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第五章⑪

「はじめからこうしていれば良かった。死が恐ろしくて、試そうとは思えなかったがな」


 ザブラスは、自身をクルエスと呼んだ後に、そんな独り言をこぼした。一体何が起きているのか――正確なところ、僕は勘づいていたけど、それを信じたくなかった。


「こいつが欲しがっていた"賢者の石"も、一緒に取り込めた。ドラゴンの力を無限に吐き出して、何もかも燃やし尽くしてやろう」


 黒いドラゴンは、僕たちのことなんか見えていないように、勝手に話を進めている。僕は、意を決して黒いドラゴンに話しかけた。


「おい、お前……ザブラスをどうしたんだ」


 黒いドラゴンはキョトンとした表情で僕を見た。そして。合点がついたらしくすぐに笑みを浮かべた。


「ああ、理解が追いつかないよね。改めて、私はクルエス。先程、ザブラスの"体を頂いた"んだよ。彼は闇魔法に精通していてね。私と死者媒体の契約を結んでくれていたのさ――うまく言いくるめたら、私が死んだ時の"保険"として体を提供することを約束してくれていたんだ」

「クルエス……!」


 黒いドラゴンまたの名をクルエスは、その場で飛び上がり、宙に滞空した。


「この国では、かつてない実験ができて、得るものが多かった。そして最後にはドラゴンの体を試すことができる……生涯ドラゴンの体というのは厄介だが、楽しめることも多かろう。そうだ、まずは王都を落としてやろうか。それからドラゴンの里を滅ぼす――そして"ドラゴンの秘宝"を頂けばよい。ではまずは――」


 クルエスは僕たちを見下ろして、こう言った。


「お前たちを闇に落としてやろう」


 そう言うと、クルエスは口から滲むような黒い塊を吐き出した。それが床に当たると同時に、黒いものが部屋中に広がって、瞬く間に視界が闇に覆われた。


ーーーーーーーーー


 何度目かも分からない、突如として意識が朦朧とする感覚だった。それに慣れすら感じてしまうほどで、その瞬間に『あ、これ意識を失うやつに違いない』と、直感的に感じてしまうほどだった。短期間にこんなにも意識を失う人間は、そう多くはいないだろう。

 しかし、今回は薄れゆく意識が途中から覚醒してきた。ただし視界だけは真っ暗で、目からの信号が一切脳に届いていないような、そんな不思議な感覚だった。


『起きて!』


 誰かの声も聞こえた気がした。しかし、これは本当に聞こえているのか?意識は覚醒しているはずなのに、五感が遮断されているように感じられるのだ。


『起きてください!』


 さっきより大きな声で聞こえた。そもそもこの声はどこで認識しているのだろうか。突如として、闇に飲まれたような冷たい肌感覚が広がってきた。でも、どこかに温かみを感じるのだ。隣に誰かがいるように思える。


『起きてくださいよ!』


 そう、感覚は乏しいけど、すぐ隣で、誰かが僕の体を揺すっている――


ーーーーーーーーー


 消失しかけていた五感を突然取り戻したような、どちらかと言うと、違和感のほうが大きかった。うつ伏せから見上げる先にはアリシアの顔があって――そのアリシアは、目に涙を浮かべていた。


「……どうしたの?」

「……っっ!気づいてくれた――」


 僕は体を起こすと、辺りを見渡した。そして――状況を把握した。アリシア以外のみんなは、横たわるか力なくうずくまるか、どちらかだった。クルエスの闇魔法で、僕たちのほとんどが再起不能に陥っていたのだと理解した。


「何でアリシアは攻撃をうまく回避できたの?」


 アリシアは意識もはっきりしていて、全員を快方している。クルエスの攻撃を直撃から免れたのだろうか。それとも距離があったので受けた攻撃の威力が減衰していたのだろうか。


「私には……これがありました」


 涙を拭うアリシアの手の中には、いくつもの石の欠片が収まっていた。乳白色のそれには、どこか見覚えがあった。


「父の残した"循環の魔導石"です。クルエスの攻撃に備えてとっさに出したところ、私だけ攻撃を逃れることができました。ただ、許容量を超えてしまったのか壊れてしまいましたし、ハルさん含め他の皆さんへのダメージはあまり減らせませんでした……申し訳ありません」

「謝ることはないよ。例え一回だとしても助かったし、何なら山でも一度救われている。アリシアのお父さんとお母さんに、僕たちは何度も命を救われているんだ」


 そう言うとアリシアはホッとした顔をした。


「そう言って頂けると、両親の思いも報われます」

「それで――クルエスはどうなったか分かる?」


 アリシアに状況を聞くと、顔を曇らせた。よくない状況なのだと、瞬時に察した。


「私たちに攻撃を放つと、その顛末すら見ずに地上へ向かいました。行き先は、先程のことば通りだとすれば、王都でしょう――」


王都――


 僕は、一度訪れたあの巨大な街の様子思い浮かべた。住民の人口は分からないけど、何万人もの人々が暮らしているのだろう。国王も在住のはずだ。クルエスが襲えば、その被害の大きさは誰の目にも明らかだった。


「ドラゴンの里を襲うとか、"ドラゴンの秘宝"を奪うとか、それ以前の問題だ。今奴を止めないと、国が滅びてしまう」


 ただ、これからクルエスがとるであろう行為を知っていたとしてもーー僕たちにできることはあるのだろうかと、不安に感じた。単純にクルエスへ抵抗できる力がないのだ。対抗手段は一つも出ないし、最悪の事態を前にして、恐怖と焦燥感が胸に渦巻いていく。


「険しい顔すんなよ。一人で考えてるんじゃねぇ。ハル、お前はいつも背負い込みすぎだぜ。俺たちはチームだぞ」


 足を引き摺ったソウが、僕の肩を叩いた。苦しいはずなのに、笑みを浮かべて快活に言い切った。


「ザブラスはあんなに体が大きいのに、気が小さいのよね。一緒にここまで来たんだもの。正気を取り戻して里に連れ帰るわ」


 ベルが僕の頭上をクルクルと回って言った。ちいさな体なのに、とても心強かった。


「私はもう、迷いません。背中を押してくれる仲間がいますから。希望は捨てない。最後まで戦います」


 アリシアも、力強く頷いた。その目には固い決意が垣間見えた気がした。


「ワシも出来ることはやるぞ。元はと言えば里をまとめ上げられていないワシの責任……何でもやる覚悟はとうに持っておる」


 グレンが、皆の後ろから声を上げた。そして、最後は呟くように決意を口にした。

 みんなの言葉が、心を熱くした。みんなの思いで、気持ちが猛った。


「――みんなでクルエスを止めよう。でも、相手は無限の魔力を持って、強力な魔法を使うドラゴンだ。今の僕らが束になっても敵わないような気がするんだ……決して弱気ってわけじゃない。クルエスは、それ程までに圧倒的な力を手にしている。何か良い方法はないかな」


 そう言うと、みんなはこぞって意見を出し始めた。


「ギルドに応援をお願いしたら……」

「ドラゴンの里にも相談しては……」

「奴の弱点を狙ったら……」


 議論は瞬く間に熱を帯びていったものの、グレンだけはその話に参加していなかった。正確にはそれに僕も含まれているけど、そんなグレンの様子が気になったのだ。


「グレンさん?」


 グレンは僕の声に気付くと、目を合わせて――静かに微笑んだ。僕はまだ何も言っていないのに、彼が言いたかったことは何だったのか、なぜか察することができた。


「――ワシの体を、お主に預けよう」


 突然のことばに皆が話を止め、次のセリフを待った。


「ハルがドラゴンとして、ザブの体を止めるのだ」

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