第五章⑥‐ex(ソウ)
俺はマルゴを羽交い締めにしたものの、即座に振りほどかれた。そして腕を持って軽々投げられると、割れた窓ガラスから大水槽の中へ放り入れられてしまった。水槽内には膝ほどの水が溜まっていて、そのおかげで投げ入れられた勢いが収まる。さすがに体中水浸しになってしまったものの、ほぼ無傷だった。マルゴが、ソウとベルを追っていったらどうしようかと思ったものの、どうやらマルゴは俺に憤慨しているのか、自ら水槽内に入って歩み寄ってきた。
「いつから俺にご執心だったんだ?」
「お前が俺に殺されたいと頼んでいるように思えてな」
「根暗に見えたけど、意地張れる軽口は知ってるんだ」
「抜かせ!」
マルゴは怒りを剥き出しにこちらに向けて走ってきた。視線は完全にこちらを向いてくれている。
もう、あいつらは大丈夫だろう。それより自分の心配をしないとな――
「よくわからん敵に近づかないといけないのも、俺の弱点だよな……岩硬拳」
両腕に岩を纏わせマルゴを迎え撃つ準備をした。足元にある水のせいで機動力が落ちているものの、それは向こうも同じ。可能な限り身軽な魔法で攻撃していく。
「お前の魔法は"火"。環境を利用させてもらうぜ」
俺は足元の水を掬いマルゴ目掛けて振りかけた。
「目眩まし……この、ちんけなことをしやがって」
マルゴは火炎球を投げようとしていたらしく、掌の炎が一瞬燻った。おまけに腕で顔を覆ったので視界を遮ることができたはずだ。
今だ。ここで奇襲攻撃――
「もらった!」
「甘ぇよ」
マルゴに拳をお見舞いしようと床を踏み切ったところで、口角をあげたマルゴの顔が見えた。
まだ火炎球は放てないはずなのに――
俺の拳がマルゴの頬へ届く前に、横腹へ衝撃を受けた。
「――っ!!」
体が吹き飛び水の上をバウンドする。勢いが止まり、息が肺から溢れた。
何が、起きた――
顔を上げると、渦巻いた空気の歪みがマルゴの横にいることをはっきりと視認できた。
「風……魔法?」
「誰が炎しか使えないなんて言ったよ」
よほど生まれ持った能力に恵まれていなければ、複数属性の魔法が使える人間なんて、そうはいない。アリシアが高度な魔法を二属性使えるのでそれに慣れてしまいがちだが、そんな人間は、大きな街でも一人いるかすら怪しい。それほどに、高レベルの複数属性持ちは珍しいのだ。
「俺との差を見とくか?」
マルゴは右手を空にかざすと、力を加え始めた。そして、掌に生成されたのは――土、そして、水。
「クルエス様が余分なスキル抽出魔導石を下さってなぁ……おまけにコイツもある」
マルゴはポケットを探ると、掌にちょこんと乗るほどの小さな魔導石を取り出した。どこかで見た覚えのあるそれを、奴はぐっと握りしめた。
「きた……キタキタ。これだよ!魔力が溢れてくる感じ!これだから止められねぇ」
「その魔導石……スキルレベルを10に上げたのか」
「わかってんじゃん!ハイになっちまう感覚が止められねぇのさ!さあ、第2ラウンドと行こうじゃねぇか!」
マルゴは、『スキル10魔導石』のおかげでスキルレベルを底上げしている。俺のスキルレベルも技能だけなら同じく"10"。タフな戦いになりそうだと確信した。
マルゴは水の腕を俺と同じように装着している。俺も立ち上がると岩の腕を装着し直した。
「なんだ、その魔導石の使いすぎで、あんたさっきから情緒不安定だったのか」
「うるせぇな、餓鬼。さあ、行くぜ!」
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「第9ラウンド終了……お前なかなかやるな。倒しても、倒しても起き上がってくる」
倒れていた俺は、なんとか起き上がった。もう、どこが痛いのか、折れているのか、体がどんな状態になっているのか分からなかった。
ただ、俺を突き動かしているのは"信念"。このまま、たかがクルエスの手下からコケにされて終われない。どうなるにしても一矢報いてやりたいという思いの下、気力だけで立ち上がっていたのだ。
「俺も、スキルレベル強制上昇の魔導石はこれで最後だ。一度に使いすぎて、もうハイにもなれねぇ」
勝手に言ってろ。それでも俺は立ち上がる――
「こいつで終わらせる。お前と同じ岩の腕だ」
マルゴは俺とそっくりの腕を生成すると、指先をこちらに向けて挑発した。
「第10ラウンドの始まりだ!これでぶっ壊す!」
マルゴが勢いのまま腕を振りかぶってきた。俺は腰を屈めてかわし、右ブローで脇腹を狙う。が、突如岩のアーマーが生成されて衝撃を和らげる。
「これがスキルレベル10。そうは落ちないぜ。でもお前はこれでくたばれ!」
マルゴの腕が下から振り上げられると、顎に衝撃を受ける。脳が大きく揺れた。視野が大きく揺さぶられる。マルゴのほくそ笑んだ顔が見えた。
俺は、負けるのか?
ゆっくりと体が宙を舞って、水の上に落ちた。明滅する天井の明かりが、目に入る。ハルは、どうなっただろうかと不安になった。それだけではない。ベルもグレンも、あとアリシアも――
澄ました顔で失敗ばかりの俺を、いつも許して、信頼して、支えてくれた仲間たちが――
俺はただ、助けたいだけなんだ。俺がこいつを止めなきゃ、誰があいつ等を助けられるんだ。
朦朧としていた意識に、光が灯っていく。倒れている俺の指先が見えた。そこにはめていた指輪が、淡い光を放っている。治癒の魔導石が、その力を発揮していた。
「まだ、やれる。俺は、10回だろうが、100回だろうが立ち上がって、お前を止める!」
「まだ落ちねえのかーーふざ、けんな……頭に来た。これで潰してやる。炎熱砲。元々の俺の魔法で、焼き尽くしてやる」
マルゴは両腕を俺に向けている。勝負を終わらせるつもりのようだ。
「粘水流鎧。地の利を活かす。これが俺の戦い方だ」
「死ね!」
マルゴがこちらに炎を撃ち込んできた。俺はそのまま炎に耐える。水を纏わせ泥の表皮にしたから、炎には若干の強度が出るはずだ――
その攻撃は、いつしか、グレンに乗って飛行しているときに受けたそれに思えた。しかし、魔導石の力を使っていないからか、俺でも充分耐えうる熱量に感じられた。
「うがぁぁおおおお!!」
マルゴが更に力を込めていく。徐々にアーマーの温度が上昇していく。
「くぅぅぅぅっっっっ!!」
あと少しだ。あと少し耐えれば――
意識が飛びそうな所で、炎が炸裂した。部屋の中を火炎が吹き荒れ、そして収まった。マルゴが、部屋の中心で横たわっている。天井を見上げて、放心状態になっていた。そんなマルゴに近づいた。奴は魔力切れを起こしているらしく、微動だにしない。情けない顔で俺を見上げることしかできないようだった。
「治療の魔導石だ。さすが、国宝級」
「そんな代物が……?お前なんか、そんな道具がなければ……軽く捻っていたのに」
「あんたはそれよりセコいもの使ってんだろ。元々ガチンコ勝負なら俺が勝ってるよ」
「俺も、負けたのか?リーラと同じように……」
「そういやあの女はどうした?ここにはいないのか?」
すっかり忘れていたが、あの厄介な魔法を使う女がハルたちに立ちはだかっているかもしれないのだ。そう思うと先を急ぎたい衝動に駆られた。
「リーラは……負けたことで……クルエス様に失望されたと思い……志願して魔導石を抽出されている……俺もそうしなければ……」
「あー、そうなの。あんたはやめときな。大したスキルも無いのにスキルを抜かれたなんて、そりゃただの犬死だよ」
そう声をかけると、マルゴは目をつむってシクシクと泣き出した。大の大人が静かに泣く姿を見ると、ただ憐れみの想いに囚われてしまいそうになる。
また、俺はホッとしていた。リーラがこの先俺たちに立ちはだかることはない。クルエスの左腕、右腕が落ちた今、厄介な相手はいないのではないかとも思われる。
「ま、こいつはほっといていいか。さて、ハル、待ってろよ。急いで追いつくからな」




