてもらえたことがなかったのかもしれない。だから、僕はその信頼のことばに報いてみたいと心から思った。初めて、自分の力を本当に信じることができると感じた。
「分かりました。僕を、信じてください。みんなの想いを、僕に託してください」
ーーーーーーーーー
「では、ワシが契約拡張を行おう。ハルはそれに同意するのだ」
「その前に……ちょっと待ってください。契約によるグレンさんへの対価って!?」
何度目かの問いかけに、グレンは重そうに口を開いた。
「力を貸し終えた時、その力を失う――すなわち、スキルを全て失うのだ。火魔法も失われる故、形態が派生した光魔法も使えない。それは即ち契約も失われることになる。一度きりの奥の手になるな――だが安心しろ。わずかながら低レベルのスキルは残るから、生きてはいられるだろう。ガッハッハ」
グレンのその声は、僕には強がりにしか聞こえなかった。でも、そんな思いが僕にはのしかかっているのだ。
「契約時間はお互いのスキルレベルに依存するから、二人共高そうだし時間切れってことはないと思うよ~」
ベルが抑揚高く説明してくれた。僕たちとクルエスの、どちらかの勝敗が喫するまで、戦いは続いてしまうはずだ。
「……では、やるぞ。契約拡張!」
グレンが力を込め、僕も同調するように光魔法を念じた。すると、いつかのように胸元から光が舞い上がり、螺旋を描くようにくるくると飛び回ると、互いの胸に収まった。
何も、起きない――
もしかして、失敗に終わったのではないかと思った瞬間、自分の体が眩く輝き出した。
「わ、何だこれ……」
反射的に叩き落とそうとしたが、いくら叩いても光は増すばかり。そして、腕の輪郭がぼやけてくると、叩いていた腕の感触が唐突に消えた。グレンも同じようで、光に包まれていて、もうほとんどその姿を視認できなかった。
光に覆われていく。でも、嫌な気持ちはしなかった。
『お願い、この世界を救ってあげて。私の力も使って――』
光に包み込まれる寸前、いつもの夢の声が聞こえてきた。今回は、確かに、はっきりと。そして悲痛な声色だった。




