第五章⑧
「ほう、頂いたドラゴンの魔導石は"水"だったか。溢れんばかりの激流がほとばしる――激荒壁」
クルエスの腕から放たれた膨大な量の水は、渦を巻くと、壁となり室内無作為の位置にそそり立った。
「これは……時間稼ぎか?」
向こうにいたグレンの姿は水の壁に遮られてまともに見えない。それとともに、クルエスの姿も見失ってしまった。
「……グレンさんは後回しだ。まずは奴を」
水の壁は、波打っているものの反対側をぼんやりと視認できるため、姿の確認は容易いと思っていた。
「そこだね」
二枚目の壁の向こう側に行こうとした所で、背後から声が聞こえた。
「火投盾!」
イメージは円盤投げそれだった。あくまで投擲動作をしつつ、背後に感じたものから覆った。すると、盾が瞬く間に鎮火された。衝突したのは、とても小さなの水の弾だった。防ぎきれなかった弾が貫通して、腕を掠める。
「ふふ……『技能』幻影だよ。ドラゴンの力と組み合わせると、なお効果的面だね。他にも試してみよう」
クルエスは言葉だけを残すと、また姿を消したようだった。気配が遠ざかり、奴との距離が空いた。
「このままじゃジリ貧だ。なんとか攻めないと」
クルエスは時間稼ぎをしたいのではなく、単純に力に酔っており、その矛先を僕に向けているだけのようだった。反撃しようにも、魔法だけでなく技能も未知数の奴にどんな攻撃を仕掛ければ良いのか分からない。
リスクなく攻めるにはどうしたら――
「少しは動き給え」
突如、足元に広がっていた水たまり――てっきり魔法の掛け損ないなのかと思っていた、その中からクルエスの声が聞こえた。そのまま水たまりがせせり上がると、クルエスの姿が半分ほど成形された。そして、掌の上には水の円盤のようなものが高速回転していた。
「光竜爪!」
光のドラゴンの力を発現させ、その腕でクルエスごと薙ぎ払った。水の円盤は真っ二つに割れると、重力を感じてその場に落下した。
「ふはは、君の力も素晴らしいじゃないか……うまくいけばそれも抽出したいところだねぇ」
「ふざけないで下さい!僕の仲間もここに来ます!そうなったらあなたの負けだ。その前に投降してください!」
「それは無理だよ。何人集まろうが、私が負けることは無いからね――おっと、さらにもう一つ抽出できたらしい」
「やめろ!」
僕の叫びも虚しく、いつも間にかグレンの側にいたクルエスは、再度別の魔導石を飲み込んだらしかった。水の壁の向こうに、またも、悶えているクルエスのシルエットが見えた。胸を突き出して、苦しそうな様子が見えてーーすぐに体を起こした。
「か……はは、フフフ……これは、"風"だな。水より力は劣るが、それでもなお素晴らしい魔力」
シルエットのクルエスが手を振ると、水の壁が崩れて飛沫となって落ちた。遮るものがなくなって、クルエスとグレンがはっきり見えた。
「では次は攻撃を」
そう言ってクルエスは手を叩いた。すると、突如として部屋の中央に小さな竜巻が生じた。見た所小型ではあるものの、あらゆるものを――ごみや塵は当然のことながら、壁を這っている配管は外れ、空調のパネルも飲み込んでいった。体を支えるものがなければ、渦に飲み込まれてしまいそうだった。辺りにはしがみつけるものすらなく、体が引き寄せられていく。
「炎廻球」
僕は、なけなしの思いで魔法を唱えた。技能による遠心力と、魔力による重量で、少しは吸引力に抗えないかと思ったのだ。
「少しは……持ち堪えろ……!」
僕は必死にハンマーを回転させていった。しかし、竜巻の力は僕のそれを遥かに超えていた。地から足が離れ、竜巻に飲まれていくと、そこからはなすすべがなかった。身を守ることもできず、暴風に身を切られた。痛いと感じるよりも、縦横無尽で、自分の状況を理解できなかった。それに、いつしか体感した覚えのある感覚だなと感じた。
ああ、そうだ。この世界に来る前にも竜巻に飲まれたんだった。
突然の出来事で、とても驚いたんだったと記憶している。何も抵抗することもできなかった。無慈悲だった。孤独だった。それにあの時は、誰かの声がしていたはずで――




