第四章⑦
「今日は邪魔が入らねえって話だ。存分にやらせてもらうぞ」
アランはそう言うと、手をかざした。その手からは雷が放出されて――
「ちょい待ち!」
僕の眼前がソウの手で覆われた。岩石を纏った腕が、寸前で雷を防いでくれた。
「攻撃するも何も、外にドラゴンがいて、ほかのギルドチームはその対処に追われてる。住民が襲われているんだぜ。アンタらは行かなくていいのかよ!」
ソウはアラン達へ叫んだ。その叫びは、僕にしてみればクルエスに会うための体のいい嘘にも聞こえるのだけれど、声には迫真がかかっていた。だから、どちらかと言うと、その言葉は本心なんだと感じた。
「俺たちには重要任務が待っているーーお前らってわけだ。住民?救う価値があるなら後でいくらでも救ってやる。じゃあ、行くぜ。前は邪魔が入ったんだーーそのとき仕留め損ねた奴をやる」
アランはソウの言葉を半ば無視して叫ぶと、相手の三人はそれぞれ距離を取った。
「クリフ、その口の軽そうな小僧をやれ。アンジェラは小娘だ。俺は目つきの悪いこいつをやる」
「俺の話なんか聞く気も無しかよ……ハル、アリシア行くぞ」
クリフとアンジェラは、ソウとアリシアにそれぞれ対峙した。二組とも、互いの攻撃を避けて距離をとった。
そして、アランが僕に向き合った。前回は、雷に打たれただけで何も出来ずに終わってしまった。アリシアとソウ、そして、グレンに迷惑をかけてしまったのだ。
「おい、どうした。今日まで無策でいたのか?んなわけねえよな」
「もちろん、どう倒そうかずっと考えていましたよ。熱眩煙」
僕は手をかざすと、掌から力を発するイメージで熱を生成した。その熱で空気中の水分を加熱していきーー瞬間的に蒸気を発生させる。
この魔法には多少なり時勢の運も必要で、湿度が低いと効果を発揮しづらいのだけれど、生憎にも外の豪雨で湿度が相反的に高まっていたのだ。
僕の掌を中心に室温が高まり、それに伴い目の前すら視認できないほどの濃密な霧が湧き出てきた。そして腕を振るい、霧を拡散させた。
「つまらない魔法を……ただ、俺の技能は”連撃”だ。人間なんかひとたまりもない雷の嵐を受けてみな」
アランの元から電撃の連射が放たれた。僕は身を翻して後方のベンチに隠れ、攻撃を防いだ。
「おいおい、隠れてるのか?それじゃ俺は倒せねえぞ。一歩ずつお前に迫っているぜー。時間の問題だぞ」
少しずつアランの声が近づいてくる。それに伴い、ベンチの背もたれは雷に打たれて少しずつ削れていく。なんの手応えも感じないことに苛ついたのか、アランはつまらなさそうにため息をついた。
「おいおい、これで終わりじゃねえよな。対策練ってこれかよ」
アランが挑発し、舌打ちした。僕を焦らせベンチから姿を出させようという魂胆……ではなく単純に苛ついているらしい。でも、僕はまだアランの前に姿を出せないのだ。
以前にアランと対峙した時は、グレンから授かった竜の力で雷を防げたのだが、その力は、今はない。ただしーー今回は僕の力だけでも、勝機はあるはずなのだ。
アランの気配がすぐ背後にあった。ベンチの背もたれの、すぐ背後から僕を見下ろしている。そこから与えられたのは、敵意ではなく、殺意だったーー僕はそれを背に感じて、思わず身震いしてしまった。僕の様子を感じとったアランは、ベンチ越しに話を続ける。
「そこにいるのか?……ああよ、ギルマスが言うには、お前らは殺すのに惜しいってさ。だけどよ、もう遅いんだ。準備は整ったのだと。新人君には悪いことしたな。差がありすぎて、前回と同じだ。一方的に殺しちまう」
「勝手に完結させないでください。僕はほとんど返答してませんよ。戦いでは、思い込みがーー仇になります」
「何を素人が……!雷疾撃、まともに食らって死にな!」
キレたアランの舌打ちと共に、雷撃を準備する放電音が聞こえた。バチバチと、電撃を貯めるような音だった。
以前だったら、これは僕が死にゆく音に聞こえていただろう。ただ、明確に。この方法で対抗できると、閃いていたのだ。これで、きっとアランに勝てるのだと、起死回生の一手を既に思い浮かべていた。
「溶放煙」
僕は、床の大理石に触れると、魔力を加えた。すると、瞬く間に地面が赤黒く変色し、粘度を帯びていった。液体へ近づいた大理石に、ぼこり、と気泡が弾ける。僕はそれへさらにーー魔力を加えていった。
もっと強く。もっと、もっと、もっと強くーー
すると、大理石はより粘度を落とし、液体ほどの滑らかさになった。そして、その表面から黒い水蒸気を放出し始めた。
「さっきの目眩ましと同じか?お前の場所はもうわかっているのに、何を今さら!」
雷の強撃が、背後のベンチを破壊した。僕とアランの目が合う。赤く血走り、正気を失っているようにも思えた。僕は、それを見ながらもさらに大理石へ力を加え続けた。すると、巨大な気泡が破裂する音と共に、細かな粒子を含んだ黒い煙がもうもうと吹き出してきた。思わずそれを吸い込んだアランは、ゴホゴホと激しく咳き込んだ。
「この煙はなんだ……くそ……舐めやがってーーいい加減死ね」
アランは僕に指さすと、人差し指の先端から閃光が煌めいたーーが、それは黒い煙を通過することなく、途中で霧散してしまった。
呆気ない瞬間だった。アランは、実態もままならないような黒い煙に、必殺魔法が吸収されて無に帰してしまったのだから。
「俺の雷が……立ち消えた?何が起きている」
アランは何度も何度も雷を僕に向けて放ち、そして、黒い煙がすべてを吸収した。また、それに伴い黒い煙が帯電していき、電気を蓄積しているのだ。
「こんな、ばかなことが……俺の魔法は超レアなのに」
「前の敗北があったから、それにかまけず鍛えてきたんですーー溶岩魔法の応用……色々考えました。では、そろそろこの雷お返ししますーー炎還撃」
僕は、大理石に加え続けていた腕をアランへと振るった。すると、黒い煙は一瞬浮遊してアランにまとわりついた。その煙は、どんなに抵抗してもアランから離れない。そして、黒い煙の中に稲光のような閃光が放たれ始めるとーー雷鳴が轟き、アランを鋭い白線が突き抜けた。
「この世界にたどり着いて、せっかく助けてもらったのに、すいません。しかしーーこれで少しでも会心してもらえたらいいのですが」
アランはその場に崩れ落ちて、天を仰いだ。




