第五章⑤
ソウと別れてしばらく進むと、二方向へ分岐した通路にたどり着いた。左側からは、大勢多数の声が響いてきて、恐らく敵の増援。それを避けようと僕とベルは右側の通路を進んで、そのすぐあとに、ホールのような空間に出た。そこは半円形のドームのような広い空間にだった。
「先に進める通路は見当たらない……一旦下ろすね」
ベルは辺りを見渡すと僕を床に下ろした。ベルの言う通り、通路といえば僕たちが入ってきた入口しか見当たらなかったのだ。一方で、入口の反対側には、馬車が悠にくぐれそうな程の大きな扉があるものの、頑強なつくりのそれは固く閉ざされており、近寄っても開く素振りを見せなかったのだ。ホールの中心に戻り見上げてみると、弧を描いた天井全体には天窓のようなものが設置されており、そこには雷雨なのだろう、雨が叩きつけていた。天窓は体育館の天井ほどの高さで、人間では届かない。また、壁には一定間隔でランプが埋め込まれており、先程のマルゴの攻撃のせいなのであろう、赤く常灯している。
「扉が開かないのか……先に進まないといけないのに」
僕たちには時間がなかった。間違いなく敵の増援は僕たちを探していて、通ってきた通路からは数多の足音が聞こえてくるし、グレンがスキルを抽出されているのであるば、既にカウントダウンは始まっている――さらに、グレンから従士契約をされている僕も、グレンの命が尽きると共に死んでしまうのだ。
「壊してみるからそこどいて!水鋭切だよ」
ベルは水でできた巨大な大鎌を扉に放った。しかし、魔法は扉に命中すると、飛沫と化して空気中に消えてしまった。改めて見ると、扉には傷一つ付いていなかった。
「あれ〜壊れない」
「いや、命中する前に消えたみたいだ。これ、魔力循環の魔導石……?魔法じゃ開けられないかも」
以前、独房の格子に魔法が効かなかったときと同じような印象を受けた。この扉は、魔法を無効化してしまう。だからこそ、魔力で破壊することはできないようだった。
そうこうしている内に、背後から聞こえていた足音がどんどん大きくなってきていた。それも、一人や二人の足音ではなく、十人やそれ以上……いや、もっと多くの靴音に聞こえるのだ。
「こんな所で時間を使うわけには……くそ、ベル、早く追手を倒して、どうやって先に進むか考えよう!」
「わかったよ~。サクッとやっつける」
僕たちが臨戦の準備をしたところで、突如、鳴り響いていた足音全てが立ち止まった。
そして、何かがぶつかる音。金属音。叫び声。叩く音。うめき声。最後に、断末魔――
多種多様な音が一斉に聞こえたかと思うと……静寂に包まれた。通路の向こうに、その原因となる何かがいるようだった。暗がりの先を、目を凝らして見据える。そこには人間が……いや、女性が一人。
見慣れた歩み方。身長、シルエット、息遣いーー彼女に、間違いなかった。
「ハルさん、帰ってきました。アリシアです」
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アリシアは、僕に深々と頭を下げると、一言「すいません」と言ってまっすぐ僕を見た。その目には炎が宿っていて、一度は折れてしまった芯が、大木のように幹を成しているように思えた。
「おかえり。驚いたけど……また会えて嬉しいよ」
「時間をいただいて、また、とある出会いのお陰で、心の中を覆っていた霧が晴れました。私はもう、迷いません」
何を伝えれば良いのかわからなかったけど、それ以上の言葉はいらないかもしれないと思った。
アリシアは強い。だからこそ、彼女なりに苦悩して、答えを導き出すことができたのだ。僕とは違う。本当に強い人なんだ。
「時に、ソウはどうされましたか?あと、こちらの小さなドラゴンは……?」
「ソウはマルゴ……クルエスの左腕と戦っていて、僕たちに『先に行け』と。あと、このドラゴンは『ベル』。ドラゴンの里で仲間になってくれたんだ。見かけによらず、相当強いよ。光のドラゴンは見つからなかったけどね」
呆気にとられるアリシアをよそに、ベルは宙を舞った。
「私のいない間にドラゴンの里にも……それは素晴らしいです。実は私も言語変換の魔導石を貰いまして、ドラゴン語を使えるのです。それに、他にも伝えたいことがあります」
アリシアは顔を曇らせた。その表情は、いい話をしてくれる様子ではなかった。
「時間がありません。グレンさんはこの施設に捕らえられています。そして、スキルを全て奪われると、死んでしまう――急いで救わないと」
「ーーアリシア、実は僕たちもそれは分かっている。でもここから先に進めなくて」
僕が開けられない扉を指さすと、アリシアは扉周辺に付けられた魔力循環の魔導石を眺めて、「なるほど」と呟いた。しかし、彼女は諦めた様子なく、僕に向き直るとこう言った。
「……ハルさんならきっと、この扉を開けられます。光のドラゴンの力で」




