第四章⑭
「永遠の命を与える……魔導石」
まるで、おとぎ話にでも出てくるような代物に、僕は目を見開いてしまった。そして、クルエスはーー永遠の命を得るつもりなのだという事実を知った。
「攻撃を仕掛けた側は、仕掛けられた側へその種族が持つ秘宝を譲る……今や人間側にてそのルールは形骸化してしまっておるが、かつては争いを抑制する働きをしておったのじゃ……じゃが、こちとら秘宝を失ったとしても、もうよい。互いの種族間にある線引きをはっきり示すためにも、人間へ攻撃を仕掛けて決別するしかないのじゃ」
「ちょっと待ってください。そんな事をすればクルエスの思う壺です!混乱に乗じて『ドラゴンの秘宝』を奪いに来ます!」
「人間が我々を?そんなことはできっこあるまい」
「それが出来るかもしれないんです。だって、グレンさんのスキルが奪われているかもしれないんです。それに、奴は『人間界の秘宝』も持っている……太刀打ちできません!」
「全て事実だとしても、戦いの気を止めることはできんのじゃ。ドラゴンは友好的と申したが、それは昔の話。最近では、人間とは距離を置くよう考えている者が多数派になってきておる。だからこそ、里の平静を保つためにも、このきっかけで人間を攻撃せねば示しがつかん」
「ですが、今じゃなくてもーー」
「では、"いつ"が最適なのじゃ?我々が譲歩を申し入れられる人間はおるのか?そしていつ話ができる?グレン殿が人間に囚われていることが里中へ知れ渡れば、ゲリラ的に人間を襲ってしまうかも知れぬぞ。"今"私の指揮の下、事を進めるのが最適なのじゃ」
ブレアは聞く耳を持ってくれなかった。いや、"里の最善"を優先にしながらも、人間の安全にも配慮をしてくれているのだ。僕の言い分へ理解も示してくれている。あとはきっとーー僕の話に想いが足りていなかった。
「――時間を、少しだけでいいんです。頂けないでしょうか。僕たちがクルエスを止めたいーーいえ、必ず止めます。そして、グレンさんとザブラスを連れ帰ります。そうしたら、人間への攻撃を……止めてください」
手持ちのカードが何も無い僕の、精一杯の交渉だった。誠実に、現状を伝えるしかないのだ。決断を委ねることになるけど、そう伝えるしかなかった。
「……あなたの誠実さは、この少しのお話から伝わってきました。それに免じて、グレン殿とザブラスを連れ帰れば、人間を攻撃しないと約束しましょう。ただし、次の日が昇るまでにお二方を連れ帰ってくだされ」
「もう正午頃なのに、時間がなさすぎます!」
気持ちが伝わったと思った直後の急転直下だった。次の朝日を拝むまで、一日も残されていない。クルエスの元へ辿り着けるかどうかすら怪しい。
「貴方がたがこの地を訪れたことで、堪忍袋の尾が切れてしまった者の声も聞こえているのでな。『人間をこの地に入れるな。争いを持ち込む人間は殺してしまえ』と。私は、そやつらを宥め時間稼ぎをすることで精一杯。これが私のできる最大限の時間的譲歩なのです」
「時間の件は……わかりました。では、少し話を変えさせてください。『光のドラゴン』はこの里にいませんか?最近、この世界に降り立ったかもしれないんです」
「光の、ドラゴン……大昔にはおりましたが、今はおりませぬ。もし里の者が知っていれば私の耳にも届いているはず。そうでないということは、里にも情報はございませぬな」
「光のドラゴンは……いない」
またもや失意を抱いてしまった。『光のドラゴン』がドラゴンの里にいなかったということは、クルエスへ対抗することは、極めて難しいということ。そして、ブレアの様子から察するに、ドラゴン側からの戦力は期待できない。
打つ手なしかーー
僕は、まさに頭が真っ白になってしまった。あとは、せめて頭を下げるしか僕にできることはなかった。
「……では、せめて、グレンさんを救うために皆さんの力を貸してくれませんか……?どうか、お願いします」
「ワシはお主の言葉を信じておる。ただ、推測で物を言っている部分はないか?反抗的なドラゴンはもちろん、友好的な者も、憶測では動くに動けん」
確かにブレアの言う事は至極当然だ。僕は、あくまでクルエスの表面的な動きから推論を語ることしかできていない。ドラゴン達の心を動かすには、決定的な証拠が必要だったのだ。
やはり、ダメだ。このままソウとたった二人で、クルエスに挑むほかないのか――
「ーー但し、このまま背中を押すわけでは無いから安心するのじゃ。心許ないかも知れぬが、私自身からいくつかサポートをしよう。まずはこれを持つのじゃ。里に残る宝の一つ『言語変換の魔導石』じゃ。この先我々が人間たちと決別する未来を選べば、用済みになる代物。但し、逆の未来が訪れた暁には、いずれ返しに来るのじゃ」
「え、助けてくれないのでは……?」
「私は貴方がたを否定したいのではないのでな。里の長としてではなく、一匹のドラゴンとして、信じておりますぞ」
ブレアは一転、僕たちを助けてくれることを宣言して、机の下から小さな箱を取り出した。僕が困惑していると、彼女は、それを開けろと言わんばかりに顎を引いた。
ブレアは、人間へ真っ向の敵意を剥き出しているわけではないのだ。可能な範囲で助けてくれるらしい。
僕は、意を決してその古めかしい箱を開くーーと、見慣れたネックレスが入っていたので、取り出して、そのままソウに手渡した。そこで気が付いたが、結局ソウには同時通訳を出来ていなかった。ソウは僕とブレアが何のやり取りをしているのか理解できず、ポカンとした表情で僕の背後に立っていた。
「……ドラゴンの言葉がわかる――まさか、こんな国宝級の装飾品をもらったのか?」
「もらったというか、借りただけだから、いずれ返さないと」
ネックレス状の魔導石を首から下げながら、ソウは驚いていた。あとで話の成り行きを話しておかなければならないだろう。
「次に、この里に伝わる魔導石――『治癒の魔導石』じゃ。ドラゴンは傷を負うことも少ない故、ワシですら使ったことはない。お主らに渡しておこう」
これはソウがブレアから進んで受け取った。指輪状になっているらしく、ソウは指にはめると感嘆の声を上げた。
「すげえ、疲れが引いていく……これも話だけは聞いたことがある国宝級の魔導石――」
「かつてこの里に紛れ込んだ者からもらったものじゃ。では最後になるがの、おい、ベル、いるか!?」
ブレアは洞窟内に響き渡るほどの声で誰かを呼んだ。すると、一匹の青いドラゴンが部屋に飛び込んできた。それを見た僕は、何度目かの驚きの声を上げてしまった。ドラゴンは大きいものと思っていたのに、それは"人よりも小さい"くらいの大きさで、僕でも抱えられそうなほどだったのだ。ベルと呼ばれた青いドラゴンは、小さな翼を羽ばたかせながら、くるくると宙返りしている。
「はいは〜い。何でしょう。"里の長代行様"」
その声は、森で僕たちを道案内してくれた、"高くて透き通った声"そのものだった。
「一匹ならお主らへ力を貸すことを許可しよう。そして、同行するには小柄なこやつが適任じゃろうな。さあ、ベルよ……この者達と共に行くが良い」




