第五章⑥
「あなたには、光のドラゴンの力が宿っています」
「突然……何をそんな冗談を」
アリシアは僕の目を見て言い切った。彼女の瞳は、冗談を口にしているそれではなかった。
「ゾラは、光のドラゴンを召喚したのではなかったのです。『光のドラゴンの力』と、『それを宿す人間』の二種類をこの世界へ呼び寄せていました。ハルさん、あなたは『外大陸』から来たのではなく、この世界とは異なる世界……異世界から来たのではありませんか?そして、光のドラゴンの力をその身に宿している」
「僕が、光のドラゴンの力を……?あと、外大陸の件は別に……」
僕は、アリシアの発言の真意を理解できなかった。それよりも、アリシアに『外大陸から来たという嘘がバレてしまっていた』ことへの罪悪感の方が脳内を支配していた。
「旅を振り返ってください。サヌールでクルエスに独房へ閉じ込められた時――格子を竜の爪で切り裂いた時――あのときグレンさんがハルさんへ与えたのは、あくまで"きっかけ"でしかなかったのではありませんか?あの時は"一日限りの力"という言葉に引っ張られてしまい、力は消失したと思い込んでしまった。いつでも"竜の爪"を具現化できるのであれば――この扉も破ることができるはずです」
あの時の力は、グレンさんだけのものではなかった……?僕には僕だけの力があって、運命が僕に握られている……?
アリシアだけでない。ゾラの、ソウの、世界からの期待を受けた気がした。目眩がした。ふらりと視界が揺れて、足元が動いた。
僕には、重すぎる――
「敵です!」
突如、アリシアが叫び、それと同時に、彼女が見上げる天井の――天窓がバリンと割れて、何かが落ちてきて、落下した。と思った。それは床に落下せず、ホールの中央で宙に浮いたまま高度を維持した。
見上げた先にいるのは、巨大な黒いドラゴン――恐らく、これがザブラスと、その背には甲冑を身にまとった女性が跨っていたのだ。
「逃げた小娘に追いついたと思ったら、男と小さなドラゴンも一匹ずついるとは」
ザブラスの背に乗る女性は、隙のない目つきで僕たちを睨みつけた。
「黒いドラゴン……それに、クロエ。ドラゴンと人間の組み合わせですか」
「珍しいだろ。私の技能『竜騎士』だ。クルエス様からスキル魔導石を頂いてな。唯一私の不得手な『仲間との連携』の穴を埋めてくれてるってわけだ。せっかくだしネズミを狩ってやろうと思っていたら――青いドラゴン。大物が釣れた」
そう言うとクロエはにやりと笑みを浮かべた。
「昨日からクルエス様も『警備は各々の裁量で自由にやれ』って言ってんだから、自由にやっちまっていいよな?」
「ハル、あなたは先に進んでください。私は、ベルさんとこの二人を食い止めます」
「え、私もやるの?」
「お願いします。ベルさん……」
「分かった――けど、ザブラス目つき怖いんだよね~。私より弱いのに……ま、いっか。アリシア、私に掴まって!」
ベルは多少不満げも、ザブラスより強そうな口ぶりだった。
「ハルさん、すぐに追いつきますので。今度は私、逃げませんから」
僕はアリシアに手を振り上げて、親指を立てた。ベルとアリシアは、ザブラスとクロエに対峙した。
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僕は目の前を閉ざす扉に向き合った。先程気持ちは上向いたが、その思いは瞬間的なもので、既に疑心暗鬼に陥ってしまっていた。僕の中にドラゴンの力が眠っていると信じることはできていなかったのだ。
僕なんかに、力はない。期待されても、力は発揮できない――
僕はずっと、期待されていた――二人兄弟で、出来の良い兄がいたから、全てにおいて期待された。期待されてーーそのうち失望された。勉強では私立中学に入れず、その反面中学では部活に力を注いだけど、所詮県大会出場止まり。努力はずっと続けたけど、鳴かず飛ばず。
いつも、期待外れの僕。またその期待を裏切ってしまうのかと思うと、今すぐにでも逃げ出したい思いになってしまう。そして、その思いはこの異世界にも引き摺っていたのだ。
『この世界で弱さを知ることは、難しい』
ふと、いつかのグレンの言葉が脳裏に浮かんだ。当時はなぜそんな言葉を投げかけられたのか、意味があったのか、全く理解できていなかった。この世界では、強さが数値で示されるから、強者に立ち向かわずに逃げる人も多いらしい。弱さを知る――弱いと分かってても立ち向かって行くことができる勇気――
「僕にはそんな勇気があるっていうのか」
この世界に来てからの僕の記憶を反芻した。
この世界に来てすぐ、ウルフに襲われたときーー
ザブラスに襲われた村へ急いだ時ーー
初めてグレンに遭遇した時ーー
特級ギルドチーム黒鉄と初めて交戦したときーー
クルエスにグレンを奪われたときーー
そして……仲間を失い、希望を見失ったときに、諦めずに糸を手繰り寄せている、今ーー
期待に応えられているか分からない。でも、いつも戦ってきた。仲間がいたからそれを成せたのかもしれないけど、いつも、結果を怖れずに死に物狂いで立ち向かってきたのだ。
それがーー僕の強さなのかもしれないと、胸に希望が芽生えた。
「弱さを知っているからこそーー僕は逃げない。逃げなければ、決して負けない。光のドラゴンの力で……道を切り開く――光竜爪」
僕が振るった腕には、白くて半透明の、鱗の付いた巨竜の腕が重なって見えた。そして、その先に生えた鋭い爪が、扉に吸い込まれていった。まるで溶けかけたマーガリンをナイフで切り分けているように、さくり、と剛体を引き裂く。感触こそ全く残らなかったが、金属が引きちぎられる鈍い音と共に、扉は大きくひしゃげると、奥へ倒れた。
「アリシア、ベル。ごめん、この場は頼むよ」
背後で始まった戦闘をよそに、僕は裂けた扉から先を急いだ。




