第四章⑤-ex(アリシア)
決行日が近づくにつれて、少しずつ心は穏やかとは言い難い状態になっていった。当初こそ固い信念があったはずなのに、流され流され、いつしか何が私を突き動かしているのか分からなくなってしまっていたのだ。
旅の始まりには『孤児院に入る子供たちを減らしたい』と大手を振るっていて、イブレ村でドラゴンからの被害を見たら、『ドラゴンが人間を襲う事件を解決すれば当初の目的につながるかも』となり、最後には『ギルドマスターが全ての元凶なので、野望を阻止する』となっていった。オマケに敬愛していたギルドチームにも攻撃されたし、叔父さんも身を挺して救ってくれた。どれもついでの話ではさらさらないのだが、あまりに色々なことがありすぎたのだ。
何が正しいのか、誰が本当のことを言っているのか、さらには自分は何に従うべきなのか――分からなくなってしまっていた。
ーーーーーーーーー
頭を冷やそうと夜風を浴びに外へ出た。誰かに姿を見られたら危険だということは分かっているけど、そうせずにはいられなかったのだ。フードを被りひた道を進んでみると、いつの間にか大通りに出た。目の前には大きな噴水があり、噴き出る水が夜の闇と建物からの明かりを吸い込んで、鈍色に揺らめいていた。
今の私も、同じかも知れない。闇と光が同居していて、どちらが綺麗なのか分からなくなっている。
「私はどうしたら――」
「本能の赴くままでいいのでは?」
突然、背後から声をかけられた。突然のことだったけど、聞き間違えるはずなかった。重くて、低くて、深い声質。優し気なのだが、底知れぬ闇が眠っていそうな口調。
「……クルエス」
絞り出すように名前を言いながら振り返った。
「この噴水の水源は、王都では有名な魔導水の原料なのですよ。近づくだけで、心落ち着きませんか?さて、先日お会いした、確か……アリシアさん。リーラから話は聞いていましたよ。うまく逃げられてしまったと。リーラ一人でのお相手だったとはいえ、さすがの力をお持ちだ。ドラゴンを携えるほどのね」
そう言うとクルエスは拍手をした。心にもないお世辞を聞いた気がした。
「そう身を硬くせずに!周りには誰もいませんし、私もたまたま散歩をしていただけです。本当ですよ。貴方に何かを強いるわけではない」
嘘で塗り固められたような笑みを向けてくるが、確かに本人や周辺からは殺気を感じない。信じることは出来ないが、あからさまな嘘というわけではなさそうだった。
「こんな時間にお一人で噴水を眺めているとはーーお悩みですね?まるで、自分を見失ってらっしゃるようだ」
「そんな訳ない!私を困惑させてどうするんですか!?」
クルエスに憐れむかのような言葉をかけられて、ハッとしてしまった。何を敵に慰めをかけられていると言うのだろうかと。でも、私の態度には気にも留めず、屈託のない笑顔を向けながらクルエスは続けた。
「図星でしたか。今、あなたは存分に怖い顔をしていらっしゃる。あなたのような表情は、仕事柄よく見かけるのです」
クルエスは表情を崩さず、間髪入れずに続けた。
「私も、同じなのです。自分の為すべきことに迷った時、私は海を眺めに行きます。ミストラという村のすぐ北側に大海原がありましてね、時折立ち寄るのです。そこで一人の人間として向かい合うと、いつでも迷いを振り払ってくれるような気がしまして。友人のような、母親のような存在です」
ふと、言葉尻に寂しさのようなものが垣間見えた気がした。同情させようと心を開いているようにも感じられたが、まるで本心のようにも思えたのだ。
「あなたの『為すべきこと』ってなんですか?」
その本心を確かめようと、問いかけてみた。
「ーー私は、ギルドマスターとして世の平定に全力を尽くしております。そのためにすべきことが、全て、『為すべきこと』となります。しかし、人類に平和を求めるには未だ道長く、今は特にドラゴンによる火種を収拾しております。そのために様々な方へ不条理を押し付けてしまうこともありましたが……あと少しで、誰かを犠牲にしたり、失ったりすることがなくなる。それが、私の希望であり人生なのです!」
クルエスは、瞳を輝かせながら、一息で言い切った。先入観から根っからの悪人としか思えなかったが、別の面を垣間見た気がした。信頼はできずとも、話は聞いてもよいのかと思えた。
「私も、世の中の不条理を無くしたいと、ただそれだけ思っていました。でも、この世界には乗り越えるための壁が多すぎる……力のない私には壁が高すぎる」
「大丈夫ですよ。あまりに高い壁は、一人で登る必要はないのです。助けになる人たちは、たくさんいます」
なんだか、心のつかえがとれた気がした。旅を初めてから少しずつ、少しずつ堰き止められていたものが、流れ出した気がした。
「私は……何が悪いのかまだ決めかねています……ドラゴンに助けられたのに、ドラゴンが悪い物と思っています。まだ信じられない。ですが、そんな自分が嫌になってしまう」
ずっと引っかかっていた、グレンがだましているのではないかという疑念。確かに、彼とは少しだけ冒険を共にして、その人柄もある程度理解している。しかし、実際に村を攻撃していた黒いドラゴンの記憶が、未だ記憶にこびりついているのだ。
信頼しきれない思いが心の中で溝を生んでいたのかもしれない。しかし、クルエスさんは、優しく微笑むとこう言った。
「ご自身を信じてよいのです。もしや、かの赤いドラゴンと意思疎通を図っておいでですよね?そして明日の観閲式に降り立つ予定なのでは?そのときには是非、私は赤いドラゴンと意思疎通を図りたいのです。大丈夫。言語変換の魔導石をもっておりますので。ご安心ください」
クルエスさんは問題ないと言っているが、どこまで伝えればよいのか不安になった。
「赤いドラゴンが降り立つタイミングをお教えください。なに、それで世が平定に近づくのです。うまくいけば、仲間のみなさまの罪も帳消しとなります。どうぞ、ご安心してお話ください」




