第四章⑤
「ザックに明日の観閲式について話を聞いといたぜ。おまけに、奴は今席を外してる。今のうちに明日の計画を立てておくぜ」
ソウの掛け声を基に、僕たちはリビングの椅子に座り、長机へ王都の地図を広げた。
「大まかな街の構造はこんな感じだ。現在地が南東の端っこ。中央に噴水広場。北から南端に大通りが走っていて、南には大門。西には時計台。北には国王の住むフローリア城。観閲式ってのは、この国のギルド総出でやるパレードだと思ってくれればいい。パレードは城下から噴水広場まで進むと折り返して戻ってくる。それに加え、道中は、特級ギルドチーム同士が模擬戦をしながら進行するんだとよ」
特級ギルドチームが集まると聞いて、僕の脳裏に浮かんだのは、黒鉄のアラン達だった。手強い人達が集結するとなると、尻込みしそうだ。
「今の俺たちは明らかに戦力不足だ。だからこそ、戦闘はせず、目的の達成だけを目指す。それはすなわち、ギルドマスター・クルエスとの接触だ」
すると、ソウは地図に赤い丸を描いた。フローリア城を出た少し西側。よく見るとそこに建物があるようだった。
「ここに大聖堂がある。何をすんのかは分からねぇが、式典が終わると、パレードに参加した連中は、皆その建物に集められる。で、クルエスは一番最後にそこを離れる予定らしい。俺たちは時期を見計らってそこに突撃する。そんでもって、奴と一対一で話をつけて、内容によっちゃ自首を促す。抵抗するなら痛めつける。どちらにしてもうまく行かなかったら――逃走手段としてグレンを呼んでおく。使わないに越したことはねぇが、ハル、グレンには今日のうちに状況を伝えておいてくれ」
「わかった。今日の夜伝えておくよ」
ソウは僕を見、頷いた。
「アリシアは?何か疑問はないか?」
「私は――大丈夫、です」
何か思うところがあるのだろうか。アリシアは何かを言いかけて、口をつぐんだ。
「まあ、この作戦がうまく行くかどうかは分からねぇ。正直危険な賭けだと思ってる。ただ、だからこそ不意をつけるとも思っている。奴らも俺たちが乗り込んでくるとは思っても無いだろうな。混乱に乗じてうまくやろうぜ」
ソウは片腕を地図の上にかざした。僕は、なんだそれ?と一瞬思ったが、ハッとしてその上に片手を重ねた。
「アリシア、手を」
アリシアも僕と同じ思いだったのかもしれない。彼女に促すと、恐る恐る手を乗せた。
「三日後には王宮で流星群を眺める祝の場もあるらしい。無事成功に終わったら、そこに忍び込んで祝賀会といこうぜ……じゃあ、まずは明日の成功を願おう」
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『――で、そんな感じでグレンさんに助けて欲しいんです。大丈夫ですか?』
『そんなことでよいのか?では、夜になれば王都やらの外で待っていよう。助けが必要な状況になり次第、呼ぶがよい。即座に駆けつけよう』
『いつもありがとうございます。それではお休みなさい』
そう言って明日の仕込みについてグレンへ伝えきって、念話を終えた。その途端、強烈な睡魔が襲ってきた。ここ数日、いや、この世界に来てからというものの、ハードな日々を過ごしすぎている。短距離走を全力で走って、ほとんど休憩なくまた走ってーーその繰り返しだ。僕自身、よく息切れをしないなと思っている。でも、未だに元の世界に戻る方法は見つかっていない。
このまま旅が進んでいって、この世界の暮らしに慣れていくのだろうか。それもまたいいのかもしれない。だって、僕はこの世界で必要とされている。僕にだってできることは沢山あるのだ。
「ハル!起きてるか!?」
突如、ソウがすごい勢いで僕の部屋の扉を押し開けた。少しまどろんでいた僕は、その声量と開け放たれたドアの音でベッドから飛び起きた。
「ちょっと、どうしたんだよ」
僕は目を擦りながら大きく息を吐くソウに言ったけど、表情をよく見ると、ただ事ではない何かが起きているのだと悟った。
「アリシアが――姿を消した」
「……は?家の中にいないってこと?」
「ああ。それに、当然全部探した。多分、外だ。外出するなって言われてたのに、何考えてるんだ!?」
リビングに向かうと、怪訝な顔をしたザックがいた。そしてこちらの存在に気が付くと、かなりの剣幕をしながら近づいてきた。
「金は頂いた。変わりにそれに見合う寝床や道具を用意した。ただ、ルールを守れねぇってんならここに置いておけねぇ。この場の全員を危険な目に犯してんだ」
「わかってる。こっちも焦ってるんだ。すぐに後を追っかけて、見つけてくる」
「30分で戻らないなら、この場所は放棄する」
ザックは、焦りの表情の割に冷静に見えた。それがまた、事の重要さの裏返しに思えた。すぐにアリシアを見つけて来なければ、明日の式どころか、今日のわが身もままらないかもしれない。
「じゃあ、外に出ながら早速探そう!アリシアが行きそうなのは――」
玄関口を開けようとドアノブに手をかけたときだった。ドアが、勝手に開いた。ドアノブは、向こう側から回されていた。
半開きの扉の向こう側には、アリシアが立っていた。僕と目が合って、ほんの少しの間だけ見つめ合ってしまったけど、彼女はすぐに目を逸らして、室内にいる二人へ向き直った。
「ごめんなさい。少し夜風を浴びたくて――」
誰もがアリシアに言いたいことがあったと思う。でもみんな、アリシアの満面の笑顔を見たら、そんな想いも吹き飛んでしまったようだった。
しかし、僕は見ていた。彼女と見つめ合った時の、寂しげな表情を。でも、僕はその理由を彼女へ聞けなかった。単なる杞憂だと思い込むことにしたのだ。それほどまでに、今のアリシアは屈託のない笑顔を向けていたからーー
こうして、そのまま何事もなく、夜は更け、朝日が昇っていった。




