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第四章⑬

「何だ!?誰かいるのか?」


 ソウが叫ぶと、その声は再び聞こえてきた。


「ニンゲンだよね。やっぱり言葉が分からないな〜。何だか焦ってそうだけど。どうしよう」


 その声はなんだか戸惑っている様子に聞こえた。まるで、ソウの言葉が通じていないようだったのだ。それに加え、"ニンゲンだよね"と呟いた事実が意味するのはーー声の主が人間ではないということ。そこまで推理した所で僕は思い出した。言語変換の魔導石が機能してくれているお陰で、僕だけが"その声の主"の言葉を聞き取れているのだ。このまま僕が言葉を伝えて、もし相手に敵意がないならーー会話ができるはずだ。そこで僕は、声の主に対して慎重に声をかけてみることにした。


「あの、僕の言葉、わかりますよね?確かに僕たちは人間です。ただ、そちらこそどなたでしょうか?」

「……え、ニンゲンなのに言葉が分かるの?じゃあ、どうしよっかな〜。住処に入れちゃってもいいかな?まあいいか!光について行って!」


 すると、高く澄んだ声が言う通り、足元へ仄かな光が灯った。そして、それは蛇行しながら森の奥へ続いている。


「ソウ、ついてこいって。進んでみよう」

「そんな罠かもしれないところにーーいや、分かった」


 ソウは戸惑いつつも、僕が会話した内容に察したらしく、文句を言わず後をついてきてくれた。道は右に左に続き、いつしか方角も見失ってしまっていた。しかし、進めば進むほど地面は乾燥し、陰鬱した森の雰囲気が明るさを取り戻してきた。


もうすぐ、到着するはずだ――


 そう思った矢先だった。森が開けた先に谷間があって、その脇に大きな洞窟が口を開けていたのだ。光の路はいつの間にか消えていたものの、その中から誘われていると理解した僕たちは、恐る恐る足を踏み入れた。


「¢€#¶@>=№^!!」


 暗がりに入ると、一斉に沢山の声が降り注いできた。ただ、あまりに声の出元が多く、何を言っているのか全く分からずに呆然としていると、洞窟内へ明るみが灯った。

 そこには、一匹や二匹どころではなくーー数えるには両手でも全く足りないほど、見渡す限りにドラゴンがいたのだ。


「ようこそ。ドラゴンの里、"ドネゴール"へ」


 そして、最も手前にいる巨大なドラゴンが、僕とソウを見下ろして、歓迎のことばを声高に叫んだ。


ーーーーーーーーー


「元々ドラゴンは人間に友好的なのじゃ。だが言語の壁が厚くての……何百年ぶりかじゃよ。意思疎通できる客人が来たのは」


 その後を追う僕たちに、褐色の鱗をした巨ドラゴンが振り向いてそう言った。あまりに気さくな雰囲気なので、騙されているのではないかとも勘ぐってしまったが、言葉の節々に混ざる溜め息や相槌の生々しさから、どうやら本当に客人として招かれているのだと思うことができた。また、そもそもグレンにも友好的な気が大いにあったことを思い返すと、今回のドラゴンのもてなしは、至って自然であるようにも感じられた。


「おい、本当に大丈夫なんだよな?」

「大丈夫。僕に任せて」


 ソウは生きた心地もしないような、怯えた表情で僕の後を付いてくる。しばらくは同時通訳をしながらドラゴンと会話する必要があるだろう。


「さあ、客人よ。席につきなされ」


 しばらく進むと、僕たちは手入れのされた客室に招き入れられた。洞窟内にも関わらず、魔法のお陰なのか、太陽が直接照らしているくらいに明るかった。椅子や机は石材だけど、あえて人間サイズが用意されている。


「久しく人間の客人が来ておらぬからの。それに即した振る舞いも出来ぬが、許しておくれ」


 巨ドラゴンは優しい声色で僕たちに声をかける。


「あの、ここまでもてなして頂いて、ありがとうございます。僕はハル。こちらはソウと言います。言語変換の魔導石を持っているので、皆さんとは僕だけが会話できます」

「おやおや、それはよいのぉ。おっと、自己紹介が遅れましたな。私はブレアと申します。この里の長代行をやっております」

「代行?」

「そうなのじゃ。実は、里の長がしばらく前から所用で里を外しておってなぁ。私が前の長を務めていたこともあって、しぶしぶ引き受けているということなのじゃ」

「長が所用で里を出て……?もしかして、里の長って、"グレン"と言う名前だったりしてーー」

「おや、ご存知であったか!広い世界で既に貴方がたにお会いしていたとは、グレン殿も運が良い」

「そもそもこの場所も、グレンさんが教えてくれたんです。いざという時には頼ってくれと」


 僕は、グレンが里の長だということに驚きながらも、話に盛り上がって本題を失念してしまっていた。時間が多く残されているとは思えないので、早速話のテーマを変えた。


「……実は、そのグレンさんが悪い人間、クルエスと言って、ギルドマスターの地位にいる人なのですが、そいつに捕まってしまったのです。なんとか彼を助けたくてーー手を貸していただけないかと、僕たちはこの地を訪れたんです」


 僕は深刻な状況を伝えてみたけど、ブレアは変わらない抑揚で会話を続けた。


「そうかそうか。グレン殿は明るく、優しく、腕っぷしも強い。どこかで油断が生じたのやも知れぬな。それで、我々は何をしてあげられそうかの?」

「ではまず、グレンさんが捕まったのにはクルエスだけでなくドラゴンの協力者もいるんです。"黒いドラゴン"……ご存知ありませんか?」


 そこで、ブレアは初めて戸惑いを露わにした。捉えづらいが、表情も失意の感情を噛み締めているように感じ取れた。


「まさか、あやつに手を焼いているとは……黒いドラゴンは一匹しかおらぬ。"ザブラス"であろう。逸れもので、ドラゴンにも、人間にも相容れない性格なのじゃ。しばらく前に里を飛び出してしまってなぁ。若さ故の勢いなのだと里の皆は言っておったが、以前より、時折グレン殿は探しに出回っておったのじゃ。まさか、そんなことになっておったとは……」


 ブレアは大変だ、大変だと混乱しているようだった。でも、僕たちにはまだ聞くべきことがたくさん残っている。


「あの、そのザブラスの弱点というか、特徴はありませんか?」

「……ああ、取り乱してしまい申し訳ないのぉ。ザブラスは元々野心があったのじゃ。ただ、他のドラゴンと比べても能力は高いとは言えず、燻っておったのじゃよ。希少な闇魔法を使えるというのにのおーーもしや、それを悪用されおったのかもしれん」


 それを聞く限り、ザブラスは外界にてクルエスと出会い、利害が一致したので協力関係にいるのだと推測できる。もしくは、クルエスの人心掌握で、燻っていた心を掴まれてしまったのかもしれない。


「ただーーお主の言う事を信じるのであれば、理由はどうあれ、ザブラスは人間に利用されておる。さて、これ以上人間がドラゴンを利用しないようーーこれから不可侵条約を撤廃して、人間を攻撃しようかの。お互いを隔てるためにも、そうあるべきじゃ」

「いや、そんな急に……攻撃を?そんなことをしたら、甚大な被害が出ますよ」


 突然に暴力的な話題を展開されて、僕は驚きを隠せなかった。ドラゴンが人間を攻撃するなんて、どう考えても人間が過大な影響を被ってしまうだろう。


「かつては竜騎士足りうる人間もいたというのに……既に人間の中で条約は形骸化しておる。そうだろう?」


 それは間違いのない事実だった。僕は当然ながら、ソウもドラゴンと人間との関係性についてそこまで把握していないし、博識のアリシアでさえ概要しか知らなかったのだ。


「元々は人間側からの過度な抑圧を避けるために、こちらが譲歩して条約なるものを制定したのじゃ。それが忘れ去られておるとは何たる寂しいこと……本来は互いの種族を傷つけ条約を破れば、互いの持つ秘宝を譲るという取り決めであったが、人間側はその取り決めなぞ失念しておるのであろう」


互いの持つ、"秘宝"――?


 ブレアが発した単語に引っかかった。クルエスの研究で使われていた、『人間界の秘宝』と呼ばれている『賢者の石』。そして、昨日彼が口にしていた、『ドラゴンの秘宝が手に入る』というセリフが、紐づいた気がした。


「あの、僕たちが知らないのも失礼なんですが、その『ドラゴンの秘宝』とは、どんなものなのでしょう」


 僕の質問に、ブレアはもったいぶる様子もなく言い放った。


「ドラゴンの秘宝ーーそれは、発動者に永遠の命を与える、『不死の魔導石』じゃよ」

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