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第一章④

 僕は、爽やかな風と暖かな陽光を感じて目覚めた。

 窓から乾いた風が吹き込み、カーテンのレースがなびいている。病院のそれとは大きく異なる簡素なベッドに横たわっているようだった。ここは日本らしさを感じさせない部屋であり、どこか洋風で小ぢんまりとした印象だった。


 なんで見知らぬベッドに?ここはどこだろうーー


 記憶を辿ると、森の中の開けた空間で、狼と三人組に遭遇したことを思い出した。あれは夢だったのかも、と一瞬だけ考えたが、頭部に巻かれた包帯に触れると、現実だったことを少しずつ実感していく。


「あの三人に助けてもらったのか。でも、この部屋には僕ひとりーー」


 感謝を告げたいと思ったが、周囲にはその人物たちと思われる姿はなく、部屋に一人取り残されていたのだ。ベッドから下りて様子を見ることにする。が、大層な爆発やら狼の体当たりやらを受けたにも関わらず、あまり体には痛みがなく、自然と歩くことができた。誰かが世話をしてくれたのか、いつの間にか服も着替えている。制服ではなく、質素な麻の服だった。

 それ以上、気になるところは室内になかったので、部屋の外を確認しようと扉に手をかけた。すると、それと同時にドアレバーが降りたので手を引くーーと、同時に扉がゆっくりと開かれた。部屋の外には、ローブ?と言うのだろうか、白い衣類を身にまとった女性がいて、僕と目が合った。

 結えてある明るい黄金色の髪。優しげな表情だがキリリとした目元。その一方で、口元には皺が刻まれており、人生の重みを感じさせる表情をしている。それらが相まったこともあり、穏やかで温和であると共に、とても強い女性と印象づけられた。


「¶##¥¢®µ@?」


 ローブの女性は、眉間に皺を寄せると怪訝な表情で僕に喋りかけてきた。森で出会った三人組と同じ言語のようで、やはり、僕には聞き馴染みのない未知の言語だった。


「えっと、ことばが分からないんです。それって何語ですか?」


 意味は伝わらないと理解つつも、咄嗟に聞き返してしまった。


「∇∅∩№∇@µ……これならどう?」


 ローブの女性は、未知の言語で独り言のようなことを言ったあと、ポケットから出したネックレスを身につけて、流暢な"日本語"を話したのだ。それを聞いた僕は啞然としてしまった。まさか、未知の言語と日本語のバイリンガルだとは思ってもいなかった。


「あれ、分かります、日本語。え、話せたんですか。ずっと心細くて、待って下さい、聞きたいことが沢山あるんですけど、まずは何から聞けばいいのかーー」

「お待ち下さい。我々もまだあなたを良く存じておりません。一つ一つお話しましょう。まずはこちらを身に付けて下さい」


 ローブの女性はそう言って慌てる僕の言葉を静止しながら、身に付けていたネックレスを外し、手渡してくれた。チェーンには指先ほどの大きさの、角ばった石が装飾されている。透明で澄んだ色をしていて、視線がそれに吸い付けられるような、不思議な感覚を抱いた。それを受け取ると、僕は躊躇せず身につけた。


「それは、言葉を通じ合わせる魔導石です。先程は、私の言葉を変換してあなたへ伝えていましたが、今はあなたの言葉が"ステラ語"に変換されています。さらに、外からの言葉もステラ語に変換されています」

「こんなものがあるなんて、どうなってるんだーーえっと、これを身に着けていれば言語の違いは気にしないでいいってことなんですか?」


 そう言うと、ローブの女性はニコリと頷いた。魔導石が何たるかは気になるところだし、理解できないテクノロジーだけど、僕は大きく息をついて心を撫で下ろした。ただ、安心はできなかった。他に確認しないといけないことは、山程あるのだ。


「あなたは傷を負い、気を失っていました。ご自身の状況が気になるところと思いますが、まずは体を休めましょう。お話は後にして、もう一度ベッドでお休みください」

「確かにーーそうですね。少し休みたいです。でも、ひとつだけ、これだけ教えてください」

「どうぞ。お答えします」


 ローブの女性はニコリと笑みを浮かべて僕の質問を待った。


「この国はーー"日本"ですか」

「……申し訳ありません。長らく生きていますが、その様な国名は耳にしたことがございません。ここは"フローリア国"。そして"カタニアの街"近くの小さな孤児院"アイデル"となります」


 その言葉を聞いて、僕は確信に至った。ここは"異世界"なのだと。僕は、"異世界転生"してしまったのだと。察しはついていたが、それでも動揺してしまった。そんな僕に見兼ねたのか、ローブの女性は話を続けた。


「あなたを助けた者たちから、少しばかり情報を得ています。イエルの森でウルフ討伐をしていた時に得体の知れない身なりの者が見つかった。さらに、聞いたことがない言葉を話していた気がすると。素性が知れないものの、怪我もしていましたので、ひとまずこの孤児院に運ばせていただきました。まずは静養にお努め下さい」


 そう言うと、ローブの女性は穏やかな表情で一礼し、部屋を出た。僕もまた、先程よりも脇腹が痛むことに気づいたので、大人しくベッドへ横になった。

 理由もわからず孤独だったところ、不幸中の幸いとはいえ、安全な所へ運んでもらえたことはありがたかった。ただ、これからは腰を据えて話を聞かないといけない。知らないといけないことは山ほどあるのだ。異世界転生なんて話は聞きかじったくらいだし、僕の常識がどの程度通用するのかも分からない。さらに、持ち物も無ければ怪我も負っている。

 僕は、これまでの暮らしから完全に隔絶されてしまったのだということを少しずつ実感しながら、無事に元の世界へ帰還できることを願った。

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