第四章⑧
「お、ハルも終わったか」
ソウが、陽気な声色で僕へ声をかけた。まるで憑き物が取れたような表情で、すがすがしさも感じられるほどだった。アリシアも無事らしく、隠れるようにソウの後ろに立っている。
「やっぱり俺の方が強かった。相性を理解すれば余裕の無傷突破だぜ。で、アリシアは?」
「力不足を痛感しましたが、何とか。フローリアにたどり着くまでに、魔力なしで戦っていたことが勝因だったと思います」
「僕も、そうだね、負けたからこそ勝つために頑張れた。二人のお陰で勝利できたんだと思う」
「……って、三人を伸したものの、クルエスはどこだ?やられた奴らにやり返して、気持ちよくなっちまってた」
勝利により場へ流れていた緩い空気を吹き飛ばした。ソウが唇を噛みながら辺りを見回している。思い返すと、元々この大聖堂にはクルエスしかいないはずだったのに、なぜ黒鉄のギルドチームが待機していたのだろうか。
まさか、僕たちが大聖堂に行くという情報が漏れていた?一体なぜ?そしていつ?どこから?……いや、誰から?
「ソウ、一旦引こう。もしかしたら敵の罠かも――」
「素晴らしい、諸君」
僕が言いかけると、大聖堂の扉が大きく開かれた。そして、盛大に響く拍手と共に男の声がした。それは、決して聞き間違えることのないーークルエスの声だった。クルエスは、屋内を見渡し、倒れている黒鉄の三人を一瞥した。
「確か『次は簡単に捻ってやります』と言っていたのに、やはり、まったく相手にもならなかったか。油断して例の魔導石を使わなかったのも残念だ……せっかく作ったのに、無駄になっちゃった。さて……一方の君たちは難なく特級ギルドチームを撃破した。どうしてほしい?彼らの代わりに特級へ格上げしようか?」
「あ、ふざけるな。何が特級だ。あんたの体のいい手先になんて誰がなりたいかよ」
「全く、口の悪い……罪を帳消しにしてギルドへ復帰させてあげようと思っているのに、残念だ。ただ、いずれにしてもーーもはやどちらを選択しても同じだったかな」
クルエスはそう言うと、中央の通路をゆっくり歩いてきた。そして僕たちの眼前に立ち止まると、僕に向いて顔を覗き込んだ。
「君が……ハル君だったか。聞きたいことがあってね。君がドラゴンを使役しているのだね?楽しい?嬉しい?どんな感想を抱いているかい?力を得て最高の気分かい?それともまだ力を欲している?」
「ーー!!あなたはどうかしてる……彼は仲間で、友人です。あなたはまるで、ドラゴンを道具として見ているみたいだ」
クルエスは僕の返答に反応せず、笑みを浮かべたまま踵を返すと、近くのベンチへ腰を下ろした。そして、僕たちを観察するかのように眺め始めた。まるで、僕たちから質問を投げかけられるのを待っているように、子どもみたいな表情をしていた。
この余裕と様々な違和感。そして黒いドラゴンの来襲ーー
これまでの経験では推測できないことがある。クルエスに、疑問を尋ねるしかないのだ。そして、彼もそれを求めている。
「……黒いドラゴンを王都に手招きしたのはあなたですか?」
「やっと聞いてくれましたね。そう、その通り。彼は私の"駒"ですから。私の理想を創り上げるための、一ピース。彼を王都へ呼んだのは私。他の街村への攻撃も、私の指示によるもの」
「待って!あなたは『ドラゴンによる火種を収拾している』って。その言葉を信じていた……だからこそ、黒いドラゴンがイブレ村やハイエル村へ襲ったことに、あなたは無関係なのだと信じていた……」
「おっと、失礼。"一方で、目的のためドラゴンを利用している"と、お伝えしていませんでしたか」
突然声を荒げたアリシアに、僕とソウは驚いてしまった。特にソウはーー憤慨していた。
「今の会話は?アリシア……クルエスと会っていたのか!?」
「アリシアさんをお責めにならず。昨日、偶然お会いしましてね。少し雑談をしただけです」
「……アリシア。だから作戦が筒抜けだったのか」
「アリシアさんのせいではありません!元々あなた達の誰が何をしようが、起こり得る運命は変わらなかったのですから。早いか遅いかの違いだけ……間もなく私の理想が手に入るということが。まずは赤いドラゴン。そして『ドラゴンの秘宝』」
先程抱いた違和感が明確になった気がした。なぜクルエスが黒いドラゴンに王都を襲わせたのかーー
「グレンさんを捕まえるために黒いドラゴンに王都を襲わせたのか……?」
「おお、その通りです!これまでも、黒いドラゴンで被害を煽れば、その収拾のためすぐに赤いドラゴンは姿を現すと思っていたのですが、なかなか現れず――あなた達に接触してもダメ、タナラタ山で確保寸前まで行くも失敗――今回もダメ元で王都を黒いドラゴンに襲わせようと企画していました。あわよくば、赤いドラゴンは黒いドラゴンを止めに姿を現す。もしくはあなたたちと共に観閲式に近づくーー黒いドラゴンと赤いドラゴンが交戦でもすればーーあとは捕えるのみと。予定外だったのは、前日アリシアさんとお話できたことで、作戦に万一の綻びがなくなったことです」
クルエスは、至極饒舌だった。まるで、二位を引き離し、ぶっちぎりのゴールを目前に控えているトップランナーの如く余裕だった。僕たちにはそれを止める術がないのかと、冷や汗が垂れる。
そして、開け放たれた扉の外から突然風雨が吹き込んできたーーそれと同時に、聞こえていたドラゴンの雄叫びが一つから二つに増えた。二匹のドラゴンが、互いに咆哮しているのだ。その雄叫びは、まるで戦闘開始の合図のように聞こえた。
街の外で待機していたグレンが、僕たちの様子を見に街へ近づき、その結果黒いドラゴンに接触してしまったのかもしれない。
「ダメだーーグレンさん……来ちゃダメだ!」
グレンと念話を繋げようとしても、既に手遅れだった。いくら問いかけても、反応がなかった。
「ガアアアアアア」
「グガアアアアア」
僕は一心不乱に大聖堂の外へ飛び出ると、荒天の夜空を仰ぎ見る。二匹のドラゴンは、宙で羽ばたきながら叫び声を上げていた。会話をしているようにも聞こえたが、すぐに言葉にならない叫び声へ変化した。
「グレンさん……これは罠だ!お願いだ……逃げて!」
「放て!」
僕の願いも虚しく、大通りで大所帯を組んでいた隊列へリーダーらしき人が合図すると、隊列はグレンに向けて何かを射出した。それはヒュルヒュルと空を泳いでグレンの手足や翼などに次々と絡まっていく。
「魔力循環の魔導石を織り込んだロープです」
多分、クルエスがそう言っていた。でも、僕はそんなことはもう、どうでもよかった。兵士たちのその行為を止めようと無我夢中で走り出して、隊列を殴りに掛かろうとしてーーソウが引き止めた。
「今こっちに目を付けられたら、俺たちも捕まる!」
ソウに羽交い締めにされたまま空を見上げると、いつの間にか黒いドラゴンは消えていて、雨が収まり始めていた。
「雨が止んだら……グレンさんは飛べない!」
僕が叫んだ言葉通り――グレンは突然重力を身に受けたように、地面へ一直線に落下した。そして、それを待っていたのか、何処からともなくおびただしい数の兵士が出てきて、みな何かの魔法を唱え、グレンを拘束した。
「いいぞ。檻に入れてミストラへ運べ!」
隊列のリーダーが叫ぶと、グレンは為すすべなく檻へ入れられてしまった。僕たちの目の前で、堂々と。
「……元々この日は、ドラゴンとの不可侵条約を締結した、平和を明示した日付。そして今日、かの赤いドラゴンが手中に入った。なんたる宿命とは思わないかね。諸君」
クルエスは興奮して叫んでいた。グレンの入った檻を見ながら手を広げ、くるくると回転している。兵士たちはがそれを見て、歯を見せて笑っている。僕はそれを見て、虚しさと、悔しさとーー怒りががこみ上げてきた。
「ハル、もう見るな!聞くな!悔しい気持ちは痛いほどわかる。でも今は噛み締めとけ!借りは必ず、後で返してやろう。ザックが迎えに来た。今は逃げるんだ……!」
ソウが力いっぱい僕の手を引いた。そこから隠れ家へ逃げきるまでの道中のことは、ほとんど覚えていない。ただ、ずっと、ずっと、出血するほどに唇を噛み締めていたことは記憶に残っている。仲間を奪われた喪失感を、少しでも紛らわせたかったからーー




