第四章⑫-ex(アリシア)
私は、早朝に隠れ家を後にした。ザックさんは、捕まる可能性を下げるためにももう少し居座れば、と言ってくれたけど、申し訳なさもあり、早々に王都を発つことにしたのだ。捕まってもいいや、という自暴自棄に近い感情も、その決断を後押しした要因のひとつだった。万が一捕まっても、檻の中で反省できる。そこで、少しでもハルとソウ、グレンへ謝罪できるのだと。王都は多少なりとも憧れの場所だったけれど、私にとっては、既に辛い思い出が残る場所になってしまっていた。
隠れ家を後に王都を歩いてみたものの、王都から出る手段は何も考えていなかった。本来、臨時入都登録で入都しているべきだけど、今は不法入都中の身。正規の方法で出都することができないのだ。それに加え、ギルドを利用できないため、頼る先もない。王都に知り合いがいない私は、行き先もなく八方塞がりだったのだ。
それでも、何かしら警備の穴がないかと大通りの大門付近で様子を伺っていたときだった。大門に向けて走る馬車が見えたのだ。そして、その馬車を先導する乗馬した女性ーー何となしに見たその人に目を奪われた。
その人は、隙のない目付きをした甲冑の女性だった。背筋をピンと伸ばして乗馬している姿は、気迫に満ちていた。いつだったか、聞いたことがある。ギルドに単騎登録し、たった一人でどんな依頼もこなす特級冒険者――孤児院にいる時、アラン達が土産話にと教えてくれたのだ。その話を聞いた時の興奮や驚きは未だに覚えているーーそんな話でしか聞いたことがない女性のことを、現実で見かけ、それがその当人なのだと確信したのだ。
話は戻り、そんな一騎当千もの冒険者を筆頭とした格式の高そうな護衛に囲まれた客車には、明らかに重要人物が乗っているようだった。しかも、馬車だけでなく馬にも装飾がなされていて、馬車の所有者は相当の稼ぎであることも見受けられる。
どんな人が乗っているんだろう――?
素朴な疑問から、馬車を囲む人だかりを縫いながら近寄ってみた。そして、人混みの中から客車を覗き見ようとして、窓にはめられた格子の先にいた女性と、隙間越しに目があった。穏やかそうなのに、決して隙のない切れ目。下ろした白髪からは若々しさが感じられ、整った顔立ちが似合っている。そして、見覚えのある顔のパーツ類ーー
「まさか、ソウの……お母様?」
「あら、困った顔をしているわね……乗っていきますか?」
突然何を言われたんだと、私は一瞬たじろんでしまった。すると、前触れなく馬車が突然停止した。
「今なら安全に乗車できます。さあ、どうぞ」
仲間のいない心細さと、王都を脱出できる可能性が頭をよぎり、考える間もなく体が動いた。客車の中に乗り込んで扉を閉めるとすぐ、その様子を見ていたと思われる住民が叫び声と共に扉を叩く。
「一般人は無視して問題ありません」
ソウの母親――ゾラがそうはっきり言い切ると、馬車が動き始めた。それと同時に警備兵が通行人を叱る声も聞こえたので、どうやら突然横断した通行人の対応で一時停車しただけのようだった。
動き出した馬車の中で、深く考えず行動したことを後悔した。私の行動は間違いなく警備兵と住民に見られていたのだ。百歩譲って住民が何も言わなくても、私の行為を見ていた警備兵は、直ちに私を連れ出すに決まっている。私自身が投獄されようがどうでもよいが、ゾラへ迷惑をかけかねないことに気を揉んでいたのだ。
「昨日も伝えましたが、やはりクルエスは油断しているようです。そのため警備兵も士気の緩んだ者しかおりませんので、私が手招きした客人程度、大目に見てくれます。甲冑の女性――クロエは冗談が通じないでしょうけど」
それを聞いて、一瞬緩んだ気持ちが少しだけ萎縮した。
「大丈夫。彼女にさえ気づかれなければね。それにしても、浮かない顔をしているわね。仲間二人が一緒じゃないことは関係している?」
昨日の、ソウを心配する深刻そうな声色と表情からは想像もできないくらい、サバサバして抑揚のある印象だった。
この馬車を見掛けて乗り込んだのも何かの縁。馬車へお邪魔した手前、私がしてしまったことと、これからどうすればよいのかを相談しても良いのではないかと考えた。
「二人と離れたのは……私なりのケジメでした。仲間であったドラゴンを――グレンさんと呼ぶんですが、クルエスに唆されて、彼を売ってしまったのです。いいドラゴンだと信じきれなくて……身を挺して助けてくれたことがあったのに、です。言い訳にしかならないのですが、信じていたギルドや、信頼していたギルドチームに裏切られたことのショックが大きくて、信じられるものがなくてーーそして、自分自身に力があると思っていたのに、ただの井の中の蛙で、私は足手まといだった。ソウの覚悟や、ハルの芯の強さに比べて、私はあのチームに不釣り合いだったのです。二人の目に映る私がちっぽけに思えて、辛かった。だから、その背中に追いつこうと焦って、何が最善なのか、誤った判断をしてしまったーー」
想いは、心の中に閉じ込めていたものだった。一言話すと、次から次へと流れ出してしまって、止めることができなかった。ゾラは、私の言葉をただ頷いて聞いてくれていた。
いつの間にか、馬車は王都を発っていた。そして、目的地に到着するまで、幾分かの時間を要するようだった。




