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第五章⑨

 いつかの夢――そこに登場したあの人は誰だったのだろう。

 女神のような風貌で、『この世界を救って』と懇願しているその人――あれ、そこにいる人です。あなたですよ。

 てっきり、あなたが僕を召喚したのだと思っていました。でも、僕を召喚したのはゾラだった。でも、ゾラは、あなたの姿とは似ても似つかない姿だし、服も、立ち振舞いも違っています。だとすれば、あなたは誰なんですか?なぜ僕の夢に出てくるんですか?

……それは言えない?言えない理由があるなら仕方ないですけど。

……え、世界を救うのは僕だって?私の力をしっかり引き出せば大丈夫?

 空回りしてばかりだけど、頑張りたいです。何よりこの世界には大好きな人が沢山いるから。それに、困ったら助けてくれる仲間が大勢いるんです。

……仲間がいるなら大丈夫だろうって?仲間の数じゃなんとも言えないですけど、最善は尽くします。だって僕は、仲間と、この世界を救いたいから――


ーーーーーーーーー


 夢を見ていた気がした。意識を失ったほんの一瞬のうちの出来事だったと思う。内容は朧げにしか思い出せない。

 僕は、冷たい水溜りの上で意識を取り戻した。

 何が起きたのか思い出そうとした瞬間に、体中に激痛が走った。腕を見ると無残にも皮膚が裂け、至る所に痣が浮かんでいる。

 竜巻に飲まれ、宙に浮いたままもみくちゃにされて、さらにはあちこち切り刻まれ、物が衝突したのだ。初めて感じた、耐え難いほどの痛みだった。


歯を食いしばっても痛みは紛れない……でも、でも僕は、まだ生きている――


 なんとか立ち上がろうとしたら、平衡感覚が麻痺しているのか、覚束無い足取りになってしまった。先に立つクルエスを見ると、独り言を言い放っている。


「素晴らしい破壊力……しかし、僅かに風魔法は力が劣るか。ああ、君にはいいものを試させてもらったよ。うん?そろそろ限界かな?」


 クルエスは僕の存在に気づくと、両腕を広げて高笑いをした。


「まだ、やれる」

「最後の魔導石もあと少しで抽出されるから、それは――そうだな、君の仲間に試してみてもいいか」

「まだ、終わってない……僕には、まだあなたに見せていない力が――」

「もう十分だよ」


 クルエスが冷たい言葉を投げかけ、それと共に、伸ばした腕から氷の弾丸が飛んできた。


ーーーーーーーーー


 ずっと、頭に引っかかっていたことがあった。人間とドラゴンや、果てはその他の魔物との強さの違いはどこから生じているのだろうかということだ。体重や体格差によるフィジカルの違いは当然だけど、最も影響を及ぼしているのは"魔法"の存在だ。

 そして、その魔法の強さに疑問を感じたことがあった。ギルドでスキルの測定をした時に、『スキルレベルの上限』が"10"なのだと言われたときのことだ。明らかにドラゴンの魔法の方が人間よりも遥かに強力なのに、最大が10でしかないことに疑問を覚えたのだ。だからーー僕は、人間のスキルレベルは10が限界で、ドラゴンのスキルレベルは10を超えているのかもしれないと考えていた。

 そして、僕がギルドで魔法を唱えた時に説明された言葉は――『あんな火魔法の威力、見たことなかった。ただ、スキルレベルは10が最大だから、どんな威力でも『10である』ことしか書けない』とのこと。

 人間の僕は、スキルレベルの上限が10で、どんな強さを誇ったとしても、それを超えることはないのだと、当時は何も疑わなかった。しかしーーさっきアリシアが教えてくれた、光のドラゴンの力が僕に備わっているという仮定ーー

 人間のスキルレベルの限界は10であるという事実。ドラゴンのスキルレベルは10を超えているという仮定。光のドラゴンの力が、僕のスキルレベルを、人間の限界である10より上へ押し上げているのだという仮定。いや、それも事実――

 僕は、スキルレベル"10"を超える魔法を生み出すことができるかもしれないのだ。スキルレベルという、絶対に捻じ曲げられない摂理に嵌まらず、秘められた僕だけの力を、それだけをただ信じて解き放つだけだった。


ーーーーーーーーー


光滅矢ライトニング・アロー


 僕は、氷の弾丸と相なすように無数の矢を生成して、それを放った。光の矢は、氷の粒を打ち消しながらその先のクルエスに目掛けて飛来する。クルエスは目を開き、それを避けようとしたが、うち一本は腕に刺さり、当たらなかったものは後方にあるグレンの水槽に直撃した。


「そ、その魔法はなんだ?見たことがないぞ!?」

「火魔法が高レベルに達していると形態変化するんです。そして、高レベルの火魔法はドラゴンにしか唱えられない、すなわち、実質種族固有の光属性魔法――」


 わかる。それがどんな魔法なのか、放ったことがあるのだ。それは従士契約。グレンが僕に唱えたそれは、互いの同意が必要だが、それと同時に"光魔法を使えること"も求められていたのだ。


あの感覚を再現するだけならば、どんな光魔法も放つことができそうだ――


浄破槍セイント・ランス


 僕は光輝く槍を生成した。背丈を軽く超えるほどに長く、神々しさから重厚にも見える。でも、胸が詰まるほどに暖かくて、心に光を灯してくれるような、不思議な槍だった。


「私にはない魔法を……返り討ちにしてやる」


 クルエスは先に唱えた水魔法、激荒壁タイダル・ウォールで幾重もの壁を生成した。


「さすがにこの10枚の壁は突破できないだろう。お前の魔力もいずれは尽きる。私には"賢者の石"がある!溢れるほどの魔力で、じわじわとなぶり痛みつけて、その魔法を抽出してやる」


 僕は水の壁の向こうにある標的を心の中で見定めた。この一投が、運命を分けるに違いない。でも、僕は失敗しない。この投擲は、うまく当てられる。いや、当てる自信がある――

 数歩の助走を取った。投げ込む姿勢。角度。力の込め具合い。全てイメージできている――


浄槍投ランス・スロウ


 槍を投擲した。それは一直線に一枚目の壁に当たると、壁を消滅させた。そして、二枚目、三枚目、四枚目――

 勢いは衰えず、命中した壁はその矢先に消滅していく。そして、瞬く間に最後の壁へ到達して――


「そんな、馬鹿な――」


 光の槍はすべての壁を消し去ると、クルエスの脇腹を貫通して、グレンの入る水槽を破壊した。水の壁と槍が霧散して消えると、そこには倒れ悶えるクルエスと、水槽の割れた面から流れ出てくるグレンの姿があった。


「クルエスを……倒した。グレンさん!大丈夫ですか?」


 僕はグレンに走って駆け寄ると、目覚めたのか重そうな瞼をゆっくりと開いた。


「お主……ここはどこだ?」

「説明は後です!それにしても助かって良かった……それに、あなたにもしものことがあれば、僕まで死んでしまうものかと思うと、怖くて、怖くて」

「ん……何を言っとるんだ。逆だぞ。逆。お主に何かあればワシが死んでしまうのだ。従士契約の主はお主だ」


逆……?グレンにはそうするメリットはないはずなのに。僕が死んでしまえばグレンが死んでしまうという状況だったのか?


「それよりも、お主」


 グレンに促されて背後のクルエスを見た。その姿は見るも無惨だった。腹部の半分ほどを消失し、まさに命が尽きようとしているにも関わらず、這いつくばってこの場から遠ざかろうとしていたのだ。


「クルエスさん、もう終わりです」

「まだ、だ……ま、まだ、終わら、ない」


 クルエスは意識が混濁しているのか、僕の言葉が聞こえていないようだった。そして、何かしらを呟いているかと思ったら――動きを止めた。


「こんな最後なんて……」


 野望を追って、全てを求めた者の最期がそこにあった。そうして、研究所での激しい戦いが終わりを迎えた。

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