第五章⑦‐ex(アリシア、ベル)
「私はアリシア。ベルさん、ヨロシクね」
私はベルと呼ばれていた小さなドラゴンへ声をかけた。
「あなたも人間なのに会話できるのね!ベルって呼んで!アリシアのことはハルとソウからいっぱい聞いてるから、すごい知ってるよ〜」
それを聞いて胸が熱くなった。チームを離れたのに、あの二人は私のことを話してくれていたのだ。それは、まだ仲間なのだという証のようで、ただ嬉しかった。それに、今は時間がない。ベルが私のことを既に知っているとなると、即座に行動へ移せる。目の前の二人に集中することができるのだ。
「私たちのアドバンテージはきっと、この"言語変換の魔導石"。相手はこれを持っていないはず。コミュニケーションの速さで勝りましょう。相手の女性は『技能』竜騎士を持っていると言ってます。恐らく、二人一組でなければ力を発揮できないはず……こちらは二人である利点を活かし、挟み込んで攻撃しましょう!」
「いいよー!」
私はホールを壁面沿いに駆け、ベルも同じように、逆方向へ飛行した。相手は、二手に別れた私とベルの動きに翻弄されるはず。言語がハンデの相手なのだ。このような臨機応変な動きが出来ないはずで、混乱するであろうという目算だった。
しかし、私の理想に反して、ザブラスとその背に乗ったクロエは、私の背を追いかけながら息のあったタイミングで攻撃してきた。
ベルには見向きもしないで、私にだけ攻撃してくるーー
一方からは黒炎。一方からは風の槍が私目掛けて飛んでくる。
マズい。いきなり命中してしまう――
「危ない!」
攻撃を受ける直前の私の下に、ベルが猛スピードで辿り着くと、私の腕を咥えて空中に持ち上げてくれた。今さっきまで私が居た場所に、二種類の攻撃が着弾する。土煙が消えると、大小様々な破片が四方へ散乱、金属の床が抉れているのが見えた。相手の攻撃は相当の威力のようで、当たれば一溜まりもないのだと、容易に想像がついた。
「おい、私ら舐めてるだろ。ある程度の意思疎通はできるんだよ。分散するんじゃ弱い方から倒しちまうぜ」
「あなたこそ、わざとゆっくり攻撃したのは、こちらを舐めているからですか?言うまでもなく、こちらは明らかに即席チームですからね」
「いんや……ギリギリの戦いの、ヒリついた攻撃の応酬を感じたいんでね。あんたらがすぐやられちまったら、つまんねえ。少しでも歯ごたえが出るよう抗って欲しいのさ。風槍投」
「逃げるね!」
ベルはそう言うと、飛空速度を上げた。掴まれた腕が千切れそうに感じるが、クロエの槍投擲を間一髪でかわす。それもつかの間、後方のクロエは次の槍を投てきする準備をしていた。ザブラスの口からも炎が見えている。
「ベルさん。前言撤回です!このままでは防戦一方になってしまいます!私のことは一度床へ。ベルさん単独で攻撃してください!」
「あの人間女の攻撃はまだしも、ザブラスの攻撃には耐えられないと思うよ?」
「このままでは防戦一方!どうかお願いします」
ベルは、飛行する速度のまま手を放した。私は受け身を取りつつ地面に着地して背後を確認する。やはり、好機と見られたのか、クロエとザブラスの攻撃が迫ってきていた。
「お父様、お母様、力を貸してください……左手に真剛盾、右手に氷硬盾!」
ゾラから譲り受けた二つの魔導石を手に力を込めると、これまで感じたことのない温もりを心に感じた。それと共に、明らかに私のものではない魔力が両腕に流れ込んできて、腕先から放たれた。
「耐えて、お願い――」
両方の盾は、黒炎と槍が直撃すると亀裂が走ってーー砕けかけた。槍を受けた真空の盾はなんとか持ちこたえたものの、炎は止めるどころか勢いを増してくる。
「お願い!耐えて!!」
両手で亀裂を抑え込むようにして、さらには自身の魔力も追加で込めると、炎の勢いが弱まっていった。なんとか攻撃を受け止めることができたようだった。
「耐えたのはすげぇけどよ、満身創痍じゃねぇか。次は耐え切れねぇだろ」
「次はこっちの番だよ!」
クロエが言い切る前に、ベルが無数の水弾を撃ち込んだ。しかし、クロエには見切られてしまったのか、ザブラスは空を切るように旋回すると、軽々かわしていった。
私は上空の相手に手を出せない。近接攻撃しかできないので、上空の相手にはベルの攻撃魔法に頼るしかない。しかし、こちらの攻撃源であるベルからの攻撃には回避を注力されており、ベルが攻撃したとて、単調な攻撃では避けられてしまうのだ――
窮地を悟ったところで私は大きく息をついた。先にクロエが言った通り、私は満身創痍だった。先程の攻撃を防いだだけで、魔力の大半を使い切ってしまった感覚がある。息を整えるのも絶え絶えに、優雅に飛行するクロエとザブラスを眺め見た。
「おいおい、もう終わりか?反撃できないならこれで終わらせるけど」
クロエは槍を手にするとこちらに矛先を向けた。相手は余裕だ。その一方で、私には一切の余裕がない。
戦いは始まったばかりだと言うのに、打つ手はないのか――
攻めあぐねて尻込みしていると、羽ばたいていたベルが、高度を落としてこちらにやってきた。追い込まれている状況というのに随分陽気にも見えた。
「ねぇねぇ、ピンチならやらない?契約」
ーーーーーーーーー
契約……ハルとグレンが"従士契約"をしていた記憶が呼び起こされた。しかし、なぜ今契約をする必要があるのかと疑問が湧いてくる。
「簡単な契約でも念話が使えるよ。近場でしか使えないんだけど。でも、一度人間とやってみたかったんだよね〜。いいよね?」
念話という言葉に背中を押された気がした。私たち即席チームのアドバンテージは、コミュニケーションしか無いのだ。少しでも連携を高められるなら、なんだってやってやる。
「分かりました。やりましょう。"契約"」
「そうこなくっちゃ。じゃあ行くね」
ベルがそう言うと、ベルの胸元から小さな光が浮かび上がって、私の胸元に収まった。
『契約完了!』
『頭に直接、ベルさんの声が……聞こえた』
『光魔法の一種なの。さ、やり返そうよ。ザブラスにしてやられてるなんて、私耐えられない』
『私もです。クロエには絶対に負けられない』
私たちは、見下ろす二人を睨みつけた。この契約で分がどう転んだかは分からないが、やはりコンビネーションで倒しに行くしかないのだ。
「なんかやってたみたいだけど、もういいか?こっちも潰しに行くからな」
クロエはそう言うと、再びザブラスと共に攻撃の態勢へ移った。
『今です。側面から回避を!』
『はいさー』
ベルに念じると、彼女は私の腕を持ち、ザブラスの右側面へ高速展開した。相手の攻撃は掠りもせずに地面へ突き刺さる。私たちは勢いのままザブラスの背面に回り込んだ。
「おいおい、結局逃げるのか?」
呆れた声でこちらに向き直るクロエ。明らかに、彼女は今の私たちを油断している。
『次は、彼らに向けて私を上空へ放ってください。ベルさんはその下をくぐって攻撃を!』
『なるほど、わかった!』
そう言うとベルは、掴んでいた私の腕を振り上げた。放り投げられた体が上空を舞う。割れた天窓から雷が見えた。近くに落ちたのかもしれない。落下地点へ向き直ると、そこには呆気にとられたクロエの表情が見えた。
「風飛棍!」
防御の体制に入ろうとしたクロエの兜へ叩きつけた。さらに、振り向きざまに胴を薙ぎ払い、その勢いのまま地面へ降りた。
「水鋭切!」
ちょうどベルの声も聞こえた。着弾音がすると、ザブラスが息を漏らす。見事に命中したのか、ザブラスが地面に落下すると、バランスを崩したクロエも床に転がり落ちた。攻撃がクリーンヒットしたからなのか、二人は起き上がることができなさそうで、うめき声を漏らしていた。
「ギリギリの戦いとやらに持ち込んだのが仇になりましたね?」
「参ったねーー外にいた時からずっと逃げてたし、逃げ腰なんだと高を括ってたぜ」
「逃げていたのではありません。仲間を助けに急いでいただけです」
確かに、ゾラの家からはずっと道を切り開くことしか考えておらず、私が逃げていたように映っていたのだろう。クロエは諦めた表情で力なく頭を床に落とした。
「仲間……か。結局、相棒は人間でもドラゴンでも、私には一人がお似合いだったってことか」
「踏み込む勇気があれば……人間でも、例えドラゴンであっても、気持ちを伝え合うことができるのです」
「はは、それができりゃって話だ」
クロエは無理に笑みを浮かべると、目を閉じた。
「最後にひとつ質問します――ゾラを……殺したのですか?」
「……ゾラ?ああ、護衛してた女の。いいや、適当に睨みつけただけで何もやってないぜ」
「なぜ?」
クロエはクルエスの忠実な部下だと思っていたから、その反応はホッとした反面、意外でもあった。
「言っただろ?クルエス様が『警備は各々の裁量で自由にやれ』って言ったって。自由にしただけさ。くっ……あんたとはまたいつか……一対一で戦えたらな――」
そう言うとクロエは気を失ったらしく、目を閉じた。戦いが、終わった。それでも、クロエは笑顔で気を失っていた。
「ええ、またいつか」




