第四章②-ex(シシリー)
「うん、行ったか」
ひたすら伸びる街道に消えた三人を見送ると、私は一人取り残されてしまった。しかし、会えて嬉しい気持ちや、また離れ離れになってしまった寂しさはしっかりと感じている一方で、清々しさが胸に満ちている。これまで、何年もひたむきに生きてきた事が結実したわけではないけど、私の中で一つの区切りができて、切り替えられたのかも知れない。
「さて、仕事に取り掛かろうか」
昨日、ソウ達に遭遇しなければ、村の探索を行うつもりだったのだ。黒いドラゴンの襲撃以降、惨劇が起きたことを受け止められず、一ヶ月かけ、やっと昨日、村を訪れることができたのだ。だから、亡骸や家々の整理はできていなかった。今は亡き仲間の弔いと、これからの自身の生活の支えのためにも、早い内に村の状況を確認しておかねばならない。
住処からハイエル村までは一時間とかからないものの、これからしばらくは何度も往復することになるだろう。慣れ始めた道程ではあるが、回復薬や短刀など必要最小限の荷物を背負って村へ急いだ。道中も魔物に襲われることはなく、また当然ながら人間に出会うこともなく、村の入口に到着した。
「さて、今日も村長の家から探索を始めますか」
昨日は村の中央にある村長の生家を探索しようとしていたところ、突如スケルトンに跡を追われ、探索を諦めて隠れていたのだ。結局スケルトンはソウが倒したものの、それ以降は探索どころではなかったので、今日はそこから探索を再開することにしていたのだ。
村に入ると、村内の様子になぜか昨日とは違う印象を抱いた。風が肌を刺すというか、理由もなく心臓の音が大きく聞こえるような感覚だった。
昨日は魔物に襲われたから、気持ちが後ろ向きになっているんだろう――
私には気配察知のスキルもないから、恐らく気のせいだろうと考えて、目的地を目指した。当然のごとく村内にも何かの魔物が出現することもなく、そのうち私の不安もどこかに行ってしまった。
村長の家は、昨日と全く同じ状況だった。ソウによる戦闘のせいで多少室内は荒れていたものの、それ以外は黒いドラゴンに襲撃された後、何者かに触れられることはなく、時が止まっていたようだった。
それらを目の当たりにして、私だけが未来に生きている感覚を抱いてしまった。村の生き残りは、恐らく、私とソウと、あとはソウのお母さんしか残っていない。それ以外のみんなは、黒いドラゴンにより、この地に伏したのだ。独り、孤独と虚しさが心を満たして溢れそうになったが、それに蓋をして探索を始めた。
家の二階に足を踏み入れたものの、内装に大きな損傷がないことに驚いた。外壁は大火を思わせる程に焼け焦げていて、火災による被害は村長の家が最も大きいと思っていたので、意外に感じたのだ。外から見える被害と、内からのそれの違いに違和感を抱きつつも、二階の主通路から居室へと入る。
この部屋もとても綺麗な状態だった。そして、視界へその居室のベッドが映り、そこへ亡骸が横たわっていたことに気が付いた。
「奥さま……」
村長の妻だった。見て取ることはできないが、苦悶の表情だったのだと直感した。また、それと共に抱いた違和感もあった。
「明らかに死因は焼死……でも室内はどこも延焼した様子がない」
室内なのに、遺体とその周辺だけが焼けていたのだ。明らかに巨体であるドラゴンの仕業ではなく、また、粗雑な行動をとる魔物でもない――意志のある人間の所業だと直感した。ソウの母に『黒いドラゴンが村を襲うから逃げて』と聞いていたことから、村人はみなドラゴンに焼き殺されてしまったものだと思い込んでいた。黒いドラゴンがみんなを殺したんじゃないのだとすれば、誰が殺したというのだろうか。
「いや、でも他の人は違うかも……?」
私は動悸を感じつつも周辺の家々をくまなく探した。そして得られたのは――
「みんな、室内で死んでいる」
遺体はみな焼けていた。ほとんどが寝室で、さらにはベッドで亡くなっていた人が大半だった。ドラゴンがやったとは到底考えられない状況で、むしろ、寝込みを人の手で一人ずつ処理していったような、そんな風景を思い浮かべてしまった。
「まさか、一人残さす一戸ずつ殺して、最後だけドラゴンが村を焼き払った……?住民は口封じで確実に殺して、ドラゴンか、野党の仕業だと思わせるための、偽装工作だったというの?」
私はクルエスの徹底した口封じと、事の発端を自身に向けさせないための根回しに恐怖を抱いた。なぜそこまでやることができるのか、畏怖の念も脳裏に浮かんだ。
「今日はもう、帰ろう。気分が悪い」
動悸すら感じ始め、探索当初のやる気はすっかり削がれていた。まだ陽は高いものの、私は住処へ帰ることにした。ふらつく足取りで村の外れの家を出て、再度村長の家の前を通りかかった所だった。どこからか地鳴りが聞こえてきたのだ。明らかに私の下へ近づいて来ている。ただ、私は一刻も早く逃げ出すつもりが、度重なるショックで腰が抜けてしまったのだ。巨大な魔物であれば、私のスキルであれば到底太刀打ちできない。見つかった時点で死が確定してしまう。地鳴りの音源は、背にする家の角にいた。私は、死を覚悟した。
「ガガアァァァ……」
弱々しい鳴き声が聞こえた。今にも私を取って食べようとしている猛々しい声には到底聞こえなかったのだ。それを聞いた私は、なんとか立ち上がるとその角から様子を伺った。
そこにいたのは、赤くて巨大なドラゴンだった。
再び私は腰が抜けてしまった。ただ、何やらそのドラゴンは肩で大きく息を吸い、目を伏せっていたのだ。
「怪我でも……しているんですか?」
また立ち上がった私は、遠巻きにドラゴンの様子を見た。すると、大きな火傷が左の後ろ足の付け根に見えた。傷を受けてからそう時間は経っていないようだが、相当な傷の範囲とその深さだった。
「まさか、あなたがソウの言っていたーーグレンさん?今は傷を癒しているって聞いていたけどーーもしかして、あの三人には嘘を伝えていたんですか?」
嘘を伝えた理由は?まさか、ソウ達へ心配をかけさせないため?
「黒いドラゴンと言い、今までドラゴンは最悪な連中だと思っていたのに……なんで今になって!私が治します!それまで耐えて下さい!」




