第五章⑩
ふいに、僕が乗ってきたエレベーターが起動するような音が聞こえた。アリシア達も戦いが終わり、後を追いかけてきているのだと直感した。もちろん、敵が降りてくる可能性もないとは言えないが、仲間が降りてくると信じている。僕は、アリシア達が勝利したのだと信じている。
「グレンさん、体は大丈夫ですか?」
「体力は有り余ってるわい。ずっと狭い檻に閉じ込めおって……いい心地はしておらんな」
「元気そうで何よりですよ」
「ただ、力がごっそりと抜け落ちたようだ。魔法が――放てん」
グレンは手をかざしてみるが、どうにも魔法が使えないことに違和感を抱いている様子だった。
「この人……クルエスがあなたのスキルを奪い取ったらしいんです。全てではないらしいんですけど……」
「確かに、火魔法は使えるようだな」
グレンの腕から青白い炎が湧き出すのを見ると、少しだけホッとした。失ったものは多いけれど、命は助かったんだと実感した。
「ザブにやられた時からずっと、夢の中でお主に語りかけられていた気がするぞ」
グレンが言うのは、王都以降、連絡を取ろうとひたすらに念話を試みていたことだと推測する。
ガコン
背後から再び何か動く音が聞こえた。そろそろエレベーターが到着する頃合いかもしれない。その前に、一つだけグレンに聞いておきたいことがあるのだ。
「あの、前に念話した時『次会った時話す』って言ってくれましたけど、聞きたいことがあるんです。なんで"僕"を選んだんですか?契約をしてまで人間の相棒が必要だったのは、なぜですか?こんな時ですけどーー逆にこんな時にしか聞けなくて」
それを聞いたグレンは、少し考える素振りをしてから答えた。
「既に知っている話もあるとは思うが、聞きたいか?」
「もちろんです」
グレンの想いを聞く機会は、これまであまりなかった。正確には、はぐらかされて教えてくれない事が多かったのだけど、いざ話を聞くとなると、少し緊張した。
「ワシは、ドラゴンの長だ。かれこれ二百年……人間との不可侵条約も、ワシがしたためたもの。ただ、近頃、その陰りが見え始めた。里の若いドラゴンであるザブラスが里を出た矢先に、人間がドラゴンへ純粋な敵対心を向け始めたのだ。異変を感じたワシは、里を出てザブラスの行方を追ったーーしかし、ザブラスの痕跡が残る地には奴の姿はなく、段々とワシ一人ではどうにもならない問題だと感じるようになった。だから、人間に力を借りようと考えたのだ。ワシとしては、もっと人間を知りたかったという気持ちもあったのだがな。ただ、人間と言っても誰でもいい訳ではなく、お互いの光魔法で従士契約をし合える人間を探していたのだ。制限なく念話でき、命を賭けることで信頼も預けられると思ったのだ。ただし、お主はそれに加えドラゴン語にも精通していた。またとない人物だった」
「でも、従士契約をするのに僕の命を天秤にのせるなんて酷いですよね?」
「……?命を賭けた話?さっきも言っただろうが、それはワシの命の話だ。もしお主が死ねば、ワシも死ぬ。ワシが"従"でお主が"主"だ。そう言っておらんかったか?」
「言ってないですよ!初耳です!」
僕は衝撃の事実に驚きを隠せなかった。これまで死の恐怖に向かい合ってきたのはーーグレンの言い忘れが原因で、勝手に僕が勘違いしていたらしい。
「おお?スマンかったな。まあ、良い経験になっただろう。ガッハッハ」
「いや、気を紛らわせないで下さい!」
「終わり良ければじゃ。ガッハッハ」
笑うに、笑えなかった。全く、この人は出会ってからずっとそうだ。抜けているけど、こちらのためにいつも何かをしてくれている。与えるより、与えられた物のほうが多かったと思う。しかし、一つだけ聞いていないことがあったことにも気が付いた。
「そういえば以前、僕と契約することを"直感"で決めたとかも言ってませんでした?直感っていっても、どこにそれを感じたんです?」
「ああ、それはなぁ――」
グレンが言いかけた時、エレベーターから金属を擦る音と、それがひしゃげる大音響が鳴り響いた。そして――エレベーターがこのフロアに落下した。
響き渡る轟音。舞い上がる砂埃。アリシア達の敗北が脳裏をよぎり、それを同意するかのように姿を現したのはーーザブラスだった。
「ザブラス!お前、アリシア達をどうした!」
「ザブ!ワシによくも散々攻撃してくれたもんよのぉ!」
二人で同時に叫んだが、ザブラスはなんの反応もせず、ふわふわと浮かんだままクルエスの下に降り立った。
「おい、クルエスはもう……死んでいる。もし奴に操られていたのなら、あなたを縛るものは何もないですよ」
ザブラスに声をかけてみたが、こちらに顔を向けるどころか、目も向けようとしなかった。
「グレンさん、ザブラスの様子がおかしい――」
すると、ザブラスはクルエスの遺体を咥えて、ひっくり返した。そこには、拳よりも一回りも二回りも大きな――顔程もありそうな真っ黒な魔導石が隠れていた。
僕の本能が危険を知らせていた。それに触れてはいけない、と。
「ザブラス、駄目だ!」
ザブラスはそのまま魔導石を咥えると――飲み込んだ。
すると、ザブラスは引き攣ったように身悶え、暴れ出した。何かと戦っているのか、苦しそうに叫び、身をよじっている。
「ザブ……どうしたんだ」
グレンも慌てるが、何も出来ることがなかった。そして、ザブラスの動きが唐突に止まり、ドスンと倒れこんだ。
静寂――
静まり返った空間に、突如として叫び声が飛び込んできた。
「グレンのおじさん!」
「ハル!」
エレベーターの側から、ベルに掴まったアリシアとソウが降りてきたのだ。
「さっき、こっちにザブラスが降りてきて……って、死んでる……?クルエスも……?ハル、何が起きたんだ?」
「分からない。でも、嫌な予感がする――」
唐突に、ザブラスが体をムクリと起こした。そして、不思議そうに自身の体を見渡して、手足や尾を確認し始める。
「ザブ、平気なのか?」
心配そうなグレンがザブラスに声をかけた。
その時、僕は悪寒を抱いた。ザブラスの目の奥が、真っ黒に濁っていたからだ。色の表現ではなく、奥底に闇が隠れているような瞳。僕はそれを見たことがあった。そう、それは、すぐさっきまで僕が戦っていた――
「私だよ。クルエスだよ」
黒いドラゴンは、確かにそう喋った。




