第五章⑦
一人で歩みを進めた通路の先には、巨大なエレベーターがあった。学校の教室ひとつ分くらいだろうか。それこそグレンを運べそうな程の大きさだった。僕は、またもクルエルの技術力に面食らってしまったけど、それに乗りこむことにした。フロア選択には地上階もあったので、もしかしたらエレベーターに直結する地上乗り場があったのかもしれない。
しかし、クルエスは間違いなく地下にいる――僕はそう確信して地下へ降りることに決めた。中央の操作盤を押すと、地下への下降が始まる。永遠かのように思えるエレベーターの動きの中、少しだけ考える時間ができた。
僕が光のドラゴンの力を持ったとして、本当にクルエスを倒せるのか――
クルエスに幾度となく出会い、その度感じた"余裕"は彼独特のものだったが、明らかに手持ちの駒の豊富さによるものが大きいと感じている。"余裕"が単なる"慢心"であればいいけれど、慢心していたとして、付け入る隙があるのか甚だ不明だ。僕が持てる力の全てをーーいや、自分の持つ未知なる力すらを信じてぶつける必要があるのかもしれない。
ガゴン――
やがて、エレベーターが到着した。ゆっくりと扉が開放されると、そこにはまたも巨大な空間が広がっていた。部屋全体が角の多い多角形をなしており、角ばった印象を受ける。また、部屋の中心にかけて天井が湾曲しており、高さが高くなっているようだった。そして、この部屋の向こう側に、巨大な水槽が見えた。その中に――グレンが液に浸かっていた。
スキルを抽出されている――
水槽の元へ駆け寄りたい衝動に駆られたけど、白衣を見に纏った男が水槽の前でグレンを眺めていた。
それは、クルエスだった。
こちらに気づいていないのかわからないけど、微動だにせずグレンを見続けていた。
「あの……何をしているんですか」
不思議なことにも、心は冷静だった。今は仲間もいないし、最悪な敵を目の当たりにしているのに、怒りが沸点を超えることもない。一人の人間として、クルエスと対峙することができていた。
「君は、確かハル君か……よくここまで来たね」
クルエスは僕に気づくと、感嘆の声を発した。相変わらず掴みどころのない口調で、本心は垣間見えなかった。
「ここまで来たのは予想外でしたか?さあ、グレンさんを解放してください」
「予想?いや、予想も何も端から君のことは頭になかったよ。部下は勝手に動いていたみたいだが……今はこれで頭がいっぱいでね」
そう言うとクルエスは水槽の中のグレンを指さした。
「……ギルドマスターに就いて、歴代受け継がれている『人間界の秘宝』である『魔力を無限に与える魔導石』を手中にした。更にはギルドマスターにのみ受け継がれる文書に書いてあった――『ドラゴンの秘宝』、『不死の魔導石』。その存在を知ってから、10年以上――やっとその努力が報われるんだよ」
「あなたが犠牲にしたのは――いくつもの人生と、いくつもの命。あと、山程の涙、哀しみ……さらに、憎しみすら生み出した。それらと引き換えてでも手にしたかったものだと言うんですか!?」
「勿論じゃないか」
クルエスはキョトンとした目で僕を見ている。何が不満なのか、なぜそう思わないのかと、純粋な眼差しを僕に向けていた。僕は――ゾッとした。冗談であってもそんな表情を向けられる人間を、知らなかった。
「私は、"外大陸"の出身なんだ」
それを聞いて、僕はハッとした。僕もはじめは"外大陸出身"という設定で異世界人であることを隠し、旅をしていたからだ。
「故郷では、やりたいことを全てやり尽くした。が、私の興味に残る物は何もなくてね――イチからやり直そうと、全て破壊してからこの国に来たんだよ。まあ、機械を作り直すことになるなら、少しは残しても良かったと思っているよ。この地で一から作り直すのは大変だったからね。でも、これまでの努力は今日終わる。このドラゴンの力を取り込んで、その暴力をもって、ドラゴンから秘宝を頂く。そうしたら、『永遠の命』が手に入るんだ――そうしたら、何をしようかな?まずこの国を壊してから、別の国に行ってみようかな」
クルエスは、心が壊れている。自分以外の命はどれも無価値と認識しているようだった。悪魔をその身に宿しているのだと感じた。だからこそ、容赦も情けも必要ない。倒すべき相手なんだと心の底から理解した。
「おっ……と。やっと一つ抽出出来たみたいだな」
クルエスはグレンの水槽の下に手を伸ばすと――魔導石を取り出した。真っ赤に燃えるような、熱々とした色の魔導石だった。
「おい、待って――それは」
「さて、待ち切れない。他のスキルも抽出される前に、試しに使ってみようか」
そう言うとクルエスは、掌に収まりきらないほどのそれを――飲み込んだ。突如苦しむクルエス。大きく仰け反り、悶えるように地面に伏せた。荒い呼吸ーーそして微動だにしない体躯――
もう立ち上がらないのではないかと思った瞬間だった。彼は、体を起こし、すっくと立ち上がったのだ。そして、両手を開き、それをまじまじと見つめながら何かに驚いているようだった。
「おおっ……人間のスキルではあり得ない力……これがドラゴンの力か」
「クルエス、あなたには人の心がないのか……?もう、戻ってくることはないんですか……?」
クルエスは呼気を大きく吐き出すと、表情を緩めて僕に向き直った。
「人の心とは?私には必要ない。今の私に必要なのは――この力をぶつける実験台だよ!!」
クルエスが腕をこちらに向けたのを見て、僕は臨戦態勢に入った。




